高校生

りん

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第三章 決戦は夏休み

第十二話 先生の彼女!?

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―――

「…………」

次の日、私は高崎先生の自宅の前にいた。もちろん先生の携帯を届けにだ。
家を出る時にもう一度電話をかけようかとも思ったけど、何となく気が引けて何もアポもないまま突然来てしまったのだ。

「……よし!」
インターフォンを睨んでても埒があかない。私は思いきってそれを力いっぱい押した。

『ピンポーン』
ドキドキしながら待つ。すると微かに物音がして、ドアが開いた。

「はーい。あれ、風見さん?」
「あ、先生……」
「どうしたんですか?」
昨日まで毎日会っていたはずなのに何だか久しぶりに先生の顔を見た気がした。

「あ、あのこれ……藤堂先生に頼まれて。」
持っていた先生の携帯を差し出す。

「あ、僕忘れてきたんですね。ありがとうございます。わざわざ。」
「いえ。あのー……」
「はい?」
「つかぬ事をお聞きしますが、昨日誰か先生のお家にいました?」
「昨日?」
「昨日の夕方、自宅に電話したんです。一応私が届けに行く事を連絡しようと思って。そしたら女の人が……」
「え?あの人と話したんですか……」
突然眉間に皺を寄せる先生。い、いけなかったのかな?忘れ物を届けるだけのつもりだったけど、プライベートな事に首突っ込んだりして……
やっぱり藤堂先生が届けるべきだったんだよ!生徒に任せるからこんな事に……

「風見さん?」
「……え?あ、はい?」
「大丈夫ですか?何かボーッとしてましたが。」
「い、いえ大丈夫です。あの…あの……」
「はい?」
聞きたい!知りたい!あの人は先生の何なのかを!でも……

「あの…その女の人、先生とどんな関係なんですか!」
あー……聞いちゃった……
自己嫌悪に陥りながら俯く。頭の上から先生の、まるで諦めたようなため息が聞こえた。

「えっと実は……」
お母さん?お姉さん?それともまさか…か、かのっ……

「……僕の兄です。」
「へぇ~……お兄さんね。……」
しばらくの沈黙…そして……

「え…ええぇぇぇーー!!」
「だから言いたくなかったんです……」
「でででででも!」
「どうしたんですか?」
「だって…女の人みたいに綺麗な声で……まぁでも、言われてみたらちょっと低かった、のかな……?」
軽くパニック状態の私を苦笑いしながら見て、先生は言った。

「兄は元々声が高いんです。一応声変わりはしたけど、ちょっと声色を作れば確かに女性みたいな声になりますね。電話だったら尚更。」
「へ、へぇ~~……」
「中性的な顔立ちから小さい時から同性にモテまして、僕が気づいた時にはもう……」
先生が言い淀む。私は先生が何を言いたいのか何となく、本当に何となくわかったので、それ以上聞かなかった。いや、聞けなかった。

「昨日から遊びに来てたんですよ。僕が買い物に行ってる時に電話に出たんですね、きっと。」
「そ…そうですか。じゃ、じゃあ私はこれで……」
「あ…待って下さい!」
先生が帰ろうとした私を呼び止める。無言で振り向いた私の目に、焦った顔の先生が映った。

「あの、せっかくだから……」
「ねぇ、さっきから何騒いでるの?近所迷惑じゃない?」
その時先生の後ろから誰かが顔を覗かせた。

「兄さん。」

『兄さん!』先生の言葉に思わず反応した。失礼だと思いながらじろじろと見てしまう。

背は長身の先生と比べると小柄だがすらっとしたモデルさんみたいなスタイルで、背筋がしゃんと伸びているから堂々とした佇まいをしている。髪型はショートボムというのだろうか。栗色に染め、シャンプーはきっと良いものを使っているのだと思うほど艶々だ。

顔は比べてみると一目瞭然で先生と似ている。優しい目元、通った鼻筋、緩く弧を描く輪郭。何も知らないでいたらお姉さんだと勘違いするほど、見た目も雰囲気も女性そのものだった。服は高校生の私でも人目でわかるブランドのもので、それがよく似合っていた。

本当に男性?って半信半疑の中、胸は……って目をやるとペッタンコだった。

「で、この娘は?」
「あぁ、僕の教え子で風見千尋さんです。学校に携帯忘れたのを届けに来てくれたんですよ。」
「あ、初めまして。風見と申します。」
慌てて頭を下げると、楽しそうな声が降ってきた。

「可愛いわね。ねぇ、ちょっとお話しない?」
「へ?」
「ささ!入って、入って。ほら、拓也。お茶でも出しなさい。もう!気の利かない子ね。」
「あ、ちょっ……兄さん!そんな無理矢理引っ張ったら風見さんが……」
その時お兄さっ……お姉さんがピタッと立ち止まり、必然的に手を握られていた私も止まる羽目になった。

「何言ってんのよ。あたしは女よ、オ・ン・ナ。今度兄さんなんて呼んだらぶっ殺すわよ!」
「…………」
「………………」
固まる私とやれやれというように首を振る先生。

「さ!行きましょう!」
そんな中、嬉々として再び私の手を取ったお兄さっ……お姉さんはそのままリビングへと入っていった。

「あの……」
「なぁーに?」
「ほ、本当にその…あの……」
「あぁ。本当に男なのかって?」
あっさりとそう言うお兄さっ……お姉さんに無言のまま頷く。するとニヤリと嫌な笑みを浮かべて私の前に立った。

「?」
「なんなら見る?」
「え"!?な…何を……」
「ほらっ♪」
「きっ…きっ……きゃあぁぁぁぁぁ!!」
「兄さん!」
「あら、嫌だ。」
「大丈夫ですか?風見さん!……千尋!」

私はあまりの事に先生の声も聞こえないほどにショックを受け、気を失った……



―――

「…う~ん……」
「あ、気がついたわよ。」
「風見さん?大丈夫ですか?」
目が覚めた瞬間、高崎先生とお兄っ……じゃなかった、お姉さんの顔がすぐ目の前にあって、私は思わず体を起こした。

「だ、大丈夫です。ちょっとビックリしただけで。こっちこそすみませんでした。」
「ホントビックリしたわよ。急に倒れるんだもん。ちょっと意地悪してチラッとパンツ見せただけなのに、何を期待したのやら。」

あ、パンツ見ただけだったのか……。私ったらてっきり……って何言ってんだ、自分!段々と顔が赤くなる。両手で顔を隠して小さく丸まった。

「……あの、兄さん。ちょっと出ていってくれませんか?」
「何よ、怒ってんの?悪かったって。ちょっとふざけすぎたわ。」
「お願いします。」
「わかったわよ。じゃあ今日は篤あつしの所に泊まるから。ごめんね、千尋ちゃん。今度会った時は女子トークしましょうね♪」
「あ、はい……」
何だか色々突っこみどころがあるけど、知らないフリした方がいいんだよね。この場合……
私は引きつった顔で手を振りながら出ていく……お姉さんを見送った。

「風見さん?本当にすみませんでした。兄さん、いつもあんな風で自由奔放というか我が道を行くというか……」
「い、いえ!とんでもないです……」
お互い伏し目がちに謝り合う。この時になって私は自分が部屋のソファーに寝かされていたという事に思い至った。先生が運んでくれたのだろうか。だとしたら覚えてないのが悔やまれる。

「あの、風見さん。」
「はい?」
先生が改まった様子で私を呼ぶ。そっと目線を動かして先生を見ると、深刻な顔でこっちを見つめてきた。
ドクンッと心臓が一つ波を打った。

「僕は……風見さんが好きです。」
「……え?」
時が止まる。え?今先生何て言ったの?私が……好き?

「うそ……」
「嘘じゃありません。」
真剣な顔。誠実な言葉。そうだ、高崎先生は嘘をつくような人ではない。でもこんな事……信じられない。

「担任として貴女を見ている内に、いつも明るくて元気な姿に惹かれました。最初は当然戸惑いましたよ。何てったって教え子ですからね。」
苦笑交じりにそう言う先生にもはや頭がついていかない。私はボーッとしたまま、次の言葉を待った。

「HR委員長に風見さんを抜擢したのも下心……なのかな。」
「へ!?」
「話す機会が増えればいいな、くらいでしたがつい調子に乗ってしまいまして……」
頭をかく先生も可愛いっ……じゃなくて!いいのか?いいのか?教師が公私混同して!

……まぁ、そのお陰で?先生の事好きって気づいたから良かったけど。(先生の策略にハマった感が拭えないけど、それはまあ置いといて。)

「先生!」
「はい?」
「わたっ……わたしも……」
両手で拳を作って先生を見つめる。先生はあのいつもの優しい笑みで私を見た。

先生が好きだと自覚した時から、密かにこんな日がくる事を願っていた。ただ見ているだけでいいとか、想ってるだけで満足とか、そんなのは嘘だった。
だってこんなに近くに先生がいる。私を見ている。あの包み込むような穏やかな空気で今、ここに……
でも私は――

「……ごめんなさい。」
「風見さん……」
少しだけガッカリした顔をした先生から目を逸らす。
嬉しいけど私は臆病だから、この先の事を考えてしまう。
こういう時お姉さんみたいな人なら、パッと自分の気持ちを正直に伝える事が出来るのかな。

『私達は先生と生徒だから……』
何処からか自分の声が聞こえた。

そうだ。私達は先生と生徒。
それが現実。

「私は、他にす、好きな人がいるんです。」
「それは、誰ですか?」
「……言えません。」
「本当の理由を言って下さい。僕が嫌いですか?もしそうなら…諦めもつきます。」
「嫌いなんかじゃないです!ただ……」
「ただ?」
「先生と……生徒だから。」
「…………」
「だから……」
「そう…ですか。」
先生はそれっきり黙ってしまった。私は居たたまれなくなって帰ろうとした時、先生が言った。

「先生と生徒じゃなければいいんですね?」
「え?先生……?」
「今日はありがとうございました。携帯届けてくれて。それと兄さんの事は本当にすみませんでした。後で叱っておきますので。」
静かに頭を下げる先生に戸惑っていると、おもむろに立ち上がってドアの方に向かった。

「もう夕方ですね。送っていきます。」
そう言うと靴を履いて外に出る。先生らしくない有無を言わせない行動に茫然としながらも、私も外に出た。

(あんなに優しい先生を怒らせてしまった……)

私は後悔しながらも今更本当の気持ちを言えないまま、先生と一緒に家路を歩いた……


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