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第10話 絆創膏とアル中
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◆◆◆◆◆
金田と共にリビングに向かうと、またしても窓に広がる白浜の海に魅入られてしまった。
夕陽が海を赤く染めて滲んでいる。
「ソファーに座っていて下さい、秋山君。耳の治療をするので」
金田の声に振り返ると、男が救急箱を持って近づいてくる。レトロな救急箱が似合う男だなと、妙な関心を抱きながら俺は金田に応じた。
「もう血は止まってるし治療は必要ないよ。絆創膏があるなら欲しい」
耳にあてがったタオルを外して傷口を金田に見せると、彼は頷き口を開く。
「確かに出血は止まってますね。絆創膏を貼りますからソファーに座って下さい。」
「自分で貼るから大丈夫だ」
「僕が貼ります」
「‥‥‥‥。」
見た目は優男だが、金田は誘拐犯で監禁魔だ。無駄に逆らっても意味はない。俺はウンザリしながらも黙ってソファーに座った。金田は俺の横に座ると絆創膏を手にする。
「時計の針が刺さるなんてっ‥‥さ、災難でしたね。」
金田が耳に絆創膏を貼りながらそう呟く。その言葉に含み笑いを感じて俺は反論する。
「‥‥何笑ってんだよ。お前が籐籠を飛ばしたのが原因で俺は怪我をしたんだが?」
「ごめんなさい、秋山君。でも、時計の針が耳に刺さるとか‥‥ありえなくて。想像したら、つい笑いが‥‥」
絆創膏を貼り終わると、金田は本格的に笑い出した。確かに耳に時計の針が刺さったのは予想外だったが、そんなに笑いのツボに嵌まるものなのか?
「ふんっ」
「ごめん」
でもまあ‥‥笑っている金田は悪くない。少なくとも看守として囚人を拷問しているよりも、こちらの方が自然だ。
そんな男が復讐に凝り固まって異常行動に走っている。それだけ虐めのダメージは深かったということか。俺はこいつを生贄にして自分は助かったが、あのまま奴等に虐められていたら俺もこうなっていたのかもしれない。
「はい、治療は終わりです。なにか欲しいものはありますか?」
金田の言葉に俺は反射的に答える。
「ビールを飲みたい」
「駄目です!」
金田の語気が突然鋭くなり、俺は思わず男から身を離す。そんな俺の動きにお構いなしに金田は顔を寄せて口を開いた。
「アルコール依存症の秋山君にお酒を飲ませるわけがないでしょ!貴方をお酒から遠ざけるために誘拐したのに、全く自覚がないようですね。依存症を克服するまでは秋山君はここを出られません!」
男に断定的に言い切られて、俺は思わずムッとする。
「俺はアル中じゃない」
「秋山君は完全に依存症です。僕に誘拐された夜も酩酊状態でしたよ。同席を申し出ると僕を女だと勘違いしてベタベタ触ってくるし。」
「記憶にない」
「飲みすぎるからそうなるんです。僕が睡眠薬入りのお酒を勧めると一気に飲み干してしまって想定以上の睡眠薬を摂取するし‥‥いつか死にますよ、秋山君」
俺は思わず笑って言葉を紡いだ。
「妻に不倫されて『子供ができたから別れてくれ』って言われたら、誰だって酒に逃げたくなるだろ。俺がこのまま野垂れ死んだら少しは元妻に傷を負わせられる。それも悪くない‥‥。そう思わないか、金田?」
「全く思わない!秋山君は僕の友達です。元妻のために野垂れ死にしようなんて情けない考え方は捨てて下さい!」
俺は金田の言葉に呆れ返ってしまう。監獄の支配者が誠実な言葉で友人を説き伏せる。『友達』か。
「わかった、金田。こんな不毛な会話はやめよう。とにかく、のどが渇いた。水か炭酸水をくれないか?」
「勿論、秋山君!」
金田は急に嬉しそうに表情を緩めてソファーから立ち上がる。そしてキッチンに向かう。俺はその後ろ姿を見ながらため息を付いた。
金田と親しくなりすぎるのは危険だ。自殺に仕向けるつもりが、もう心が揺らいでいる。
