毒に抗って九回巻き戻った令嬢は、十回目こそ幸せになりたい。

にのまえ

文字の大きさ
4 / 7

3話

しおりを挟む
 ジロウじいは今回の件で、ルーラお父様の前に深々と頭を下げ、額が床につくほどの土下座をした。しかし、そんな彼に向かってお父様は静かに首を振る。

「頭を上げなさい、ジロウ。長年この庭を任せてきた君が、そんな初歩的な間違いを犯すとは、私には到底思えない」

「……旦那様。ありがたきお言葉です」

 ジロウじいの顔には、確かに安堵の色が浮かんだ。けれど、その手はまだ小刻みに震えていて、完全に緊張が解けたわけではないことがわかる。

 その様子を見つめながら、私の胸の奥がちくりと痛んだ。

(……カミーラお母様がこの毒の花を花茶にする前に気づけて、本当によかった)

 もし、あのまま気づかなかったらお母様だけでなく、私も同じ茶を口にしていたかもしれない。想像しただけで背筋が冷たくなる。

 ⭐︎

 翌日、ジロウじいはスノーフレの白い花が植えられていた、花壇を念入りに調べている。スコップで土を掘り返す、ジロウじいの顔色がみるみる青ざめていった。

「旦那様、これは……!」

 スコップを手に持ち、ジロウじいは掘り起こした土と根の状態を静かに見守るお父様の前に差し出した。

「ご覧ください。この植え方は私のものではありません。私が植えたスワーロンを一度引き抜き、毒花のスノーフレに植え替えられています」

 ジロウおじいの言葉にルーラお父様の表情が、険しく引き締まる。

「……そうか、誰かが意図的に庭へ侵入して、毒花を仕込んだということか」

「はい!間違いありません」

 お父様は短く息を吐くと、即座に命じた。

「ジロウ。すぐ、庭にあるすべてのスノーフレを一株残らず引っこ抜き処分し、新しくスワーロンを植えてくれ」

「かしこまりました、旦那様!」

 ジロウおじいと庭師たちが慌ただしく動き始める。その様子を眺めながら、私は思考を巡らせていた。誰が、どうやって警備の目をかいくぐったのか。そして、なぜこんな危険なことを……。

 ⭐︎

 答えが見つからず、もどかしさが募る中で、ひとつの記憶が脳裏をよぎる。

 三回目の巻き戻りのとき、婚約者だったカサロ様から贈られた、あの青い毒花。

(あの時も……カサロ様は、やけに毒に詳しかった)

 嫌な予感が胸をよぎる。まさか……今回の植え替えも、カサロ様の仕業? けれど、すぐにその考えを打ち消した。
 いくら毒に詳しくても、今のカサロ様はまだ私と同じ七歳。ここまで周到な計画を立てられるとは思えない。

 それに、彼の家が事業に失敗して没落するのは、私とカサロが十二歳のときのはずだ。今はまだ、何も起きていない。

(……犯人は、別にいる。でも……誰?)

 その日の夕方、スワーロンの植え替えはすべて完了した。ルーラお父様は庭を見渡し、満足そうにうなずく。

「よくやった、ジロウ。これで一安心だ」

「ありがとうございます、旦那様」

 そのやり取りを横目に私は庭の片隅で、誰にも気づかれないよう慎重に動いていた。花が掘り返される一瞬を狙い、一本だけ毒花スノーフレをそっと手に入れた。

 こと毒で、少しずつ体に慣らしていけば耐性ができるはず。多分だけど、少量ならきっと死にはしない。震える指で白く可憐な花びらを一枚、摘み取る。

(この毒に慣れることができたら、次の危険にもきっと対処できる)

 そう、自分に言い聞かせるも。
 怖い……本当は、すごく怖い。

 それでも、もう死にたくない、自分の幸せになるためにやるしかない。小さく息を飲み込み、私は静かにその“賭け”に踏み出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん
恋愛
「お姉ちゃんなんだから」 ――それは私を縛る呪いの言葉だった。 家族の醜い穢れを一身に吸い込み、妹の美しさの「身代わり」として生きてきた私。 痛みで感覚を失った手も、鏡に映らない存在も、全ては家族のためだと信じていた。 そんな私、私じゃない!! ―― 私は、もう逃げない。 失われた人生を取り戻した今、偽りの愛に縋る彼らに、私は告げるだろう。 「私の人生に、おかえりなさい。」

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!

夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」 婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。 それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。 死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。 ​……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。 ​「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」 そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……? ​「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」 ​不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。 死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!

【完結】27王女様の護衛は、私の彼だった。

華蓮
恋愛
ラビートは、アリエンスのことが好きで、結婚したら少しでも贅沢できるように出世いいしたかった。 王女の護衛になる事になり、出世できたことを喜んだ。 王女は、ラビートのことを気に入り、休みの日も呼び出すようになり、ラビートは、休みも王女の護衛になり、アリエンスといる時間が少なくなっていった。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

公爵令嬢ローズは悪役か?

瑞多美音
恋愛
「婚約を解消してくれ。貴方もわかっているだろう?」 公爵令嬢のローズは皇太子であるテオドール殿下に婚約解消を申し込まれた。 隣に令嬢をくっつけていなければそれなりの対応をしただろう。しかし、馬鹿にされて黙っているローズではない。目には目を歯には歯を。  「うちの影、優秀でしてよ?」 転ばぬ先の杖……ならぬ影。 婚約解消と貴族と平民と……どこでどう繋がっているかなんて誰にもわからないという話。 独自設定を含みます。

処理中です...