独占欲〜番が欲しいアイツと、実らない恋をした俺の話。〜

飛鷹

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2話

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 家に辿り着き、鍵を開ける時間ももどかしく雪崩れ込むように玄関に入る。
 扉がパタンと閉まる音がする前に、後ろから伸びた手が俺の顎を掴んでグッと仰のかせ、噛みつくように口づけてきた。

 にちゅっと濡れた音を響かせながら、ルーカスの肉厚の舌が俺の口腔を無遠慮に犯してくる。
 俺も自分の舌をルーカスのものに絡めて積極的に応えていると、背後からなにやら嬉しそうな気配が漂ってきた。薄っすらと目を開けて見てみれば、同じようにじっとこちらを見る銀の瞳とかち合う。

「っぁ……、な……に?」

 僅かに唇が離れた隙に尋ねると、ヤツは精悍な顔をくしゃりと崩して心底嬉しそうに笑った。

「ノアが積極的だからさ、嬉しくて。自分の番に求めて貰えることほど嬉しいものはねぇし」
「い、今更じゃない?」

 確かに俺もルーカスを求めていたけれど、改めて言葉にされると少し恥ずかしい。
 そんな気持ちでちょっと睨むようにヤツを見れば、その気持ちも見透かしたかのように極上の微笑みが返された。

「ノア、可愛い」

 普段は鋭いルーカスの目つきも、今ばかりはゆるりと甘く溶けている。
 後ろから俺を抱き締めたままちゅっと目尻に口づけると、ルーカスは「待ちきれない」とばかりに俺を肩に担ぎ上げ、ズンズンと廊下を進んだ。

「ちょ、ルーカス、待った!」

 そのまま居間を通り過ぎようとするルーカスの背中を叩いて、俺はヤツの脚を止めさせる。

「せめて装備は外させてくれ」

 そう言うとヤツは渋々居間に入り、俺を下ろしてくれた。
 冒険者にとって装備は自分の命を預ける大事なものだ。剣は勿論、剣帯やポーチなんかの小道具も粗末には扱えない。それに関しては、流石にルーカスも冒険者のトップにいるだけあって文句を言う事はなかった。

 俺は軽く頭を振り、身に着けていたグローブを外そうとして、その視界の端にルーカスの姿を映し「あれ?」と首を傾げた。
 何故かって、ルーカスが私服だったからだ。

――ルーカスを宥めるのに必死で気付かなかった……。

「今日はクエストを受けるつもりはない」と朝ルーカスも話をしていたし、まぁ私服なのは理解できる。
 だけど、じゃあなんでコイツは冒険者ギルドにいたんだ?
 ルーカスは仕事と私生活をはっきり区別したがる傾向にある。休日にギルドに近付くなんて、余程の事がない限りないのだ。

 そう思ってルーカスをじっと見つめていると、その視線に気が付いたのかヤツが顔を上げた。

「どうした?」
「……お前、さっきは何でギルドにいたんだ?」

 そう尋ねると、ルーカスはぱちりと瞬いて、「ああ」と大きく頷いた。

「ギルマスに呼び出された」
「ギルマスに?」

 冒険者ギルドのギルドマスターからの呼び出しとなれば、考えられるのは、Sランクであるルーカスへの指名依頼しかない。手強い魔物が現れたら、確実に仕留めることができるSランクの冒険者を頼るのが一般的となっている。依頼料は高額だけど、その分被害も最小限に抑えることができるからだ。――でも。

「この付近で強い魔物が出たって話は聞かないけど?」

 冒険者は粗暴な者も多く、連携なんて取れるような人種ではない。でも、こと魔物に関しては自分の命にも直結する問題であり、いつどこで、どのくらいの強さの魔物が出没したかなどの情報の周りは早いのだ。

 しかし、最近そんな話は聞いていない……。
 訝し気にルーカスを見つめていると、ヤツは自分の頬を指でポリポリと掻き、気まずそうに視線を逸らした。

「ルーカス?」

 嫌な予感がして、声のトーンを下げて問い詰めるように名を呼べば、ヤツは降参とばかりに両手を肩の高さに上げた。

「獣人冒険者のSランクへの依頼の話だった」
「獣人限定?」
「ああ。かなり遠い北の方でキメラの魔物が目撃されたらしい。キメラだから詳しく生態を調査したいってことで、依頼がきたらしい」

 魔物のキメラとは、既存の魔物と似ていながらも異なる生態や姿型をとる魔物の事で、新種の魔物の可能性があるのだ。

「? 要は調査するヤツの護衛任務ってことか。どんなキメラか分からない以上Sランクを指定するのは理解できるけど、なんで獣人って指定が入るんだ?」

 遠い北の方って場所がどこか知らないが、ルーカスよりもその場所の近くに滞在しているSランクもいるはずだ。なのに、敢えて獣人の冒険者を指定した理由が分からない。

 俺がじっとルーカスを見つめていると、ヤツは何故か少し照れたように笑った。

「そのキメラが目撃された場所が、俺の故郷の近くなんだ。それに調査を任された魔物研究所の研究員も獣人らしくて。ほら、獣人ってちょっと人族に対して排他的なヤツもいるだろ? 獣人同士なら連携を取りやすいからってさ」