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金田と共にリビングに向かうと、またしても窓に広がる白浜の海に魅入られてしまった。
夕陽が海を赤く染めて滲んでいる。
「ソファーに座っていて下さい、秋山君。耳の治療をするので」
金田の声に振り返ると、男が救急箱を持って近づいてくる。レトロな救急箱が似合う男だなと、妙な関心を抱きながら俺は金田に応じた。
「もう血は止まってるし治療は必要ないよ。絆創膏があるなら欲しい」
耳にあてがったタオルを外して傷口を金田に見せると、彼は頷き口を開く。
「確かに出血は止まってますね。絆創膏を貼りますからソファーに座って下さい。」
「自分で貼るから大丈夫だ」
「僕が貼ります」
「‥‥‥‥。」
見た目は優男だが、金田は誘拐犯で監禁魔だ。無駄に逆らっても意味はない。俺はウンザリしながらも黙ってソファーに座った。金田は俺の横に座ると絆創膏を手にする。
「時計の針が刺さるなんてっ‥‥さ、災難でしたね。」
金田が耳に絆創膏を貼りながらそう呟く。その言葉に含み笑いを感じて俺は反論する。
「‥‥何笑ってんだよ。お前が籐籠を飛ばしたのが原因で俺は怪我をしたんだが?」
「ごめんなさい、秋山君。でも、時計の針が耳に刺さるとか‥‥ありえなくて。想像したら、つい笑いが‥‥」
絆創膏を貼り終わると、金田は本格的に笑い出した。確かに耳に時計の針が刺さったのは予想外だったが、そんなに笑いのツボに嵌まるものなのか?
「ふんっ」
「ごめん」
でもまあ‥‥笑っている金田は悪くない。少なくとも看守として囚人を拷問しているよりも、こちらの方が自然だ。
そんな男が復讐に凝り固まって異常行動に走っている。それだけ虐めのダメージは深かったということか。俺はこいつを生贄にして自分は助かったが、あのまま奴等に虐められていたら俺もこうなっていたのかもしれない。
「はい、治療は終わりです。なにか欲しいものはありますか?」
金田の言葉に俺は反射的に答える。
「ビールを飲みたい」
「駄目です!」
金田の語気が突然鋭くなり、俺は思わず男から身を離す。そんな俺の動きにお構いなしに金田は顔を寄せて口を開いた。
「アルコール依存症の秋山君にお酒を飲ませるわけがないでしょ!貴方をお酒から遠ざけるために誘拐したのに、全く自覚がないようですね。依存症を克服するまでは秋山君はここを出られません!」
男に断定的に言い切られて、俺は思わずムッとする。
「俺はアル中じゃない」
「秋山君は完全に依存症です。僕に誘拐された夜も酩酊状態でしたよ。同席を申し出ると僕を女だと勘違いしてベタベタ触ってくるし。」
「記憶にない」
「飲みすぎるからそうなるんです。僕が睡眠薬入りのお酒を勧めると一気に飲み干してしまって想定以上の睡眠薬を摂取するし‥‥いつか死にますよ、秋山君」
俺は思わず笑って言葉を紡いだ。
「妻に不倫されて『子供ができたから別れてくれ』って言われたら、誰だって酒に逃げたくなるだろ。俺がこのまま野垂れ死んだら少しは元妻に傷を負わせられる。それも悪くない‥‥。そう思わないか、金田?」
「全く思わない!秋山君は僕の友達です。元妻のために野垂れ死にしようなんて情けない考え方は捨てて下さい!」
俺は金田の言葉に呆れ返ってしまう。監獄の支配者が誠実な言葉で友人を説き伏せる。『友達』か。
「わかった、金田。こんな不毛な会話はやめよう。とにかく、のどが渇いた。水か炭酸水をくれないか?」
「勿論、秋山君!」
金田は急に嬉しそうに表情を緩めてソファーから立ち上がる。そしてキッチンに向かう。俺はその後ろ姿を見ながらため息を付いた。
金田と親しくなりすぎるのは危険だ。自殺に仕向けるつもりが、もう心が揺らいでいる。
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