政略結婚の作法

夜宮

文字の大きさ
13 / 14
悪女になるはずだった

02. 出会う運命

しおりを挟む
 物語では母の病の原因はよくわかっていない。
 だから医者にみせても、高価な薬を使ってもよくなるどころかだんだんと悪化していき、遂には若くして亡くなってしまうという悲劇を迎える。

 だが、私は前世の知識から母の病気の原因を推し量ることができた。

 元々小食で偏食のきらいもある母はたぶん栄養がきちんと体に行き渡っていなかったのだと思われる。

 もしかすると今世の医者にも薄々原因はわかっていたのかもしれないが、食べることにあまり協力的で無い公爵夫人に無理矢理必要な食べ物を食べさせたり、太陽の光を浴びさせたり適度な運動をさせたりといったことを強要できないというのもあったのかもしれない。

 だから、特効薬はないが、食生活を改善することや、前世の感覚で生活習慣を整える方向で運動を取り入れるなどすれば少しは回復するのではないかと考えた。

 ビタミンを積極的にとるとかそういうことも含めて。

 この私の方針は幸いにも功を奏して、しばらくすると母の体調は徐々に良くなりはじめ、数年かけて健康を取り戻せた。

 素直に嬉しかった。

 でも、このことが思いもよらない結果を齎すことになろうとはその時の私には想像もできなかったのだ。



 母の回復を見守りながら、私は父や姉との関係についても修正を試みた。

 そもそも父は忙しい人で、私とはあまり長い時間を共に過ごすということがないし、姉は父によって追い立てられるように勉強だのマナーだのに忙殺されていたからこちらも私との時間はそれほど多くない。

 だが、少ない時間を見つけてどうにかかかわりを持てるようにしたところ、彼らは私のことを疎ましく思っているわけでもなく、家族としての愛情をきちんと抱いてくれていることがわかり安心した。

 いくら物語ではそうだったとはいえ、物語と現実は違うかもしれないから心配があったがこれなら、と希望がもてた。

 コツコツと交流を重ねながらわかったのは、父の関心の一番重要な部分は公爵としての仕事を全うすることにあったが、だからと言って私達を不幸にしようなどとは考えていないこと、父は父なりに私たち家族に愛情を持っているということだった。

 これは物語でもそうだった。だからこそ、王子に疎まれ、婚約を破棄されたエリーは最終的に救われたのだ。

 父はあの物語の夢をみた後で顕著になった、姉よりも数段劣る、少し変わった子である私のことを父なりに愛してくれている。

 経験の浅い、普通の子供であったエリーにはわからなくてもしかたないくらいわかりにくい愛情だが、私にはちゃんとそのことがわかった。

 可哀相に物語のエリーは気が付かなかっただけなのだ。

 また、姉は父によってそう躾けられていたというのもあるだろうが、従順に与えられたことを素直に受け入れるというところがあって、それ以外の事にはあまり強い関心をもっていないようだった。

 しかし、姉は決してそれだけの人ではなかった。

 例えば姉はどんなに忙しくしていても私が質問すれば、私が姉ほど勉強が出来ないことを馬鹿にすることなく、何度でも丁寧にわからないことを教えてくれたし、偶に約束もせずに一緒に休憩しようと無理矢理引っ張り込んだお茶の席で嫌な顔をせずに付き合ってくれた。

 私が求めれば姉はちゃんとそれに応えてくれようとしてくれたし、妹である私には他の子供には向けない愛情を示してくれていた。

 姉は人の気持ちがわからない人ではない。単に、幼い頃から色々なことを詰め込まれる生活の中でそういったことを改めて考える時間がなかっただけだ。

 私は家族との絆を築く事に関してはゆっくりと着実に実行していくことにした。

 彼らに愛情があることがわかっていれば特別なことをしなくても自然と家族としてのかかわり合いができると思えたからだ。

 何もかも順調に進んでいるようだった。



 そんな中、私は、あの人に出会った。

 デイビッドは曾祖父の時代から交流している子爵家の嫡男だったが、実家は先代の失策で財産を大きく目減りさせていた。

 そして、今代であるデイビッドの父親は彼の母親の件でなかば気力を無くしていた。

 落ちぶれたとはいえ、子爵領は公爵家にとって領土的に見て価値がある場所であるため、デイビッドの現状を見かねた父が爵位を継承するまで面倒をみようと公爵家で預かることにしたのだという。

