愛とオルゴール

夜宮

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愛とオルゴール

(間話)アンソニー 3

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「なんだ、情けのないことだな。自分では対処できないと私に泣きついてきたのか?」

 僕が事の次第を話し終えると父はニヤリと笑ってそう言った。

「……申し訳ありません。しかし、王家とフォンテーヌ伯爵家が相手では私だけではとても。父上の力をお貸し願えませんか。今回の件は我がブロア公爵家の今後にも大きくかかわることですので」

 僕が殊勝な態度でいるのに、父は鼻でわらっていった。

「ブロアの事を考えるなら、フォンテーヌはロートレックより良い縁談先だが?」

 思わず舌打ちしそうだったが耐えた。

「私はジェシカ以外との婚姻は考えておりません。フォンテーヌを逃した償いをせよと言われるならそうします。でも、婚姻の相手を変えよと言われるなら従えません」

「当主の私が命じてもか? そんなことがお前に許されるとでも?」

 いい加減うんざりしてくる。

「許しは必要ありませんよ。そんな命令には従えないと言ってるだけです」

「なんと、それが人にものを頼む態度かね。お前に何ができるというんだ? 私の命令に逆らえばどうなるかわかってるんだろうな」

 ……。

「父上、今はそんな話に付き合ってはいられません。でもそうですね、もし、この家を勘当されたら母上の実家の養子になります。

 それかお祖母様の実家でもいい。そうしてジェシカと結婚した私は力をつけて虎視眈々とブロア家の没落を狙いますよ」

 父上は、僕の言葉をニヤニヤしながら聞いていたが、徐に机の上に置かれていた一通の手紙を見せびらかすようにして手に取った。

「ロートレックから私に届いた手紙だ。私がいないことを知って、ご丁寧に領地にも早馬で送ってきた。

 内容は、とにかく婚姻の件で揉めてた些細な案件は全てこちらの意向通りでいいから婚約の正式な手続きを行いたいというものだ。

 一刻も早く、というのがあちらの希望でもあるらしい。お前、この件をロートレックにも知らせたのか?」

 僕は首を横に振った。ジェシカにもロートレック家にも今回の件を伝えるようなことはしていない。

 彼女を煩わせるような話じゃないからだ。まさか、噂話か何かで僕がフォンテーヌ家の令嬢と親しげだとかなんとか彼女に告げ口でもしたやつがいるのだろうか?

「実はな、お前が知らないのは当然なのだが、知っておくべき重要な話があるんだ。聞きたいか?」

 ジェシカのことを考えて気もそぞろになっていた僕を相変わらずニヤニヤと面白そうな顔をしてみていた父が話してくれた事柄は、たぶん僕にとっては朗報といえるものだったが、一方でやるせない、怒りを感じさせる、辛い話だった。

「だから、私が思うに、フォンテーヌが娘のために動くということは考えにくい。そもそも娘を、というか娘の母親を愛していたという話が真っ赤な嘘、出鱈目なのだからな」

 悲劇の恋人については前にジェシカも言っていたが、まさかその恋人が王女ではかったと知ったら彼女はどう思うのだろう。

「しかし、娘の母親を愛していないとしても、娘を愛する父親はいると思います」

 彼女は何も知らない。

「まあ、それはそうかもしれない。だが、お前の相手がかつて愛した人の娘であった場合はどうだろうか。

 そして、自分の娘がその母親と同じように無理矢理に愛し合う恋人同士の仲を割こうとしていると知っても娘のために動くかな?」

 彼女はこの話を知って何を思うのだろう。

「……わかりません。娘のことを愛していれば或いは、としか」

 僕はこの話を彼女にするべきだろか。

「そうだな。フォンテーヌは権力に泣かされたが今は権力を行使できる立場にのし上がった。そうしないとも限らないな。だが、それとは別に王家の問題もある」

 そうだ、王家の態度は問題だ。僕自身の事もだがフォンテーヌ伯爵家やニュートン伯爵家に対する仕打ちはあまりにも酷い。

「お前ならどうする? もしも、今回、王家やフォンテーヌの権力の前に恋人との未来を奪われたとしたなら?」

「復讐しますよ。私にできる全てでもって」

 そもそも、私はジェシカを離さない。これは、伯爵家でしかない身分と、今よりも権力の強かった王家からありえない圧力をかけられていた過去のフォンテーヌ伯爵とは比べることはできないが、まず、私ならジェシカを絶対に側から離さないことを第一に考える。

 そのうえで、意に添わぬ結婚を押し付けられた場合には、例えそれで身を滅ぼすことになっても必ずそいつらに目にもの見せてやる。どれだけ時間がかかろうと何をしてでもたっぷりと。

「そうか、だが、安心しなさい。お前にはこの私がついている。

 あの頃のフォンテーヌの立場とは違うんだ。

 この私がブロア公爵家の跡取り息子に意にそわぬ婚姻を押しつけようなどと許されないということを王家とフォンテーヌに示してやろうじゃないか。

 案外、フォンテーヌはそれをみて喜ぶんじゃないかな。

 それに、とうとうこんな機会が巡ってきたとご先祖様は喜んでいるに違いない。王家に真っ向から否を言える、ブロアはそれだけの力を得たんだとな。

 じい様達の努力に感謝するべきだぞ、アンソニー。もちろん私には最大級の感謝をするべきだ。

 そうでなければ、お前もあの頃のフォンテーヌのように泣き寝入りするしかなかったかもしれないのだからな」

 こうして、やたらと上機嫌になった父は長旅の疲れを感じさせずに意気揚々とロートレック家に向かい、なんとその日のうちに正式な婚約を整えると、数日後には完全な勝利を確信した様子で嬉々として王家に乗り込んでいった。

 僕はというと、全て父に任せっぱなしというのが少しみっともないなとは思いつつも、甘えられるうちは甘えておこうというような気にもなり、晴れ晴れとした気持ちで第二王子や令嬢の相手ができるようになり満足だった。

 ジェシカとの仲も変わらず良好だ。

 でも実のところ、父が、本当に味方になってくれるかどうかは少し不安があった。ロートレックよりもフォンテーヌにより魅力を感じて邪魔立てはしないまでも傍観するという可能性がないわけではなかったからだ。

 でも、僕がやったことは彼らとは違う。僕は降りかかった火の粉を避けるために親の権力に縋ったわけだが、僕はジェシカの愛を得るために権力を使ったわけでもないし、願いを叶えるために権力を盾に無理筋を通そうとしたわけでもない。

 そう、父が言ったように僕は単に運がよかっただけだ。

 僕には権力に対抗するだけの力が、自分ではなく親の力だというのが残念ではあるが、それがあったから強気でいられた。

 自分が過去のフォンテーヌ伯爵の立場であったらと考えるとゾッとする。

 だが、僕なら、きっとジェシカを連れて逃げることを選んだだろう。

 ずるい僕は使えるものは全て使って逃亡先や金を確保し、ジェシカを泣き落として連れて逃げた。

 そしてほとぼりが冷めた頃に舞い戻ることを考えただろう。僕は逃げたままでいられるような性格ではないから。

 そして、僕の置かれている状況は、当時のフォンテーヌ伯爵より恵まれている。

 フォンテーヌ伯爵は、いったいどんな気持ちでいたのだろうか。

 彼は、今、どんな思いでいるのだろうか。

 彼の娘が巡り巡って母親と同じ事をしていると知って、何を思うのだろうか。
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