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9 診察 1
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◆◆◆◆◆
主治医のランディ・デュレは、私の胸に聴診器を宛がう。私は黙って医者の診察を受けながら、ヘルベルト兄上の姿を探した。
視界に捉えた兄上は、私に背を向けて立っていた。貴族の孕み子は伴侶以外に素肌を見せてはならない。それは、兄弟の間柄でも同様だ。
ヘルベルト兄上は、亡くなった後も仕来たりを守ってくれている。真面目な兄上の背中を見つめながら、少しくらい見てもいいのにと思ってしまった。
「心音に雑音はないようだね。頭痛や吐き気、その他の症状はあるかい?」
「頭痛は少しあります」
「どんな時に頭痛を感じるのかな?」
「過去を思い出した時に少し。先ほどは、悪夢を見て頭痛が起こりました。それで、少し取り乱しました」
「ふむ、悪夢か。ひどい経験をしたのだから、しばらくは悪夢は続くかもしれないね。事故後に、記憶の欠落や混乱を感じたことはありますか、カルロッタ様?」
ランディ先生が、私の精神面について尋ねてきた。少し身構えながら答える。
「・・睡蓮の沼での事を仰っているなら、記憶の欠落や混乱はありません。鮮明に覚えています。突き落とされた衝撃、沼に沈む感覚も、パオラの笑い声も・・全て覚えています」
パオラを睡蓮の沼に突き落とした時の記憶も、鮮明に残っている。手のひらの感覚。沈むパオラの姿。頬を流れる涙。牢獄の冷えた床。処刑台に引き摺られる体の痛み。斧が頸に・・。
「っ!」
「カルロッタ様?」
「少し頭痛が。色々と思い出して・・」
「鎮静剤を処方しましょう。カルロッタ様はベッドに横になり、衣服を整えてください。クロード卿を部屋に呼びますが、よろしいですか?」
「はい、先生」
先生に促されてベッドに横になる。私が衣服を整えた頃、ベッド脇にヘルベルト兄上が心配顔で立っていた。私は少し笑みを浮かべ、小声で兄上と話しかけた。
「大丈夫です、兄さま」
『無理に笑わなくていい、カルロッタ』
「はい」
ヘルベルト兄上は、私の頬に触れようとした。だが、扉の開く音と共に兄上の指先は離れていった。ランディ先生が、クロードを室内に招き入れた様だ。
「カルロッタ!」
「クロード」
クロードが心配そうに、ベッドに駆け寄ってくる。その時、クロードの体がヘルベルト兄上の体に接触した。その接触により、淡く揺らぐ兄上の体が霧散した。私は気が動転して、おもわずクロードを罵倒していた。
「ひっ、兄さまが!クロードの馬鹿!!」
「はぁ?馬鹿とは何だよ、馬鹿とは?」
「どうかされましたか、カルロッタ様」
『落ち着いて、カルロッタ』
「ひゃい!?」
クロード、ランディ先生、最後に元の姿に戻ったヘルベルト兄上に顔を覗かれて・・妙な声を出してしまった。私は咳払いした後に言い訳を始める。これで何度目の言い訳だろうか?
「まだ衣服が整っていなかったので、焦ったのです。クロード兄上になら素肌を見られても平気だと、先ほど軽口を申しましたが・・やはり、兄上も男性ですから、意識してしまって・・恥ずかしくて・・」
「おうっ!そ、そうか・・済まない!」
クロードが慌てて私に背を向けた。私はそのままベッドに潜り込み、衣服を整えている素振りをした。暫くしてベッドから顔を出した私は、何事もなかったように皆に挨拶をした。
「お待たせいたしました、皆様」
ヘルベルト兄上が、この茶番劇に耐えきれず笑い声を上げた。兄さま、笑わない!
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主治医のランディ・デュレは、私の胸に聴診器を宛がう。私は黙って医者の診察を受けながら、ヘルベルト兄上の姿を探した。
視界に捉えた兄上は、私に背を向けて立っていた。貴族の孕み子は伴侶以外に素肌を見せてはならない。それは、兄弟の間柄でも同様だ。
ヘルベルト兄上は、亡くなった後も仕来たりを守ってくれている。真面目な兄上の背中を見つめながら、少しくらい見てもいいのにと思ってしまった。
「心音に雑音はないようだね。頭痛や吐き気、その他の症状はあるかい?」
「頭痛は少しあります」
「どんな時に頭痛を感じるのかな?」
「過去を思い出した時に少し。先ほどは、悪夢を見て頭痛が起こりました。それで、少し取り乱しました」
「ふむ、悪夢か。ひどい経験をしたのだから、しばらくは悪夢は続くかもしれないね。事故後に、記憶の欠落や混乱を感じたことはありますか、カルロッタ様?」
ランディ先生が、私の精神面について尋ねてきた。少し身構えながら答える。
「・・睡蓮の沼での事を仰っているなら、記憶の欠落や混乱はありません。鮮明に覚えています。突き落とされた衝撃、沼に沈む感覚も、パオラの笑い声も・・全て覚えています」
パオラを睡蓮の沼に突き落とした時の記憶も、鮮明に残っている。手のひらの感覚。沈むパオラの姿。頬を流れる涙。牢獄の冷えた床。処刑台に引き摺られる体の痛み。斧が頸に・・。
「っ!」
「カルロッタ様?」
「少し頭痛が。色々と思い出して・・」
「鎮静剤を処方しましょう。カルロッタ様はベッドに横になり、衣服を整えてください。クロード卿を部屋に呼びますが、よろしいですか?」
「はい、先生」
先生に促されてベッドに横になる。私が衣服を整えた頃、ベッド脇にヘルベルト兄上が心配顔で立っていた。私は少し笑みを浮かべ、小声で兄上と話しかけた。
「大丈夫です、兄さま」
『無理に笑わなくていい、カルロッタ』
「はい」
ヘルベルト兄上は、私の頬に触れようとした。だが、扉の開く音と共に兄上の指先は離れていった。ランディ先生が、クロードを室内に招き入れた様だ。
「カルロッタ!」
「クロード」
クロードが心配そうに、ベッドに駆け寄ってくる。その時、クロードの体がヘルベルト兄上の体に接触した。その接触により、淡く揺らぐ兄上の体が霧散した。私は気が動転して、おもわずクロードを罵倒していた。
「ひっ、兄さまが!クロードの馬鹿!!」
「はぁ?馬鹿とは何だよ、馬鹿とは?」
「どうかされましたか、カルロッタ様」
『落ち着いて、カルロッタ』
「ひゃい!?」
クロード、ランディ先生、最後に元の姿に戻ったヘルベルト兄上に顔を覗かれて・・妙な声を出してしまった。私は咳払いした後に言い訳を始める。これで何度目の言い訳だろうか?
「まだ衣服が整っていなかったので、焦ったのです。クロード兄上になら素肌を見られても平気だと、先ほど軽口を申しましたが・・やはり、兄上も男性ですから、意識してしまって・・恥ずかしくて・・」
「おうっ!そ、そうか・・済まない!」
クロードが慌てて私に背を向けた。私はそのままベッドに潜り込み、衣服を整えている素振りをした。暫くしてベッドから顔を出した私は、何事もなかったように皆に挨拶をした。
「お待たせいたしました、皆様」
ヘルベルト兄上が、この茶番劇に耐えきれず笑い声を上げた。兄さま、笑わない!
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