61 / 62
学院編
61話 レグラス様と僕の距離
しおりを挟む
レグラス様の綺麗なアイスブルーの瞳が、僕の意識を捕らえて離さない。
いつの間に、こんなにも、この人の存在に慣れてしまったんだろう。
慣れた……というより、その姿が視界にはいると、凄く安堵する自分がいる。それが、自分の事ながら凄く不思議なことに感じた。
以前の僕なら、こんな風に自分から誰かに手を伸ばすなんてあり得なかった。
何故って、誰も僕を気にしないから。手を伸ばしても無駄だと分かっていたから……。
ーーでもレグラス様は違う。いつも僕に手を差し伸べてくれる。だから、僕は……。
レグラス様の服の端を掴む自分の手に視線を落とす。
僕の腕一本分だけ離れている、その距離が何だかもどかしく感じられる。僕の視界の端で、尻尾がうずうずと蠢いた。
脳裏に、以前「触れ合いに慣れてもらおうか」と言って、両腕を広げたレグラス様の姿が思い浮かぶ。
――もっとくっつきたい。そうしたら、絶対もっと安心できるし、きっと幸せな気分になると思う……。
「――どうした?」
黙ったままの僕に、レグラス様が声を掛けてきた。身体ごと僕の方へ向くと、モグラを持つ手とは反対の手で僕の頬を包み込む。
その感触に、僕ははっと我に返った。
――あ……危なかった。危うく抱きつくところだった……っ!
そろりと視線を上げて、レグラス様の様子を窺う。しかし彼は僕の考えに気付いた様子はなく、ただ眉を少し潜めて心配そうな眼差しを僕へと向けていた。
「いえ、なんでもありません!」
掴んでいたレグラス様の服を離してしゅっと姿勢を正すと、何故かレグラス様は残念そうな顔になっていた。
「今、精霊様にこの世界の理についてお話を伺っていたんです」
「この世界の理?」
レグラス様が怪訝そうな顔になって、視線をちらりと手元に落とす。
「コイツにか?」
「レグラス様、精霊様が見えているんですか?」
「ああ、ここは精霊の世界だからな。ここでなら可視化も可能だ」
そう言われて僕もモグラに目を向けてみると、彼は僕に向かって小さな首を一生懸命ふりふりと振っていた。
――コワい、コワい。ムリムリ。離して、離して!
その必死な様子が可哀そうになった僕は、少し顔を上げてお願いをしてみた。
「精霊様が怖がっています。離してもらえませんか、レグラス様」
「私の猫を惑わしたんだ。少しは怖い目に遭った方が、コイツも教訓となるだろう」
「でも、精霊様は使徒の事についても教えてくれそうだったんです。それに、えっと……アステルの四大聖獣? というものの存在についても」
「――なに?」
その言葉にレグラス様はすっと目を眇め、掴んでいたモグラを顔の前まで持ち上げた。
「お前、何を知っている」
僅かに怒気を含む冷たい声に、僕もモグラもびくんと身体を竦めてしまった。その僕の反応が視界に入ったのか、レグラス様がはっと顔を上げる。
「っ、フェアル……」
そう呼びかけた瞬間。モグラはもにもにと鼻面を動かすと、ぱっとその姿を消してしまった。
それと同時に、今まで眼下に広がっていた広大な景色も消え去ってしまい、艶やかな飴色の木製の床板へと姿を変える。
「あ……!」
「チッ」
僕の声と、レグラス様の舌打ちが重なった。どこに行ってしまったんだろうと、辺りに視線を彷徨わせていた僕の耳に、モグラの可愛らしい声が小さく響いてきた。
――神様はいつだって使徒様の側にいるよ。
それ以上声が続くことはなく、しんとした静寂が広がるばかりだった。
★☆★☆
レグラス様と共に別館の階段を下りて外に出てみると、扉の前でサグとソルが待ってくれていた。
「フェアル様!」
「フェアル!」
扉の開く音に反応して二人ともぱっと顔を上げる。二人ともその顔色は悪く、眉間にくっきりとシワを寄せていた。
「お怪我はありませんかっ! お一人にしてしまって申し訳ありません!」
「無事でよかった……っ」
口々にそう言ったかと思うと、サグとソル、二人揃って胸に右掌を当てその場に片膝を着いて跪いた。
「「申し訳ありませんでした」」
「え? え?」
僕は突然跪いた二人の頭を見下ろし、そして横に立つレグラス様を振り仰いだ。レグラス様は無表情のまま腕を組み、そんな二人を黙って見下ろしている。
これはもしかして、僕が勝手な行動をしてしまったから二人は怒られてしまうんだろうか?
