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「ハンナ!! 何を言い出すんだ! 僕と婚約するんでしょう!?」
 フリッツにしては勇気を振り絞って大きな声でハンナに問いかけた。

「アンタなんかお姉様の婚約者だったから近づいただけ! お姉様が悔しさに顔を歪ませるのを見たかったから利用しただけよ! アンタに何も魅力が無いからお姉様が捨てられても悔しがらなかったじゃない!!」

「そ……、そんなぁ……」
 茫然自失のフリッツ。

「せっかく王族や貴族の人が大勢いる場で恥をかかせようと思ったのに!!」

 もはや取り繕うことも忘れて企みを大声で自供していくハンナ。

「ほほぅ、ヴィルタ伯爵よ、なかなか興味深い話しであるな……」

 壮年の男性が歩み出てきた。

「あ……、アンドレセン侯爵!! いや、これは何と言いますか、私もよく分からない事態でして……」
 
 フリッツの父親であるアンドレセン侯爵である。
 国境で隣国との紛争を長きに渡って繰り広げてきた武人である。背も高いうえに筋肉により全体的に厚い。
 イレーナの父親も厚みはあるが、こちらは贅肉により全体的に丸い。
 見た目も威厳も雲泥の差であった。

「父上! 良いところに! 今ハンナから酷い仕打ちを受けていまして……」
「そちらの伯爵令嬢の発言も何だが、まずはフリッツよ、私はイレーナ嬢との婚約破棄など認めていないどころか聞いてもいないぞ?」
「い……、いえ、それは、ハンナの方が可愛らしいし僕を認めてくれるし……」

「たった今、何も魅力が無いからと言われていたのにか?」
 

「ハッ! こら! ハンナ!! 今すぐ発言を撤回して謝罪しなさい!!」
 この世界に異能な特殊能力があるとしたら、この時父親は【危機察知】スキルに目覚めたとしか思えない。

「いやよ! 私は何も悪くないもん!!」
 

「察知」できるだけで「対処」はできないようだが。


「そもそもお前達は婚約者を替えてもアンドレセン侯爵家とヴィルタ伯爵家の繋がりは変わらないと言っていたが、それは違う」
「な、なぜですか? 父上!」
「我が家が繋がりを持ちたかったのはイレーナ嬢が治めるヴィルタ伯爵家であって、イレーナ嬢が居ない伯爵家では意味がない」

 これに驚いたのは父親だ。当てにしていた援助を貰えないのでは死活問題である。
「な! 何故ですか! なぜイレーナは良くて我が家ではダメなのですか!!」

「簡単なこと。イレーナ嬢は王家も欲しがる逸材。我が侯爵家としても喉から手が出るほど欲しい。翻って伯爵夫妻とそこの妹は本当に血が繋がってるのか不思議なほど頭がお花畑だろう。我が家には何もメリットはない」

「なんて失礼な!!」

 母親が声を荒げる。自身のその行為が失礼な事だとは気が付いていない。

 アンドレセン侯爵は相手にもせず王太子に話しかける。
「殿下、お戯れが過ぎますぞ。我が家としましては、殿下が承認なされた証明書に異議を申し立てます」

 これには流石の王太子もバツが悪そうな顔をして「あぁ、ちょっと浮かれすぎたね……、すまない」と苦笑を見せた。

「こうしてはどうだろう? 伯爵家では家格により王家に嫁ぐ事はできないからイレーナ嬢をどこかの公爵家か侯爵家の養子に迎えてもらおうと思ってたんだけど、アンドレセン侯爵家で迎えてもらえないだろうか。そこから王家に嫁ぐという形なら縁付く事も出来るし」

「なるほど。それでしたら構いません。お前もそれでいいな?」と傍に控えていた妻に確認する。
「はい、今までの婚約期間を通して実の娘のように可愛がってきておりますし、婚姻によるものでなくとも母になれると思うと嬉しいですわ」

「で、では、僕とイレーナは義理の兄と妹という事になるの!?」

 和やかな場を壊したのはフリッツだった。

「いや、お前は侯爵家から除籍するので兄でも妹でもない。ヴィルタ伯爵家に婿入りできなければ平民だな」
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