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愛とオルゴール
(間話)ネイサンとリカルド
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僕には両親はいないも同然だった。
だけど、自分だってまだ幼い子供であったのに気が付いたときには姉がまるで母親のように僕のことを気にかけてくれていたし、祖父や母方の叔父が父親代わりとして困った時には相談に乗ってくれたから、燻る気持ちがなかったわけではないけれど、次第にそのことを受け入れることができるようになった。
それでも、僕より少し遅れて生まれてきた半分血のつながった異母弟のリカルドのことを考えるとき、どうしても僕の心は平静を保てないでいた。
自惚れているわけではないが、僕とリカルドを単純に比較した時、ほとんどの点において僕がリカルドに負けるということはないだろう。
もちろん、僕が侯爵家の跡取りとして恵まれた環境にあったのに比べてリカルドはせいぜい裕福な平民が学ぶようなことしか学ばせてもらえていないのだからそれは当然なのだ。
また、容姿に関しても僕は色彩以外は美形で有名なニュートン家の特徴を持っているため人から注目されることも多いのだが、整ってはいるが地味な見た目の父と、こう言っては申し訳ないが素朴な顔立ちに見えた父の妾に似ているリカルドはどこにでもいるような、つまり、あまりパッとしない顔立ちをしているし、体つきも貴族的とはいえない。
だけど、幼いころ、彼らの生活を覗き見た僕は、並んでいれば誰もが親子だと、仲の良い親子だとすぐにわかるような、愛される子供であったリカルドのことが羨ましくて仕方がなかった。
中途半端に父から受け継いだ髪や目の色が、姉や叔父とは見たときの印象が違うというのもその思いに拍車をかけた。
僕だけが世界に一人ぼっちでいるような気持ちを持て余していたのだ。
この気持ちは、大好きな姉とすら共有できないものだった。それがまた悲しかった。姉は僕がどんな容姿でも愛してくれるとわかっていたからよけいに。
それに、姉は僕ほどリカルドのことを妬んではいなかった。複雑な思いはあるだろうが、姉にとっては羨望や嫉妬の感情より憐れみや罪悪感のほうが強いようだった。
姉は優しい人だし、年も違えば性別も違う姉には僕ほどリカルドに拘る理由がなかったのだろう。
でも、僕はどうしてもリカルドに対して蟠りを抱いてしまう。
だから僕はリカルドが苦手だ。リカルドのことを考えると幼いころの気持ちを思い出し、既に割り切ったはずだと自分に言い聞かせているのにもかかわらず、父への思いが無理やり再燃させられたような気持ちになるからだ。
父によく似た姿のリカルドに、あまり父に似ていない自分の姿を見られるのが嫌だと思う。
それから、僕はたぶんずっと恐れていた。
リカルドから同じ父親の子供であるにもかからわずどうしてお前だけが、という気持ちをぶつけられること、それに対して満足な答えなど用意できないことを責められることがたぶんずっと怖かった。
父があんなことを言い出さずにいれば、その恐怖と向き合うこともなかっただろうに、今、僕の前にはわざわざ僕に会うために身なりを整えて緊張した顔をしたリカルドの姿があった。
「ネイサン様、俺、いや私は姉上様に申し上げたように侯爵家の跡継ぎになろうなんて気持ちはございません。ちち、いや小侯爵様がお考えのことは最初から間違っています。
私には資格もなければ覚悟もありませんし、不敬を承知で申し上げるとその地位を望んでもおりません。
母と私はこの家を継がれるのは貴方様だとずっとそう疑わずにおりましたし、私などが意見を述べる立場にもありませんが、貴方様が他家ではなくこの侯爵家を継がれるのが当然だと思っております」
まるで暗記でもしてきたように一気にそこまで言ったリカルド。
「……お前は、それでいいのか?」
そうは聞いたものの、リカルドの本心がどこにあるかなんて僕にわかるはずもない。口では何とでも言える。
「もちろんです。本来、私は生まれてくるはずではなかったものを、こうして何不自由なく育てて頂きました。感謝しこそすれそれ以上を望むことなどありません」