僕はそっとレグラス様の袖を引き、注意をこちらに向けさせるとそっとお願いを口にしてみた。
「あの、レグラス様。サグとソルは悪くありません。僕が迂闊に行動した結果のことなので、二人を怒らないで……」
レグラス様は視線を僕に向けてじっと見ていたけれど、やがて「はぁ……」息を吐き出すと小さく首を振った。
「精霊の仕業だ、是非もないだろう。そもそも精霊は気に入った対象にしか干渉しない。その段階でフェアルに危険はないはずだ。……が、守るべき対象から僅かでも離れた事はあの二人のミスであり、処罰の対象となる」
厳しいレグラス様の声に、二人の頭は更に深く下がる。
レグラス様は組んでいた腕を解くと、親指の腹で僕の目元を優しく撫でた。
「しかし、お前達への処罰はまた後で下す。今はフェアルを休ませたい。人間が精霊の世界に滞在するには、気力と魔力を著しく消耗するからな」
「「御意のままに」」
こうして留学初日は、学院に半日も滞在しないまま終わりを迎えることになった。
いつの間に、こんなにも、この人の存在に慣れてしまったんだろう。
慣れた……というより、その姿が視界にはいると、凄く安堵する自分がいる。それが、自分の事ながら凄く不思議なことに感じた。
以前の僕なら、こんな風に自分から誰かに手を伸ばすなんてあり得なかった。
何故って、誰も僕を気にしないから。手を伸ばしても無駄だと分かっていたから……。
ーーでもレグラス様は違う。いつも僕に手を差し伸べてくれる。だから、僕は……。
レグラス様の服の端を掴む自分の手に視線を落とす。
僕の腕一本分だけ離れている、その距離が何だかもどかしく感じられる。僕の視界の端で、尻尾がうずうずと蠢いた。
脳裏に、以前「触れ合いに慣れてもらおうか」と言って、両腕を広げたレグラス様の姿が思い浮かぶ。
――もっとくっつきたい。そうしたら、絶対もっと安心できるし、きっと幸せな気分になると思う……。
「――どうした?」
黙ったままの僕に、レグラス様が声を掛けてきた。身体ごと僕の方へ向くと、モグラを持つ手とは反対の手で僕の頬を包み込む。
その感触に、僕ははっと我に返った。
――あ……危なかった。危うく抱きつくところだった……っ!
そろりと視線を上げて、レグラス様の様子を窺う。しかし彼は僕の考えに気付いた様子はなく、ただ眉を少し潜めて心配そうな眼差しを僕へと向けていた。
「いえ、なんでもありません!」
掴んでいたレグラス様の服を離してしゅっと姿勢を正すと、何故かレグラス様は残念そうな顔になっていた。
「今、精霊様にこの世界の理についてお話を伺っていたんです」
「この世界の理?」
レグラス様が怪訝そうな顔になって、視線をちらりと手元に落とす。
「コイツにか?」
「レグラス様、精霊様が見えているんですか?」
「ああ、ここは精霊の世界だからな。ここでなら可視化も可能だ」
そう言われて僕もモグラに目を向けてみると、彼は僕に向かって小さな首を一生懸命ふりふりと振っていた。
――コワい、コワい。ムリムリ。離して、離して!
