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純愛から狂愛へ
狂おしい程の愛
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私はいつからだったか、昔からの友人である火野に恋というにはあまりにも重すぎる感情を抱いてきた。
だけど相手は男で私も男で……
それに加えて私たち二人には『仕事のパートナー』という高い壁があった。
このご時世、今更同性同士がどうこうというのではないのだけれど、十余年という月日は私を躊躇わせるのに十分だった。
火野は今や世間を賑わせる人気の作家だ。ルックスもいいし、小説は面白いから出せばすぐ売れる。サイン会なんて開くものなら女性ファンが書店に殺到する程だ。
でも当の本人はそういう世間の評価などどこ吹く風といった様子で、相変わらず人見知りでコミュ障である。
そんな彼を私は助手兼秘書として支え、見守ってきた。私の前では笑顔も見せるし、月に数回設けた休みには一緒に出掛けたりする。でも……
たまに現れる黒い影が、まるで火野を覆いつくすかのような錯覚を覚える時がある。深く暗い闇に沈む火野を想像しては、焦燥感にかられるのだ。
それでも彼は何も言わない。私も何も聞けない。
火野には私の他に誰もいないのに。火野は誰も求めないのに……
私はそろそろ決意しなくてはいけないのだろうか。彼の全てを受け止める覚悟をする時なのだろうか。
『火野』と呼ぶ私の声が彼をこちら側に留まらせる事が出来るのなら――
このままの関係でもかまわない。
私がもっと強くなればいいのだから……
『ヒカル』
そう呼ぶ優しい声に喜び、差し伸ばされる力強い腕にすがりつきたくなる。
その度に『友人』という仮面を被ってきた。
火野に女の人がつかないように、いつも張りついていた。連絡先を聞いてくる女性の編集者がいたら、わざと私の番号を教えたりした時もあった。
男の自分が女の人に嫉妬や意地悪をするなんてそんな浅ましい事、絶対に彼には知られたくないから細心の注意を払いながらだったが。
そういう時、私は火野に対して嘘の笑顔を向けていた。仮面を被ったのだ。
でも余りにも仮面を被り過ぎて今は自分の本当の笑顔がどんな顔だったのか、私はもう思い出せなかった。
こんな狂おしいくらいの感情を抱いている事を知ったら、火野はどう思うだろうか。
いや、いっそ本当に狂ってしまえたなら、どんなに楽だろう。
何もわからなくなるまで狂って狂って、深い深い闇の中に堕ちてしまえたなら。
彼の事もわからなくなる程、暗い穴の中に沈んでしまえたのなら。
もしかしたら、もしかしたら彼も、心を痛めてくれるかも知れない。狂った私を見て、何とか闇の中から救い出そうとしてくれるかも知れない。
私が火野を助けたいと思うように、火野も私を助けたいと思ってくれるかも知れない。
……けれど、そんな非現実的な妄想をして、自分を慰めているのがバカらしくなって――
――私は、狂うのをやめた。
―――
「ヒカル」
愛おしい彼の声が聞こえる。私はいつもの仮面を顔に貼りつけて振り返った。
「火野、遅い!何時間待たせるんや!」
「そんなに怒るなよ。たかが数十分だろ。」
私にしか見せない表情で火野は笑った。
他の誰も引き出せない彼の引き出しを、私はいとも容易く開ける事が出来るという自負はある。
けれどそれだけだ。
『友人』という役割はそこでお終い。
だけど私からは離れられないから……
―――
「ほら、はよ行くで!」
彼が私を求めるのなら――
私はこの狂おしいくらいの感情に、蓋をするのだ……
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