きれい事だ。望まないわけがない。
「だが、お前だって父上の子だ」
そう言った僕に、リカルドは困ったような顔を見せ、あーともうーとも聞こえる声を出した。そして、それまでより少しだけ堅さのとれた口調になって言った。
「そうですね。無礼を承知で申し上げれば、これまで全く何も思わなかったと言えば嘘になります。
私と貴方でなにが違うのだろう? と考えたことがないとは申しません。自分という存在をどう考えればいいのかわからずにいた時期もありましたし。
ですが、それが定めとはいえ貴方はずっと努力されてこられて、私は私に出来る限りのことしかしてきませんでした。
私達の道はその点では生まれた時から決まっていたのです。今更それを飛び越えていくなんてことは私にはできません。
それに、私には夢があるんです。ちっぽけな夢ですが、だが逆に貴方は僕のように未来を選ぶ自由を与えられていなかった。
だからお互い様でしょう。どちらかだけが一方的に不幸というわけじゃない、と私は思っています」
リカルドのの真剣な眼差しに僕のなかにあった何かがほどけていったような気がした。
「そうか。私はずっとお前が羨ましかったよ。父から愛され、優しそうな母親の愛情というものを当たり前のものとして与えられているお前のことが幼い頃からずっと」
すると、リカルドは思わずといったふうに屈託のない笑顔を見せた。
「私も、恐れながら貴方様のことを羨ましく思っておりました。
まるでお伽噺にでてくるお姫様のように美しい姉君と二人、寄り添っている姿を遠くから隠れて眺めるのが幼き日の私の日課でしたから」
リカルドと話をしてから、僕の気持ちはこれまでとは少し違うものになった。
僕はロートレック侯爵家の跡取りになるべく育てられた。生まれる前からそう決まっていたのだ。
たから、僕はなんとしてもこの地位を守る。困難があれば、打ち勝たなければならない。そうでなければ意味がないじゃないか。
そうでなければ僕はリカルドに笑われてしまう。義兄としてそんな無様な真似はできない。
そして、大好きで、大事な姉が何かあった時にはいつでも戻ってこられるようにロートレック侯爵家を守るんだ。
まあ、きっと姉に関してはそんな心配はいらないだろうけど。
だけど、自分だってまだ幼い子供であったのに気が付いたときには姉がまるで母親のように僕のことを気にかけてくれていたし、祖父や母方の叔父が父親代わりとして困った時には相談に乗ってくれたから、燻る気持ちがなかったわけではないけれど、次第にそのことを受け入れることができるようになった。
それでも、僕より少し遅れて生まれてきた半分血のつながった異母弟のリカルドのことを考えるとき、どうしても僕の心は平静を保てないでいた。
自惚れているわけではないが、僕とリカルドを単純に比較した時、ほとんどの点において僕がリカルドに負けるということはないだろう。
もちろん、僕が侯爵家の跡取りとして恵まれた環境にあったのに比べてリカルドはせいぜい裕福な平民が学ぶようなことしか学ばせてもらえていないのだからそれは当然なのだ。
また、容姿に関しても僕は色彩以外は美形で有名なニュートン家の特徴を持っているため人から注目されることも多いのだが、整ってはいるが地味な見た目の父と、こう言っては申し訳ないが素朴な顔立ちに見えた父の妾に似ているリカルドはどこにでもいるような、つまり、あまりパッとしない顔立ちをしているし、体つきも貴族的とはいえない。
だけど、幼いころ、彼らの生活を覗き見た僕は、並んでいれば誰もが親子だと、仲の良い親子だとすぐにわかるような、愛される子供であったリカルドのことが羨ましくて仕方がなかった。
中途半端に父から受け継いだ髪や目の色が、姉や叔父とは見たときの印象が違うというのもその思いに拍車をかけた。
僕だけが世界に一人ぼっちでいるような気持ちを持て余していたのだ。
この気持ちは、大好きな姉とすら共有できないものだった。それがまた悲しかった。姉は僕がどんな容姿でも愛してくれるとわかっていたからよけいに。
それに、姉は僕ほどリカルドのことを妬んではいなかった。複雑な思いはあるだろうが、姉にとっては羨望や嫉妬の感情より憐れみや罪悪感のほうが強いようだった。
