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愛とオルゴール
(間話)アンソニー 2
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始まりは、第二王子が一人の娘をあからさまに僕に嗾けるようになったことだ。
自惚れているようだが、実はその前から僕はその娘からの特別な視線には気が付いていた。
自分に向けられる熱を帯びた視線は僕にとってはそれほど珍しいものでもない。
鬱陶しいと思うことがないわけではないが、あからさまにそう振舞うことなど許されないわけだから、勘違いをさせないように気づかぬふりであしらうというのが僕のいつものやり方だ。
しかし、彼らはさりげない拒絶をものともせずに強引に近づいてきた。自分たちのもつ権力を後ろ盾にして。
僕は、二人ではなく彼らを止めないでいる王太子に抗議した。
僕にジェシカがいることは王太子や側近たちの間では周知の事実なわけで、第二王子やフォンテーヌ家の令嬢にだって告げているのになぜ彼らの行動を諫めようとしないのか、と。
すると、王太子は言った。
妹のように可愛がっている娘が不憫だから彼女が私のことを諦めるまでの間、しばらく彼女の我儘に付き合ってやってほしい、と。
見込みがないことを悟れば彼女も僕のことは忘れて別の男性のことを考え始めるだろうからとも。
最初、僕は王太子の顔を立て、不満を持ちながらもその言葉に従った。
だが、王太子の言葉どおりにはなりそうもないことは明らかだった。
そもそも娘には僕を諦める気などなさそうで、反対に何が何でも僕を手に入れようと躍起になっているようにみえた。
別の事であったなら、僕も彼女の強かさを面白く感じたかもしれない。
僕は弱々しいよりも凜とした強さに惹かれる性質であるから、どんなことをしても自分の望みを叶えようとする点についてはある程度共感できた。
むろんそれは僕がジェシカに感じているものとは全く性質が違うものだ。
僕のジェシーは美しく優雅であるだけでなく、全てを受け入れた上で真っ直ぐに立っていられるようなそういう強さを持っている。
僕はその強さに惹かれながら、そんなジェシーが私の前でだけ見せる愛らしさや弱さに狂おしいほど恋い焦がれている。
リリアン=フォンテーヌという娘はジェシーとは違う強かさを持っているようにみえた。
自分自身の力で立つのではなく、他人の力を当てにし、その上に平然と足を置くようなところがあった。
まだ子供だから将来のことまで決めつけるわけではないが、王族の子供と同じように育ったことが悪い方へ影響しているのかもしれない。
僕達王太子の側近の間では彼女に関して一時議論されたことがある。
彼女が王子達と親しくしているのを見て誰かが言い出したのだ。
将来的に王太子が彼女を妃にと言い出した場合どう対処すべきか、と。
結論としては王太子には側近である私達がついているのだから憎まれ役だろうが策略のための腹芸だろうが必要なことはこちらで引き受けるのだから、王太子妃には芯は強くなくてはならないが控えめで同性に好かれる善良な文句のない家柄の令嬢が望ましい、ということになり、フォンテーヌ嬢はその私達の理想には当てはまらないだろうということに落ち着いた。
その際、第二王子の妃なら我々の関知するところではないという意見もあり、それ以降はなるべくなら王太子とフォンテーヌ嬢とのかかわりを薄くする方向で調整していた。
もちろん人の気持ち、特に恋愛感情をこちらの思い通りに操ることなどできないのだが、王太子の様子を見ても、フォンテーヌ嬢への思いは僕達が危惧するようなものではなさそうだったため、妹のように思って可愛がるくらいは許容範囲だったのだが……。
だんだんと厚かましくなっていく彼らの遊びに付き合うのも面倒になっていた。
フォンテーヌ嬢のまるで自分が王女であるかのような振舞いにも嫌気がさしていたし。
「ここにいたのか、アンソニー。早く顔をみせろと”王女様”がお呼びだぞ」
「……ジョセフ、方々探したが私は見つからなかったと言っておけ。現に私は上の許可を得て屋敷へ帰るところなのだから」
ジョセフは王太子殿下の側近の一人で、僕とは馬が合う。しかし、今、この軽口は頂けない。
「ははは、機嫌悪いな。わかったよ。一つ貸しだぜ? それにしても、第二王子殿下のことは俺たちの管轄じゃないからいいが、王太子殿下におかれてはそろそろ何とかしないといけないな」
「ああ、わかっている。今日父上が領地から戻られるから状況を説明して、この茶番もここまでだとわからせるつもりだよ」
僕の言葉にジョセフは頷いた。
「ちょっと可哀想ではあるがな。
