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悪魔と呼ばれた戦利品
第37話 生涯を掛けて 1
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冷え切っていた手に温もりが戻る頃、ルティシアの眉がピクリと動き、閉じていた瞼が開かれる。
「陛下」
アージェスはルティシアを腕に抱き上げた。
「ルル。こんなところで寝るな、風邪を引く」
「申し訳ありません。……」
謝罪の後、彼女は何か言いたげに口を開いたが、思い直したのかすぐに閉じた。
アージェスはそんなルティシアを静かに見下ろして言う。
「暇ができたから息抜きに来た」
嘘だった。
本当はずっと会いたくてたまらなかった。
だがもう本音は言うまい。
「そうですか、ではごゆっくりなさって下さい」
とても嬉しそうに、ルティシアは微笑を浮かべた。
「ああ」
ルティシアの額にアージェスは唇を寄せた。
応接室に入ると、ファーミアが茶菓子を用意し、午後の一時を二人で過す。
殆ど会話はないが、アージェスには気にならない。
紅茶を楽しんだ後は、長椅子でルティシアの膝を枕に横になる。
彼女の腹部に、アージェスは耳を当てた。
きゅるきゅると食べたものを消化する音が聞こえてきて、アージェスは苦笑する。
「まだ何も反応がないな」
「懐妊というのは、間違っていたのではないでしょうか?」
医者を呼びつけ、ルティシアを診断させたのは半月前のことだ。
情報漏洩を恐れて、王宮の御殿医は避け、都で開業医をしている友人に頼んだ。
やぶ医者という不名誉な噂は聞かないから問題はないだろう。
「そうだな、この腹では説得力に欠ける。だがあと数ヶ月もすればはっきりするだろう。誤りであれば、腹が膨れることもないだろうからな。だが完全に否定もできんのだから、無理はするなよ」
「はい」
笑顔で返事をしてくれるが、なんとも信用がない。
「お前は自分に優しくないからな。いいか、お前の腹だが、子は俺の子だ。大事にしてくれよ」
「承知しています……」
ルティシアは申し訳なさそうに俯く。
「なんだ?」
「……陛下にはお迎えになられたばかりのお后様がおられますのに……避妊のお薬も利かず申し訳ありません」
アージェスは仰向けになる。
王宮からこの館へ移り住んでからのルティシアは、随分と晴れやかな表情を見せるようになった。
痩せた身体に徐々に体重が戻り、頃合を見計らってから、アージェスは夜伽をさせるようになった。ルティシアはもうアージェスを拒むことなく受け入れていたが、抱いた後は決まって不安げに避妊薬を欲しがった。
ルティシアとの子を望んでいたアージェスは、避妊薬と偽って妊娠を妨げない滋養剤を与えた。騙されているとも知らずに安心するルティシアを、アージェスは存分に愛した。
ゆえに当然の懐妊だった。
「避妊薬がお前に合わなかったか、あるいは俺の子種が強すぎたのだろう。できたものはしかたがない。世継ぎは、后が産むんだ。例えおまえが男児を生もうと、王位継承権は与えん。王の子と、公にするわけでもないのだから、気に病むことはない。人口の少ないこの国に一人でも多く子を設けることは民の義務だ。お前もその一人なのだから、子は大事にせねばならん。分かったか?」
「はい、陛下」
暗い表情が、野に咲く可憐な花のような笑顔に変わるのを、アージェスは切なく見つめた。
彼の望むことはルティシアを喜ばせることができない。
それどころか彼女を苦しめる材料にしかならない。
そのことに、アージェスは時間をかけてようやく知ることができた。
やっと心からの笑顔を見せてくれるようになったルティシアだ。表情を曇らせたくはない。
「俺が来なくても、しっかり食べて、ちゃんと休め」
「はい。私のことはご心配なさらずに。どうか、お后様と睦まじくなさって下さい」