姉は優しい人だし、年も違えば性別も違う姉には僕ほどリカルドに拘る理由がなかったのだろう。
でも、僕はどうしてもリカルドに対して蟠りを抱いてしまう。
だから僕はリカルドが苦手だ。リカルドのことを考えると幼いころの気持ちを思い出し、既に割り切ったはずだと自分に言い聞かせているのにもかかわらず、父への思いが無理やり再燃させられたような気持ちになるからだ。
父によく似た姿のリカルドに、あまり父に似ていない自分の姿を見られるのが嫌だと思う。
それから、僕はたぶんずっと恐れていた。
リカルドから同じ父親の子供であるにもかからわずどうしてお前だけが、という気持ちをぶつけられること、それに対して満足な答えなど用意できないことを責められることがたぶんずっと怖かった。
父があんなことを言い出さずにいれば、その恐怖と向き合うこともなかっただろうに、今、僕の前にはわざわざ僕に会うために身なりを整えて緊張した顔をしたリカルドの姿があった。
「ネイサン様、俺、いや私は姉上様に申し上げたように侯爵家の跡継ぎになろうなんて気持ちはございません。ちち、いや小侯爵様がお考えのことは最初から間違っています。
私には資格もなければ覚悟もありませんし、不敬を承知で申し上げるとその地位を望んでもおりません。
母と私はこの家を継がれるのは貴方様だとずっとそう疑わずにおりましたし、私などが意見を述べる立場にもありませんが、貴方様が他家ではなくこの侯爵家を継がれるのが当然だと思っております」
まるで暗記でもしてきたように一気にそこまで言ったリカルド。
「……お前は、それでいいのか?」
そうは聞いたものの、リカルドの本心がどこにあるかなんて僕にわかるはずもない。口では何とでも言える。
「もちろんです。本来、私は生まれてくるはずではなかったものを、こうして何不自由なく育てて頂きました。感謝しこそすれそれ以上を望むことなどありません」
きれい事だ。望まないわけがない。
「だが、お前だって父上の子だ」
そう言った僕に、リカルドは困ったような顔を見せ、あーともうーとも聞こえる声を出した。そして、それまでより少しだけ堅さのとれた口調になって言った。
「そうですね。無礼を承知で申し上げれば、これまで全く何も思わなかったと言えば嘘になります。
私と貴方でなにが違うのだろう? と考えたことがないとは申しません。自分という存在をどう考えればいいのかわからずにいた時期もありましたし。
ですが、それが定めとはいえ貴方はずっと努力されてこられて、私は私に出来る限りのことしかしてきませんでした。
私達の道はその点では生まれた時から決まっていたのです。今更それを飛び越えていくなんてことは私にはできません。
それに、私には夢があるんです。ちっぽけな夢ですが、だが逆に貴方は僕のように未来を選ぶ自由を与えられていなかった。
だからお互い様でしょう。どちらかだけが一方的に不幸というわけじゃない、と私は思っています」
リカルドのの真剣な眼差しに僕のなかにあった何かがほどけていったような気がした。
「そうか。私はずっとお前が羨ましかったよ。父から愛され、優しそうな母親の愛情というものを当たり前のものとして与えられているお前のことが幼い頃からずっと」
すると、リカルドは思わずといったふうに屈託のない笑顔を見せた。
「私も、恐れながら貴方様のことを羨ましく思っておりました。
まるでお伽噺にでてくるお姫様のように美しい姉君と二人、寄り添っている姿を遠くから隠れて眺めるのが幼き日の私の日課でしたから」
リカルドと話をしてから、僕の気持ちはこれまでとは少し違うものになった。
僕はロートレック侯爵家の跡取りになるべく育てられた。生まれる前からそう決まっていたのだ。
たから、僕はなんとしてもこの地位を守る。困難があれば、打ち勝たなければならない。そうでなければ意味がないじゃないか。
そうでなければ僕はリカルドに笑われてしまう。義兄としてそんな無様な真似はできない。
そして、大好きで、大事な姉が何かあった時にはいつでも戻ってこられるようにロートレック侯爵家を守るんだ。
まあ、きっと姉に関してはそんな心配はいらないだろうけど。
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