入れ替わりのプリンセス

夜宮

文字の大きさ
12 / 64
辺境のお姫様

02. クロエと婚約者とその妹

 私と婚約者のルーカス=ヴェルナー様が初めて出会ったのはルーカス様が8才、私が6才になったばかりの頃だった。

 普段は辺境の領地で暮らす私たち一家が年に一度、王都に来て過ごす期間に、お母さまが公爵家の私的なお茶会に私を連れていってくれたのが始まりだった。

 私のお母さまは隣国の伯爵家の令嬢だったのだが、お父様と結婚してからも一年のほとんどを辺境で暮らしていたため、何年もの間、王都のご婦人方と親しくする機会が持てずにいたそうだが、そんな中でお母さまを気にかけ、夜会やお茶会で親切にしてくださったのがジゼル=ヴェルナー公爵夫人だった。

 社交界の花形だったジゼル様は子供の私から見ても大輪の薔薇のように美しい貴婦人だった。

 ヴェルナー公爵家には嫡男のルーカス様と私と同じ年のセイディという令嬢がいたのだが、セイディは体が弱く、あまり屋敷からでることができない生活を送っていた。

 私は私よりも小柄でお人形のように可愛らしいセイディを見てすぐに彼女を好きになったし、彼女と一緒に本を読んだ感想を言い合ったり、セイディの描いた絵を見せてもらったりするのが楽しくて、私たちはすぐに親友になり、私が王都にいない間は互いに手紙を送りあって親交を深めていた。

 そうして毎年王都で会うたびに私とセイディは仲良く過ごしていたのだが、いつしかセイディの兄であるルーカス様を交えてお話ししたり、セイディの調子がいい時に公爵家の庭を三人で散歩したり、私たちの側で私たちが話をするのを優しい笑顔で見ているルーカス様と目があったりすると、私は何故だか逃げ出したいような、心が浮き立つような、もっとルーカス様とも一緒にいたいような、でも一緒にいると緊張して上手く笑えなくなるようなおかしな気持ちになるのに気が付いてしまった。

 ルーカス様に会いたいけど、彼に見られているかと思うとどうしていいのかわからなくなる。

「クロエ、それって恋よ。クロエはお兄さまに恋しているのよ!」

 ある時、セイディと二人きりでいるときに、私がルーカス様が側にいると今ではとても緊張してしまうと話しているとき、セイディが嬉しそうな顔で笑って言った。

「こ、恋?」

 私はまるでルーカス様が側にいるときのようにどぎまぎしてルーカス様と同じ色を纏ったセイディを見つめた。

「そう、恋。クロエはお兄さまのことが好きなのよ。そしてお兄さまもクロエのことが好きなんだわ!」

 セイディはなぜか勝ち誇ったようにそう言った。

「ルーカス様も私のことを好き?」

 私は驚いてしまってセイディの言葉をただ繰り返すだけだった。

「そうよ。だってお兄さまはクロエがいるときは他のことは目に入らないみたいにクロエの事だけをずっと見てるの。

 それにクロエからの手紙が届くのを首を長くして待ってるし、クロエが王都に来る日を指折り数えて待ってる。

 そしてクロエが辺境に帰ってしまうととても寂しそうにしているのよ。そういうの恋してるって言うのよ」

「でも私、ルーカス様にお手紙なんて出してないわ」

 私はようやっと正気になってそう反論したが、セイディは全く悪びれずに驚くべきことを言った。

「私宛の手紙を待っているのよ。私がクロエからもらった手紙を読んであげてるから」

「ええっ嘘でしょう! そんなっ! なんてことするのよセイディ?!」

 私は慌てふためいてセイディを問い詰めたが、セイディはちっとも堪えていないみたいだった。

「大丈夫よ。お兄さまに聞かせても大丈夫なところだけを読んであげてるだけだから」

「そんなの、そういう問題じゃないわ! どうすればいいの? 私。なんてことなの? とても恥ずかしい」

 いったいどんなことをこの親友はルーカス様に聞かせていたのだろうと思うと気が気じゃなかったけれど、セイディはそんな私の様子なんて頓着せずに続けた。

「クロエの好きな色とか好きな食べ物とかそういうことを教えてあげたり、手紙に書いてある楽しかった話とかを聞かせてあげてるだけだから大丈夫よ」

 セイディはそう言った後、先ほどまでとは違う、まるで知らない大人の人のような、何かを思いつめたような顔をして視線を落とし、辛うじて聞こえるような小さな沈んだ声で言った。

「あのね、クロエ。勝手にクロエからの手紙をお兄さまに読んで聞かせたりしてごめんなさい。

 でも、私、お兄さまにクロエの手紙を読んであげたかったの。少しでもお兄さまに喜んでほしかった。私だけじゃなくてお兄さまにもいつも楽しいクロエの手紙の内容を聞かせてあげたかったの。

 あのね、クロエ、私たちにはね、すごくすごく辛いことがあったの。辛くて悲しくていつも、今だってそのことを考えるとどこかに逃げ出したくなるくらいに辛くて苦しい。

 大好きだった場所で何をしていても、もう前みたいに楽しいと思えなくなってしまったみたいに。

 でも、クロエの手紙を読んでるときには私はそのことを忘れていられた。

 クロエと過ごしたことを思い出せば少しだけ楽になれた。だからお兄さまにもその幸せを分けてあげたいと思ったの」

「セイディ?」

 私は悲し気なセイディを前にどうしたらいいのかわからなくなった。ただ、悲しげなセイディを元気づけたくて言った。

「セイディ、あの、じゃあ私、もしもルーカス様さえ良かったら、セイディだけじゃなくてルーカス様にも手紙を書くわ。

 それなら私がセイディに宛てた手紙をルーカス様に読んであげることにもならないから私は恥ずかしくないし、セイディにそんなふうに謝ってもらわなくてよくなると思うから。

 私の手紙をルーカス様が喜んでくださるかどうかよくわからないけど、私はルーカス様に手紙を書きたいと思うし、もしお返しの手紙を頂いたら、その、たぶん、きっと、すごく……嬉しいと思うから」

「クロエ! 本当に? ありがとう、きっとお兄さまも喜んで手紙の返事を書くわ」

 そういって私に抱きついてきたセイディはとても嬉しそうだった。

 だから私はほっとしたけれど、セイディの大きな灰色の瞳が哀しげに揺れていたことはずっと忘れられなかった。

あなたにおすすめの小説

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea
恋愛
 ブラック企業勤めの日本人女性ミキ、享年二十五歳は、   死んだ  と、思ったら目が覚めて、  悪役令嬢に転生してざまぁされる方向まっしぐらだった。   ぽっちゃり(控えめな表現です)   うっかり (婉曲的な表現です)   マイペース(モノはいいようです)    略してPUMな侯爵令嬢ファランに転生してしまったミキは、  「デブでバカでワガママって救いようねぇわ」  と、落ち込んでばかりもいられない。  今後の人生がかかっている。  果たして彼女は身に覚えはないが散々やらかしちゃった今までの人生を精算し、生き抜く事はできるのか。  ※恋愛のスタートまでがだいぶ長いです。 ’20.3.17 追記  更新ミスがありました。  3.16公開の77の本文が78の内容になっていました。  本日78を公開するにあたって気付きましたので、77を正規の内容に変え、78を公開しました。  大変失礼いたしました。77から再度お読みいただくと話がちゃんとつながります。  ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

人見知りと悪役令嬢がフェードアウトしたら

渡里あずま
恋愛
転生先は、乙女ゲーの「悪役」ポジション!? このまま、謀殺とか絶対に嫌なので、絶望中のルームメイト(魂)連れて、修道院へ遁走!! 前世(現代)の智慧で、快適生活目指します♡ 「この娘は、私が幸せにしなくちゃ!!」 ※※※ 現代の知識を持つ主人公と、異世界の幼女がルームシェア状態で生きていく話です。ざまぁなし。 今年、ダウンロード販売を考えているのでタイトル変更しました!(旧題:人見知りな私が、悪役令嬢? しかも気づかずフェードアウトしたら、今度は聖女と呼ばれています!)そして、第三章開始しました! ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。