その必死な様子が可哀そうになった僕は、少し顔を上げてお願いをしてみた。
「精霊様が怖がっています。離してもらえませんか、レグラス様」
「私の猫を惑わしたんだ。少しは怖い目に遭った方が、コイツも教訓となるだろう」
「でも、精霊様は使徒の事についても教えてくれそうだったんです。それに、えっと……アステルの四大聖獣? というものの存在についても」
「――なに?」
その言葉にレグラス様はすっと目を眇め、掴んでいたモグラを顔の前まで持ち上げた。
「お前、何を知っている」
僅かに怒気を含む冷たい声に、僕もモグラもびくんと身体を竦めてしまった。その僕の反応が視界に入ったのか、レグラス様がはっと顔を上げる。
「っ、フェアル……」
そう呼びかけた瞬間。モグラはもにもにと鼻面を動かすと、ぱっとその姿を消してしまった。
それと同時に、今まで眼下に広がっていた広大な景色も消え去ってしまい、艶やかな飴色の木製の床板へと姿を変える。
「あ……!」
「チッ」
僕の声と、レグラス様の舌打ちが重なった。どこに行ってしまったんだろうと、辺りに視線を彷徨わせていた僕の耳に、モグラの可愛らしい声が小さく響いてきた。
――神様はいつだって使徒様の側にいるよ。
それ以上声が続くことはなく、しんとした静寂が広がるばかりだった。
★☆★☆
レグラス様と共に別館の階段を下りて外に出てみると、扉の前でサグとソルが待ってくれていた。
「フェアル様!」
「フェアル!」
扉の開く音に反応して二人ともぱっと顔を上げる。二人ともその顔色は悪く、眉間にくっきりとシワを寄せていた。
「お怪我はありませんかっ! お一人にしてしまって申し訳ありません!」
「無事でよかった……っ」
口々にそう言ったかと思うと、サグとソル、二人揃って胸に右掌を当てその場に片膝を着いて跪いた。
「「申し訳ありませんでした」」
「え? え?」
僕は突然跪いた二人の頭を見下ろし、そして横に立つレグラス様を振り仰いだ。レグラス様は無表情のまま腕を組み、そんな二人を黙って見下ろしている。
これはもしかして、僕が勝手な行動をしてしまったから二人は怒られてしまうんだろうか?
僕はそっとレグラス様の袖を引き、注意をこちらに向けさせるとそっとお願いを口にしてみた。
「あの、レグラス様。サグとソルは悪くありません。僕が迂闊に行動した結果のことなので、二人を怒らないで……」
レグラス様は視線を僕に向けてじっと見ていたけれど、やがて「はぁ……」息を吐き出すと小さく首を振った。
「精霊の仕業だ、是非もないだろう。そもそも精霊は気に入った対象にしか干渉しない。その段階でフェアルに危険はないはずだ。……が、守るべき対象から僅かでも離れた事はあの二人のミスであり、処罰の対象となる」
厳しいレグラス様の声に、二人の頭は更に深く下がる。
レグラス様は組んでいた腕を解くと、親指の腹で僕の目元を優しく撫でた。
「しかし、お前達への処罰はまた後で下す。今はフェアルを休ませたい。人間が精霊の世界に滞在するには、気力と魔力を著しく消耗するからな」
「「御意のままに」」
こうして留学初日は、学院に半日も滞在しないまま終わりを迎えることになった。
172
あなたにおすすめの小説
炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています
ぽんちゃん
BL
希望したのは、医療班だった。
それなのに、配属されたのはなぜか“炊事班”。
「役立たずの掃き溜め」と呼ばれるその場所で、僕は黙々と鍋をかき混ぜる。
誰にも褒められなくても、誰かが「おいしい」と笑ってくれるなら、それだけでいいと思っていた。
……けれど、婚約者に裏切られていた。
軍から逃げ出した先で、炊き出しをすることに。
そんな僕を追いかけてきたのは、王国軍の最高司令官――
“雲の上の存在”カイゼル・ルクスフォルト大公閣下だった。
「君の料理が、兵の士気を支えていた」
「君を愛している」
まさか、ただの炊事兵だった僕に、こんな言葉を向けてくるなんて……!?
さらに、裏切ったはずの元婚約者まで現れて――!?
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる