高校生

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第四章 新たなスタート

第十三話 伸ばした手

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―――

 今日は二学期の始業式。
 夏休みは色々あったなぁ……と朝から疲れた顔して登校する私を、日焼けした顔のクラスメイト達が追い抜いていく。

 ちくしょう!どうせ海やプールに行きまくりで夏休み満喫したんだろ?こちとらそれどころじゃないっつーのっ!
 何の罪もないクラスメイト達を思わず睨みつけた。

「はぁ~……」
「あ、千尋!おはよー!」
 ポンッと肩を叩かれる。ビックリしながら振り向くと、桜がいた。

「桜、おはよー……」
「新学期早々、辛気臭い顔してないで。ほら行くよ!」
 桜に背中を押されていつの間にか着いていた門から中に入った。

「桜。ごめんね。」
「え?何が?」
「だって夏休みの約束、全然守れなかった。」
「何だ、そんな事?気にしなくていいよ。それより高崎先生の事。どうするの?」
「どうするって……」
 靴を履きかえながら俯く。隣からため息が聞こえた。

 夏休み前から桜と遊ぶ約束をしていたけど、あの日先生の家に行って先生からこ、告白?されてから何か変に考えてしまって、その日の内に桜に電話して約束を全部キャンセルしてもらったのだ。
 申し訳なく思いながらも考える時間をもらった事には感謝している。……まぁ、答えは出ていないけど。

「それにしても先生がまさか本当に千尋の事好きだったとはねぇ~」
 桜がニヤニヤしながらこっちを見てくる。

「な、何よ……」
「私、前に言ったよね。先生が千尋をHR委員長に選んだのってわざとなんじゃないかって。当たったじゃん。」
「いや、そんな風には言ってなかった気が……」
 誤魔化しながらも顔が赤くなる。でもそう言えば先生言ってた。委員長に抜擢したのって下心とか何とか……ギャーーー!

「は、早く教室行くよ!」
「あ、待ってよ~」
 恥ずかしくなって逃げた。桜は相変わらずニヤニヤしてる。くそ~!いつか仕返ししてやる!


「みんな、おっはよー!」
「おはよー。あれ~?桜も千尋も意外と焼けてないね。プールとか行かなかったの?」
 ギクッ!あからさまに挙動不審になる私を横目に桜はしれっと嘘をついた。

「私達は室内プールだから。」
「あ、そうなんだ~」
 セーフ……

「ねぇねぇ、聞いた?」
 その時別の友達が話しかけてきた。

「何を?」
「高崎先生の事。」
「え"!?」

『高崎先生』このワードに必要以上に反応してしまう。思わず身を乗り出した。

「高崎先生がどうしたの?」
「先生、学校辞めるんだって!」
「えー!」
「うそー……」
「ショック…何で急に……」
「あれじゃないの?結婚するとか。」
「えー?」
「…………」
 いつの間にか集まってきた友達が好き勝手言っている。私はその輪から外れて茫然と立ち尽くした。

「千尋……」
 桜の小さい声が聞こえたが、それにさえも答える余裕はなかった……



―――

 高崎side


――校長室


「どういう事かね?これは……」
「見ての通り、辞表です。今日から新学期ですし今すぐという訳にはいかないと思いますので、そうですね……十月中には受理して頂ければ。」
「高崎先生!」
「ま、まぁ校長。落ち着いて下さい。高崎先生にも何か事情がおありなんでしょう。ねぇ?先生。」
「一身上の都合、という事ではいけませんか。」
「到底納得できん!」
「まぁまぁ……」
 高崎は怒り狂う校長と穏便に済まそうとする教頭を交互に見ながらため息をついた。

 自分でもわかっている。こんな急に辞表を出されて、理由もろくに言わないまま辞めさせろなんて言われて納得できるものでもないと。
 教師である以上、受け持った生徒に対する責任があるのは当然の事、自分の仕事に誇りを持たなくてはいけない。そんな事は重々承知していた。

 だけどそんな考えを吹き飛ばす程の衝動が、自分の中にある事も事実だった。
 一人の女子生徒の為に教師人生を棒に振ろうとしている。
 自身の辞表を巡って大騒ぎしている校長と教頭を眺めながら、そっと自嘲した。

 その時、突然ドアが大きな音を立てて開いた。

「失礼します!」
「風見さん……」
 千尋が仁王立ちで立っていた。茫然とする高崎の横を通り過ぎると、バンッ!と校長の机を叩く。辞表が一瞬宙を舞った。校長と教頭の肩が面白いくらい跳ねた。

「な、何だね?君は……何処のクラスだ。」
「生徒の顔とクラスくらい覚えておけよ、このハゲ!」
「んなっ……!」
「こ、校長!気を確かに……」
 ハゲと言われて失神しかける校長を教頭がすかさず支える。高崎は不謹慎ながらも笑いそうになった。

「先生……」
「風見さん……」
 くるりと振り返ってこっちを向く千尋を見て、笑いを引っ込める。千尋は今まで見た事のない真剣な顔で見つめてきた。

「私の…せいですか?」
「え?」
「私があんな事言ったからですか?」

『先生と生徒だから』千尋の声が蘇る。高崎は一度目を瞑ると顔を上げて首を横に振った。

「そうじゃない。」
「でも……」
「風見さんのせいじゃなくて自分で決めた事だから。」
「でも!……先生は辞めたくないって思ってる。心の奥底では。」
「風見さん……」
「先生は教師としての自分に誇りを持っている。私達教え子に対して熱意と情熱で接してくれている事もちゃんと伝わってるよ。責任感が強くて優しくて、こんなに『先生』という仕事が似合う人に私会った事ない。こんな事で、私なんかの為に、先生辞めるなんて言わないで!そんなの嬉しくもなんともない!」
「…………」
 高崎は顔を真っ赤にして涙を滲ませて力説する千尋に呆気に取られた。でもそれと同時に心の中がじわっと温かくなるのを感じていた。

「私が校長に辞表を取り消してもらうように頼みます。その代わりに……私なんかの事はいいですから、他に好きな人を見つけて下さい。」
「な、何を言って……」
「今の先生を失いたくないから。」
 千尋はそう言うと、高崎の返事は待たずに校長の方に向き直った。

「今の話聞いてたと思いますけど、高崎先生は辞めません。辞表は煮るなり焼くなり好きにして下さい。それとハゲなんて言って失礼しました。」
 頭を下げる千尋の背中が今にも消えそうに見える。思わず伸ばした手は無言の圧力に阻まれて届く事はなかった……


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