 意外な言葉にぱちりと瞬いていると、俺に一歩近付いたルーカスがそっと俺の頬を掌で包み込んだ。

「今回はノアとパーティを組んで、クエストを受けたいって思ってるけど……どう?」
「――え?」

 突然の誘いに、俺は言葉を無くす。
 俺もルーカスも基本的にソロで活動することが多いけど、クエストによってはパーティを組むこともある。その方が報酬が良いからだ。
 だけど、今回は意図が違う気がする。今回の依頼の場所はルーカスの故郷の近く。ってことは……。

「折角故郷の近くに行くなら、俺の身内にノアを会わせたいし。ダメ……か?」
「ダメ……っていうか……」

 やっぱりって思いと、だけど……って悩みが湧き上がる。

 ルーカスにはっきりと告げた事はないけど、俺は孤児院の出身だ。特に栄えているわけでもない、小さな町の孤児院の前に捨てられたいたと聞いている。

 人族であれ獣族であれ、孤児上がりはあまり歓迎されないのが常だ。理由は簡単。
『信用できない』、それに尽きる。
 人族からすれば、どこの血筋かも分からず胡散臭い。
 獣族からすれば、如何なる理由があっても自分の子供を捨てる選択をする事が信じられないし、そんな親の子供なら同じものだろう……と。

 そんな偏見を覆すのは難しくて、孤児上がりのヤツらは敢えて自分の出自を話す事はしない。
 冒険者に孤児上がりが多いのも、そんな偏見があって普通の職業に就くのが難しいからだ。
 そんな俺だからこそ、即答できなかった。
 
 ――俺は、その「信用できない」孤児そのものだし、コイツの身内に受け入れてもらうのは難しいかもな。

 口を噤んでルーカスを見つめた俺は、「ちょっと考えさせて」と告げて、くるりと背を向けた。
 悩みつつ装備を外そうと剣帯に手を伸ばした時、背後からふわりとルーカスが抱きしめてきた。

「難しく考えんな、ノア。俺は自分の番を自慢したいだけだ。お前がイヤなら、さとまで行かなくていい。たた、俺が生まれ育った景色を見てくれるだけでいいから」
「…………」

 そこまで言われてしまうと、流石に嫌とは言いにくい。

 ――俺の過去の事、ルーカスにちゃんと話すか?

 ルーカスなら俺に対して「孤児」だったからと偏見は持たないはず。断言はできないけど、多分。それに、あの事も、きっと受け止めてくれるんじゃないか……。
 悩みに悩んでからこくりと頷くと、俺を抱き締める腕にギュッと力が入った。

「ありがと、ノア!」

 嬉しげに俺の頭のてっぺんに頬を擦り付けてくるルーカスに、俺は密かに「大丈夫かな……」とため息をついていた。

 考えに没頭していると、腰の辺りでカチャカチャと音がし始めた。はっと我に返った俺が視線を下げると、背後から回されたルーカスの手が俺の剣帯を外しているところだった。

「ちょ……なにしてるんだ?」
「ノアを脱がせてる」

 嬉しそうに声を弾ませてルーカスが答えてくるが、残念ながら俺は今それどころではない。拒絶の意味でやんわりとルーカスの腕を押し退けようとすると、その手をガッチリと握り込まれてしまった。

「……おい」

 非難の声を上げながら真横にあるルーカスの顔を見ると、ヤツはすっと目を細めて、剣帯を外そうとしていた手を俺の怪我がある所に当てた。

「ずっとノアの血の匂いがしてる。これ、確認しねぇと、俺も落ち着かないんだよ」
「っ」

 服越しとはいえ、傷をぐっと押されると流石に痛い。

「ほら……。これだけの力で痛むんなら、結構酷いんじゃないのか?ちゃんと確認……するからな」

 力を緩め傷から手を浮かせると、そのまま胸当てを取りシャツのボタンを外してくる。全てのボタンが外されルーカスが中に手を差し入れると、シャツはするりと肌を滑って下に落ちていった。

「こっち、向け」

 ルーカスの低い声が耳元で命じてくる。俺が抵抗を諦めてルーカスに向かい合う形に立ち位置を変えると、ヤツは応急処置を施していた傷にそっと指を当てた。

「ほら、やっぱり。何にヤられた?」
「シムルグ。振り下ろされた爪が掠ったから、範囲は広いけど深くはない」
「そういう問題じゃねぇって、お前も知ってるだろ?好きなヤツが怪我して、ああ軽い怪我で良かったって思う男なんていねーよ。怪我する事自体が嫌なんだよ。程度の問題じゃねぇ」

――「好きなヤツ」……ね。
 恋人に真剣な顔で言われると、流石に俺もまんざらでもなくなってくる。くすっと小さく笑うと、両手を持ち上げてルーカスの首に回した。

「じゃ、怪我した恋人のために、手加減してくれるの?」
「それはお前しだいだろ」

 ルーカスはゆっくりと顔を傾けながら近付けてくる。ちゅっと軽く啄むような口づけのあと、ヤツはとろりと甘く微笑んできた。

「ただでさえ、お前が俺の故郷に来るって浮かれてるんだ。手加減できるかどうかは、お前の反応しだいだな。あんまり俺を興奮させるなよ」

 そう言うと、ねっとりと濃厚な口づけを落してきたのだった。
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