見た目に騙されてお前がどんな男かわかってないままに、惚れ込んでるなんて憐れだよ。
まだほんの子供みたいなものだし、まわりが甘やかしすぎてるよな。しかし、第二王子はこれから大変だ。王太子殿下は……殿下も大変だけどな」
僕はどちらかといえば温和で落ち着いた優しげな男に見えるらしい。人からはそう見られるのだと知ってからはそれを利用しているところがあるから、よく知らない人間が誤解するのも無理はない。
ジョセフとは幼い頃からの腐れ縁ということもあって気を使わずにいられる数少ない人間だから遠慮がないし、僕も遠慮しない付き合いだから彼にはよくわかっている。
ジェシカは、こんな僕のことをどこまで理解しているのだろうかと思うこともあるが、ジェシカと一緒にいるときの僕は、多少彼女に好かれるために演技のようなことをすることもあるが、気持ちを偽ったり心にもないことをしているわけではない。
僕はただ、ジェシカを愛し、彼女もまた僕という人間を愛してくれているのだと思う。最初の、熱に浮かされたような思いとはまた別の確かな愛情を僕達は共に育てている。
それに比べると、フォンテーヌ家の令嬢が僕に抱く思いは独りよがりなものに感じられた。僕を愛するというより僕のような人間に自分を愛して欲しいというものに。
ただ、それは仕方のないことかもしれない。僕だって、考えるのも苦痛だが、もしも、ジェシカが僕を愛してくれてなかったならば、僕を見て! 僕を愛してくれ! と言う気持ちであの令嬢と同じことをやっていたのかもしれない、というか確実にやっていただろうと思うからだ。
ただ、どうやっても僕が愛しているのはジェシカであってあの令嬢ではないし、たぶん僕はジェシカがいなくてもあの娘を好きにはならなかった。
彼女は僕の求める人じゃない。無理にそうしようとしてもできない自然な感情として僕は彼女を選ばないというだけなのだ。
それを理解できずとも納得させる必要がる。いい加減、鬱陶しくてかなわない。
とにかく、万が一にも王家のごり押しなどという形でわけのわからないことにならないようにしなくてはならない。
王家だけでなく、フォンテーヌ伯爵もついているわけだから油断はできない。
我が家は王妃様の実家とは政治的にもかなり懇意にしているし、ブロア公爵家を相手にそうそう無茶な事はできないとは思うが、娘可愛さにフォンテーヌ伯爵が引いてくれないというようなことがあれば厄介だ。
どんな面倒事を言い渡されるかわからないが、ここは父上の手を借りてでも早急に対応しておかなければならないと決めた僕は急ぎ城を後にすることにしたのだった。
自惚れているようだが、実はその前から僕はその娘からの特別な視線には気が付いていた。
自分に向けられる熱を帯びた視線は僕にとってはそれほど珍しいものでもない。
鬱陶しいと思うことがないわけではないが、あからさまにそう振舞うことなど許されないわけだから、勘違いをさせないように気づかぬふりであしらうというのが僕のいつものやり方だ。
しかし、彼らはさりげない拒絶をものともせずに強引に近づいてきた。自分たちのもつ権力を後ろ盾にして。
僕は、二人ではなく彼らを止めないでいる王太子に抗議した。
僕にジェシカがいることは王太子や側近たちの間では周知の事実なわけで、第二王子やフォンテーヌ家の令嬢にだって告げているのになぜ彼らの行動を諫めようとしないのか、と。
すると、王太子は言った。
妹のように可愛がっている娘が不憫だから彼女が私のことを諦めるまでの間、しばらく彼女の我儘に付き合ってやってほしい、と。
見込みがないことを悟れば彼女も僕のことは忘れて別の男性のことを考え始めるだろうからとも。
最初、僕は王太子の顔を立て、不満を持ちながらもその言葉に従った。
だが、王太子の言葉どおりにはなりそうもないことは明らかだった。
そもそも娘には僕を諦める気などなさそうで、反対に何が何でも僕を手に入れようと躍起になっているようにみえた。
別の事であったなら、僕も彼女の強かさを面白く感じたかもしれない。
僕は弱々しいよりも凜とした強さに惹かれる性質であるから、どんなことをしても自分の望みを叶えようとする点についてはある程度共感できた。
むろんそれは僕がジェシカに感じているものとは全く性質が違うものだ。
僕のジェシーは美しく優雅であるだけでなく、全てを受け入れた上で真っ直ぐに立っていられるようなそういう強さを持っている。
僕はその強さに惹かれながら、そんなジェシーが私の前でだけ見せる愛らしさや弱さに狂おしいほど恋い焦がれている。
リリアン=フォンテーヌという娘はジェシーとは違う強かさを持っているようにみえた。
自分自身の力で立つのではなく、他人の力を当てにし、その上に平然と足を置くようなところがあった。
まだ子供だから将来のことまで決めつけるわけではないが、王族の子供と同じように育ったことが悪い方へ影響しているのかもしれない。
僕達王太子の側近の間では彼女に関して一時議論されたことがある。
彼女が王子達と親しくしているのを見て誰かが言い出したのだ。
将来的に王太子が彼女を妃にと言い出した場合どう対処すべきか、と。
結論としては王太子には側近である私達がついているのだから憎まれ役だろうが策略のための腹芸だろうが必要なことはこちらで引き受けるのだから、王太子妃には芯は強くなくてはならないが控えめで同性に好かれる善良な文句のない家柄の令嬢が望ましい、ということになり、フォンテーヌ嬢はその私達の理想には当てはまらないだろうということに落ち着いた。
その際、第二王子の妃なら我々の関知するところではないという意見もあり、それ以降はなるべくなら王太子とフォンテーヌ嬢とのかかわりを薄くする方向で調整していた。
もちろん人の気持ち、特に恋愛感情をこちらの思い通りに操ることなどできないのだが、王太子の様子を見ても、フォンテーヌ嬢への思いは僕達が危惧するようなものではなさそうだったため、妹のように思って可愛がるくらいは許容範囲だったのだが……。
だんだんと厚かましくなっていく彼らの遊びに付き合うのも面倒になっていた。
フォンテーヌ嬢のまるで自分が王女であるかのような振舞いにも嫌気がさしていたし。
「ここにいたのか、アンソニー。早く顔をみせろと”王女様”がお呼びだぞ」
「……ジョセフ、方々探したが私は見つからなかったと言っておけ。現に私は上の許可を得て屋敷へ帰るところなのだから」
ジョセフは王太子殿下の側近の一人で、僕とは馬が合う。しかし、今、この軽口は頂けない。
「ははは、機嫌悪いな。わかったよ。一つ貸しだぜ? それにしても、第二王子殿下のことは俺たちの管轄じゃないからいいが、王太子殿下におかれてはそろそろ何とかしないといけないな」
「ああ、わかっている。今日父上が領地から戻られるから状況を説明して、この茶番もここまでだとわからせるつもりだよ」
僕の言葉にジョセフは頷いた。
「ちょっと可哀想ではあるがな。
見た目に騙されてお前がどんな男かわかってないままに、惚れ込んでるなんて憐れだよ。
まだほんの子供みたいなものだし、まわりが甘やかしすぎてるよな。しかし、第二王子はこれから大変だ。王太子殿下は……殿下も大変だけどな」
僕はどちらかといえば温和で落ち着いた優しげな男に見えるらしい。人からはそう見られるのだと知ってからはそれを利用しているところがあるから、よく知らない人間が誤解するのも無理はない。
ジョセフとは幼い頃からの腐れ縁ということもあって気を使わずにいられる数少ない人間だから遠慮がないし、僕も遠慮しない付き合いだから彼にはよくわかっている。
ジェシカは、こんな僕のことをどこまで理解しているのだろうかと思うこともあるが、ジェシカと一緒にいるときの僕は、多少彼女に好かれるために演技のようなことをすることもあるが、気持ちを偽ったり心にもないことをしているわけではない。
僕はただ、ジェシカを愛し、彼女もまた僕という人間を愛してくれているのだと思う。最初の、熱に浮かされたような思いとはまた別の確かな愛情を僕達は共に育てている。
それに比べると、フォンテーヌ家の令嬢が僕に抱く思いは独りよがりなものに感じられた。僕を愛するというより僕のような人間に自分を愛して欲しいというものに。
ただ、それは仕方のないことかもしれない。僕だって、考えるのも苦痛だが、もしも、ジェシカが僕を愛してくれてなかったならば、僕を見て! 僕を愛してくれ! と言う気持ちであの令嬢と同じことをやっていたのかもしれない、というか確実にやっていただろうと思うからだ。
ただ、どうやっても僕が愛しているのはジェシカであってあの令嬢ではないし、たぶん僕はジェシカがいなくてもあの娘を好きにはならなかった。
彼女は僕の求める人じゃない。無理にそうしようとしてもできない自然な感情として僕は彼女を選ばないというだけなのだ。
それを理解できずとも納得させる必要がる。いい加減、鬱陶しくてかなわない。
とにかく、万が一にも王家のごり押しなどという形でわけのわからないことにならないようにしなくてはならない。
王家だけでなく、フォンテーヌ伯爵もついているわけだから油断はできない。
我が家は王妃様の実家とは政治的にもかなり懇意にしているし、ブロア公爵家を相手にそうそう無茶な事はできないとは思うが、娘可愛さにフォンテーヌ伯爵が引いてくれないというようなことがあれば厄介だ。
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