悲隠島の真実

りん

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エピソード2:吊るされた男

罪滅ぼし

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―――

「何処にもいませんね。」
 屋敷中を散々探しまくった後、坂井さんが溜め息混じりに言った。
「全員の部屋もくまなく探したのに……何でいないのよ!」
「まったく人騒がせだな。嫌だって言ったのに人の部屋までズカズカ入ってきてさ。」
 服部さんが嫌味っぽく言うと、ただでさえイライラしていた白藤さんが声を荒らげた。

「人一人いなくなってんのよ!そんな事言って……あんたが犯人ね!何処か隠し部屋にでも監禁してるんじゃないでしょうね!」
「馬鹿な事言うなよ。部屋の中くまなく探しただろ?隠し部屋なんかなかっただろうが。」
「それは……簡単に見つからない所にあるとか……」
 白藤さんの勢いが弱まる。それを見計らってか大和刑事が口を挟んだ。

「じゃあ外も見ましょうか。もしかしたらこの島の何処かで迷子になってるかも知れない。」
「そうですね。行きましょう。」
 僕が同意すると白藤さんが我先にと玄関に向かった。

「孝人!!何処にいるの?いるなら出てきなさい。大丈夫だから!」
 白藤さんの金切り声が虚しく響く。こんな時でも憎らしい程天気は良くて風も気持ちよかった。ここに来てから初めて外に出たので暗く濁っていた気分が少し晴れた。

 結局船着き場や館の裏側まで調べたけれど、新谷さんはいなかった。



―――

「疲れた……部屋に戻るわ。夕食の時間になったら呼んで下さい。」
 屋敷に到着するやいなや白藤さんが力なくそう言う。それに坂井さんは慌てて反論する。
「全員で一つの場所に集まった方がいいですよ。」
「はぁ……もううんざりなのよ。こうなった以上、何処にいたって状況は変わらないわ。じゃあね。」
 白藤さんが踵を返す。中途半端に上げた手のまま呆然としていた坂井さんだったが、気を取り直すと全員に向かって言った。

「皆さん、もし一人になりたかったら必ず部屋に鍵をかけて下さい。私はダイニングにいますので、一緒にいてもいいという方は話し相手になって頂けると助かります。」
「僕はいいですよ。一人でいても暇なんで。」
「僕も構いません。トランプでもしますか?」
「私は部屋に帰らせてもらうよ。歩きっぱなしで疲れた。少し休む。」
 僕と大和刑事がダイニングにいる事を承諾すると、相原さんは部屋に行くと断った。僕達は残った服部さんを見る。

「……僕も部屋に行くよ。ちゃんと鍵かけるから邪魔しないでよね。」
「わかりました。ではここで別れましょう。」
 玄関とダイニングの間のロビーでそれぞれ別れる。相原さんと服部さんの姿が見えなくなるまで見送ると、僕達はダイニングに入った。

「皆さん、コーヒーでもいかがですか?」
 小泉さんが遠慮がちに言う。僕達は一様に頷いた。小泉さんと星美さんがいそいそと厨房に向かう。二人の背中を見つめながら溜め息が出た。
「疲れたかい?」
「あ、ちょっと……でも大丈夫です。」
「確かここにトランプがありましたよね。あぁ、あった。何します?」
 大和刑事が笑顔でトランプのケースを掲げる。僕と坂井さんは顔を見合わすと微笑んだ。



―――

 私は神父として聖職者として、救いを求める人々と共に神に祈りを捧げてきた。立場上結婚は出来なかったが愛する人がいて、孤児院から5人の子どもを引き取ってその人と一緒に育てた。5人とも立派に育ち、その子にも子どもが出来て孫という存在を授かる事が出来た。今はその孫達と過ごす日々を大切にしている。

『楢咲陽子』彼女の不幸は、私と出会った事だと思う。彼女は元々私の教会に通っていた。外見はパッと目を引く美人だったが大人しく、毎日のように顔を出す熱心な信者だった。ちょっとした世間話から始まり、段々と悩みを打ち明けてくれるようになったのは初めて彼女を見てから半年程経った頃だろうか。どこか影を持つ彼女は深刻な悩みを抱えていた。

 彼女は実の母親から虐待を受けていたのだ。叔母からも受けていたとは知らなかったが。その時彼女は15歳の中学3年生だった。二の腕や背中といった服で隠れる所に殴られた痣があると言う。虐待の理由は父親に似ている、ただそれだけだった。物心ついた頃から何か気に触る事をすると手を上げられ、それはどんどん激しくなっていったそうだ。
 それでも彼女は母親を恨んだりはしていなかった。むしろ自分が悪いのだと自分を責めていた。自分が父親に似ていなければ、母親に似ていれば、と口癖のように言っていた。私はその言葉を聞く度に胸を痛めた。何故彼女がその様に思わなければならないのか。彼女は何も悪くないのに。ただこの世に生を受けてきただけなのに。

 私は彼女を救いたかった。しかし私には彼女の言葉を聞き、聖書の教えを説いてあげる事しか出来なかった。その時、自分には何の力もない事を身に沁みて感じたのだった。

 それから2年後、早乙女京子という女性から懺悔を受けた。その内容を聞いた私は心の底から驚いた。まさか彼女が高校生にあるまじき行為をしただなんて。だがすぐに何か理由があるのではないかと思い、早乙女京子を通して事実を知った。

 私は随分悩んだ。金を用意する事は簡単だった。しかしそれでは彼女の為にはならない。ちゃんと反省して自分で解決する事が大切だと思った。だから古い友人でもある彼女の高校の理事長の皇に全てを話した。その結果彼女を酷く傷つける事になるとは思わずに。

 皇はまるで悪魔のように次々と暴言を吐いた。聞き捨てならない言葉ばかりで途中で何度も口を挟もうと思ったが、こちらにとばっちりがくる事を恐れるあまり黙ってしまった。それも私の過ちだ。庇おうと思えば庇えたのにそれをしなかった。自分の保身の為に。結局は私も彼女の母親や皇と同じだ。彼女を傷つけて追い詰めた卑劣な人間の一人に過ぎない。

 私はもう覚悟を決めている。罪は償わなければならない。それが私にできる最後の罪滅ぼしだ。


『コンコン』
 そこまで考えた時、ノックの音が静かな部屋に響く。私は一度目を瞑ると重い腰を上げた。


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