ルティシアが言うと嫌味に聞こえない。僅かばかりも嫉妬が含まれていないことに、アージェスは傷つく。そうとも知らずにアージェスのことだけを想ってくれていると分かるだけに、泣きたくなるほど辛くなる。
「……ああ」
「陛下」
アージェスはルティシアを腕に抱き上げた。
「ルル。こんなところで寝るな、風邪を引く」
「申し訳ありません。……」
謝罪の後、彼女は何か言いたげに口を開いたが、思い直したのかすぐに閉じた。
アージェスはそんなルティシアを静かに見下ろして言う。
「暇ができたから息抜きに来た」
嘘だった。
本当はずっと会いたくてたまらなかった。
だがもう本音は言うまい。
「そうですか、ではごゆっくりなさって下さい」
とても嬉しそうに、ルティシアは微笑を浮かべた。
「ああ」
ルティシアの額にアージェスは唇を寄せた。
応接室に入ると、ファーミアが茶菓子を用意し、午後の一時を二人で過す。
殆ど会話はないが、アージェスには気にならない。
紅茶を楽しんだ後は、長椅子でルティシアの膝を枕に横になる。
彼女の腹部に、アージェスは耳を当てた。
きゅるきゅると食べたものを消化する音が聞こえてきて、アージェスは苦笑する。
「まだ何も反応がないな」
「懐妊というのは、間違っていたのではないでしょうか?」
医者を呼びつけ、ルティシアを診断させたのは半月前のことだ。
情報漏洩を恐れて、王宮の御殿医は避け、都で開業医をしている友人に頼んだ。
やぶ医者という不名誉な噂は聞かないから問題はないだろう。
「そうだな、この腹では説得力に欠ける。だがあと数ヶ月もすればはっきりするだろう。誤りであれば、腹が膨れることもないだろうからな。だが完全に否定もできんのだから、無理はするなよ」
「はい」
笑顔で返事をしてくれるが、なんとも信用がない。
「お前は自分に優しくないからな。いいか、お前の腹だが、子は俺の子だ。大事にしてくれよ」
「承知しています……」
ルティシアは申し訳なさそうに俯く。
「なんだ?」
「……陛下にはお迎えになられたばかりのお后様がおられますのに……避妊のお薬も利かず申し訳ありません」
アージェスは仰向けになる。
王宮からこの館へ移り住んでからのルティシアは、随分と晴れやかな表情を見せるようになった。
痩せた身体に徐々に体重が戻り、頃合を見計らってから、アージェスは夜伽をさせるようになった。ルティシアはもうアージェスを拒むことなく受け入れていたが、抱いた後は決まって不安げに避妊薬を欲しがった。
ルティシアとの子を望んでいたアージェスは、避妊薬と偽って妊娠を妨げない滋養剤を与えた。騙されているとも知らずに安心するルティシアを、アージェスは存分に愛した。
ゆえに当然の懐妊だった。
「避妊薬がお前に合わなかったか、あるいは俺の子種が強すぎたのだろう。できたものはしかたがない。世継ぎは、后が産むんだ。例えおまえが男児を生もうと、王位継承権は与えん。王の子と、公にするわけでもないのだから、気に病むことはない。人口の少ないこの国に一人でも多く子を設けることは民の義務だ。お前もその一人なのだから、子は大事にせねばならん。分かったか?」
「はい、陛下」
暗い表情が、野に咲く可憐な花のような笑顔に変わるのを、アージェスは切なく見つめた。
彼の望むことはルティシアを喜ばせることができない。
それどころか彼女を苦しめる材料にしかならない。
そのことに、アージェスは時間をかけてようやく知ることができた。
やっと心からの笑顔を見せてくれるようになったルティシアだ。表情を曇らせたくはない。
「俺が来なくても、しっかり食べて、ちゃんと休め」
「はい。私のことはご心配なさらずに。どうか、お后様と睦まじくなさって下さい」
ルティシアが言うと嫌味に聞こえない。僅かばかりも嫉妬が含まれていないことに、アージェスは傷つく。そうとも知らずにアージェスのことだけを想ってくれていると分かるだけに、泣きたくなるほど辛くなる。
「……ああ」
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