 私より10才年上の彼は、優し気な風貌をした真面目な青年だった。

 子爵領は王都からはかなり遠く離れていて、彼は父親と同じく爵位を継いだら滅多に王都にくることはないだろうと言われている。

 最初は物珍しさからだった。
 物語のエリーが王子に振られてから結婚することになった人だなーって感じで。

 優しいデイビッドは無邪気を装って纏わりつく私に、少しずつ絆されるように可愛がってくれるようになっていた。


「ねえ、デイビッドにはこんやくしゃがいるの?」

「いいえ、お嬢様、私には婚約者はいませんよ」

 他愛も無い話をするうちに私はデイビッドのことが好きになっていった。

「じゃあ、私をデイビッドのこんやくしゃにしてよ」

「お嬢様にはもっとふさわしい方がおられますよ」

 兄のように私の我が儘を聞いてくれるデイビッド。世話になっている公爵家の娘を邪険にはできないとわかっていて、私はデイビッドに纏わり付いた。

「嫌よ。私はデイビッドがいいの! ねえ、私、これからうんときれいな女性になるわ。だから私のことを好きになって」

「そんなことをおっしゃるものではありませんよ。それに、お嬢様は今のままで十分可愛らしいです」

 優しくしてくれるデイビッドに急激に落ちてゆく私。前世がある、ただの子供とは違って余裕ある子供の私だったはずなのに、気が付けば、私は第二王子にしていたようにデイビッドに執着しているのかと怖くなるほどに。

「どうしたら私を好きになってくれる? 私をデイビッドのお嫁さんにしてよ」

「公爵様がそんなことはお許しになりません。お嬢様には私なんかより相応しい方がいます」

 そんな人はいない。私にはデイビッドしかいないのだ。

「ねえ、私は本気よ。本気で貴方のことが好きなの」

「私と貴女では何から何まですべて釣り合いがとれません。烏滸がましくも妹のように思い、そばに居ることが許されているだけでも公爵様に感謝しなくては」

 私は、物語ではどんな気持ちで彼に嫁いだのかはわからないが、今のデイビッドに出会い恋をした。

 だから父に彼と婚約させてくれるよう働きかけた。

 父はデイビッドのことを気に入っているようだったので、上手くやればいけるハズと思って諦めずに何度もそう訴え続けるうちに、匙を投げたのか面倒になったのか、もしデイビッドが良いというなら認めるというところまで漕ぎつけた。

 喜び勇んで私はデイビッドにプロポーズをした。

「貴方が好きです。どうか私を貴方の唯一にしてください」

 薔薇の花が美しく咲き誇る公爵家自慢の庭園で、私はデイビッドにそう告げた。

 デイビッドから見れば私は彼の恋愛対象になる年ではないのはわかっていたが、そのせいで誰かに先を越されてはかなわない。

 デイビッドは屋敷の使用人などからモテているみたいだし、物語ではエリーを押し付けられていたくらいだから適齢期を過ぎても結婚はしていなかったけど、何がおこるかわからないからね。

 この際、始まりは権力による行使でも良いと思った。所謂、政略結婚の申し込みだ。権力者から、権力をもたないものへの一方的な命令。公爵家に恩のあるデイビッドは私の申し出を断れないのだから。

「全く。お嬢様、貴女という人は……。私は貴女のことを年の離れた可愛い妹のように思っています。私の気持ちが妹を愛するようなものから女性を愛する気持ちに変わるかどうかそれはわかりませんよ。

 ですが、今ここで誓います。私は貴女を私の唯一として生涯大切にします。だから貴女も覚悟してください。いつか私への気持ちは幼い子供の思い込みだったと言われても、その時には私は貴女を離してあげられないかもしれませんからね」

 デイビッドは観念したように笑った。

「望むところよ。見ていて、私、きっと貴方に愛されて見せるわ!」

「ははっ、期待してますよ。惚れさせてください、私の可愛いエリー」

 そう言ってデイビッドは私のおでこにキスしてくれた。

 私は浮かれきっていた。

 家族との仲も順調に改善しているし、恋した人にも言質をとり、物語とは確実に距離ができたのだからもう何も心配することはないと。

 なのに、物語の呪縛は、意図してそこからはみだした私をではなく勝手に別の人に降りかかったのだ。

 私の大切な姉の元に。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

貴方が私を嫌う理由

柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。 その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。 カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。 ――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。 幼馴染であり、次期公爵であるクリス。 二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。 長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。 実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。 もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。 クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。 だからリリーは、耐えた。 未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。 しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。 クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。 リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。 ――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。 ――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。 真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...