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「ん? 何を言ってる? 君の旦那となる婚約者は横に立っているではないか」

「え……? だって、この世界で私だけが呼べるって……」

「ヴィルタ伯爵、またしてもそなたの娘の考えが理解できないのだが、ハンナ孃は婚約者が居るのになぜ私と結婚するなどと言うのだ?」

「は。それは……、その……、殿下があまりにも魅力的すぎてですね……」


「褒めて貰えるのは嬉しい事ではあるが……。私とイレーナ嬢が結婚したら君は義理の妹になるだろう? であればお兄様とか兄上様とか呼んでもらう事になるからな。あぁ、お兄ちゃんはダメだぞ、さすがにこの歳では恥ずかしいからな」

「で……、殿下、イレーナと結婚というのは一体……?」
 話しについていけない父親。

 イレーナがあきれ顔でエドヴァルドに話しかける。
「エドヴァルド様、そのお話しでしたら何度もお断りしているではありませんか」

「今まで断ってきた理由は婚約者が居るから、だったではないか。それに聞こえてきた話しではフリッツ殿が婿入りしてハンナ嬢が家督を継ぐようだし、君が家を出ても問題はないだろう?」

「あら、確かにそうですね。それでは、そのお話し慎んでお受けいたします」


「ちょっ! ちょっと待ってください! エドヴァルド様とお姉様が結婚なんて! そんな! お姉様ズルい!!」

「? ヴィルタ伯爵、なんでイレーナ嬢が私と結婚するのがズルいのだ?」

「は……、その……、えぇと……、羨ましいという事かと……」

「伯爵、姉から奪い取る程に好きな相手と婚約できたのに何故だ?」

「は……、その……、いや……」

「エドヴァルド様、何をおっしゃられているのですか? お姉様の物はすべて私の物だと子供の頃にお母様からお許し貰ってますもの」

 エドヴァルドは困惑の度合いを深める。
「伯爵! なぜ姉の物がすべて妹の物になるのだ!? まったく理解できないのだが、奥方と娘の言うことだ、そなたは理解しているだろう? 説明してくれ!」

「は……、えぇと……、そのですね……、えぇと……」


 母親はハンナを王太子に嫁がせる事ができる絶好の好機を逃すまいと、夫の窮状など気にせず口を挟む。もっとも、そんな好機などありはしないのだが……。

「殿下。あんな地味で冴えなくて何を考えてるのか分からないイレーナより、ハンナの方が可愛くて華やかで話していても楽しいですもの。イレーナではなくハンナと結婚されるべきですわ」

「伯! 当事者である私が姉と結婚すると言っているのに、そなたの奥方はなぜ妹を押しつけてくるのだ!?」

「は……、はい……、えぇ……、その……」
 全身から滝のように汗を流し最早言葉も出てこない。丸々太っていたのに、頬が痩せこけて見える。
 人間の身体はこんなにも水分を貯えているのかと医者が解剖したくなる程に汗と涙と鼻水を垂れ流している。
 周りで見ていた心ない者が「髪の毛がすべて白くなるか、すべて抜け落ちるか」で賭け始める程の惨状だ。

「エドヴァルド様、訳の分からない事ばかり仰らずに、私と結婚いたしましょう」

「は」
「はい殿下! ハンナの方が訳が分からない事を言っているのに、なぜ殿下の発言が分からない事になっているかですね? 申し訳ありませんが父親でも理解不能であります!!」
 エドヴァルドから「伯爵」という呼びかけも終わらぬうちに反応するようになってしまった姿が周囲から哀れみを誘う。

 話しが通じない3人に頭を悩ませたその時、一人の文官が駆け寄る。
「殿下! 指示のありました書類の承認がすべて通りました!」

「おぉ! 来たか!! 待っていたぞ!」

 イレーナが疑問に思って問いただしてみる。
「エドヴァルド様、先ほど文官に指示を出したと仰っていたのはその書類ですか?」

「あぁ、そうだよ。フリッツ殿とイレーナ嬢の『婚約解消証明書』と、ハンナ嬢との『婚約証明書』だ」

「……は!?」

 一同、ポカンとした顔を見せる。

「我が国は貴族の婚約や婚姻には王家の承認が要るだろう? 今回たまたま私がフリッツ殿とハンナ嬢の婚約発表の場に立ち会ったという事でお祝いに王太子権限の特別申請で処理したんだ。あぁ、お礼はいらないよ? 私もイレーナ嬢の婚約が解消されて嬉しかったからね」

「わ! 私はフリッツ様と婚約などいたしませんわ! 私はエドヴァルド様と結婚するのですもの!!」

 『自分で言うだけで婚約できるなら、国中に何万人も殿下の婚約者が居ることになるな』
 『わたくしはもうすぐ60になりますけど、王太子殿下の婚約者と名乗って良いのかしら』
 『それなら儂はイレーナ嬢の兄に立候補しようかのぅ……』
 『あなた、イレーナ嬢の本当のお祖父様より年寄りじゃないですか……』

 周囲ではもはや喜劇を観るように和やかな空気になっている。
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