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3話
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目が覚めると日は高く昇っていて、既に午後と呼ばれる時間帯に突入していた。
「……お前、張り切りすぎ」
昨夜喘ぎ過ぎて掠れた声で呟き、ベッドの端に座るルーカスを恨めしく睨む。そんな最悪なコンディションの俺を、ルーカスは愛おしそうに見下ろした。
「ノアが自分で確認しろって言ったんじゃないか」
悪びれる様子もなく言うと、額に掛かる俺の髪をサラリと掻き上げる。
確かに怪我の程度は自分で確認すればいいって言ったけどさ……。つい自分の発言を後悔してしまう。
「それに興奮させるなって言ったろ?エロくて可愛いノアが悪い」
「俺が悪いのかよ……。お前がはしゃぎ過ぎただけだろ」
「それは……まぁ、否定できねぇな。お前が郷に……俺のテリトリーに来るって、めちゃくちゃ喜んだ自覚はある」
目元を赤く染めて、ルーカスはテレた様子を見せる。
――ルーカスの故郷に行くだけなのに……。
こんな所に俺と獣人であるルーカスとの違いを感じて、俺は口を噤んだ。
獣族にとっての故郷は、不可侵略域と聞く。
彼らには「絶対に安全で安心できる場所」らしく、余所者が不用意に近付く事を許さないし、侵入する者には容赦なく牙を剥く。
それとは反対に自分の番や子供を故郷に連れていく事は、絶対的に彼らの安全が保障されるということで、ひどく安心する事らしい。
――人族にはない感覚だよな……。
そんな事を思いながら、頭を撫でるルーカスの手が気持ちよくてうとっと瞼が落ちてくる。
俺とルーカスは、この感覚の違いで恋人になるまで随分遠回りをしてしまった。
――今回はすれ違わないようにしなきゃな……。
どれほど寝ても、身体に纏わりつく疲労感は取れきれず、俺は再び眠りにつきながらそんな事を考えていた。
それから二日経ち、俺たちは遠征の準備を整えて、クエストで指定された北の地に向うために家を発った。
「ノア、こっち」
風に乗る匂いに鼻を鳴らしたルーカスは、俺に声を掛けて少し先にある脇道を顎で示す。
正規のルートである街道を進めば軽く一ヶ月は掛かる道のりだけど、ルーカスの案内でその日程は大幅に短縮されていた。
「ん、この山を越えるのか?」
「そう。こっちを通れば、あと少しで郷に着く」
そう言いながら、ルーカスはヤクーの手綱を引く。
ヤクーは魔物と山羊を掛け合わせた動物で、恐ろしく身体能力が高い。山の移動など物ともせず、岩肌もひらりと身を踊らせて越えていく。
俺はルーカスに続いて手綱を引くと、街道から逸れる細い脇道へと進んだ。
その道は山に続いているらしく、少し傾斜が付いている。山へは近くの町の人間が入ることもあるのか、鬱蒼とした木々に囲まれているものの地面は踏み慣らされ、ヤクー一頭が通れるほどの道ができていた。
「慣れたヤツの案内があると違うな。断然早いし、何より旅を楽しめるのが良い」
今でもルーカスの故郷に向かう事に対して、不安や迷いはある。でも好きなヤツとの旅は、それだけで嬉しいし楽しい。
小さく笑いを零しながらそう言うと、そんな俺を振り返ったルーカスは柔く目を細めて口の端を上げた。
「慣れてるっていっても、俺の場合は番を探すのに必死で、あんまり周りの景色なんて覚えていないけどな」
その言葉に俺が瞬いていると、ルーカスの瞳にとろりと甘い光が灯った。
「っ……」
お前を探すのに必死だったのだと、お前に出逢えた事がただただ嬉しいのだと如実に訴えてくるその瞳に、俺は気恥ずかしくなってヤツから視線を外す。
そんな俺の気持ちに気付いたのか、ルーカスはくすっと小さく笑うとそれ以上突っ込む事もなく、先導しながら脇道を進んでいった。
その日はずっと木々が生い茂る山道を走り、山の中腹辺りで日が暮れたため、その場で野営をすることになった。
「ここらへんでいっか」
天幕を張る場所を探していた俺はちょうどいい場所を決めると、ヤクーに積んでいた荷物を地面へと下ろした。
ちなみに、夜目が効くルーカスは、水場を探すついでに薪となる枯れ枝を集めに行っている。
俺は慣れた手つきで荷物を解き、天幕が入った袋を取り出した。
通常野営をする時は、冒険者同士で順番を決めて見張りをするから、天幕も交代で使うぶん、さほど大きくなくても事足りる。
でも俺がルーカスとパーティを組む時は話が別。
ヤツは狼獣人ならではの優れた嗅覚と聴覚があるから、睡眠中でも直ぐに異変に気付き戦闘体勢を整えることができる。そしてさっきも言ったけど、夜目が効くぶん灯りを必要としないから、夜通し火の番をする必要もないのだ。
そして、ヤツが俺を側から離したがらないという理由で、ヤツとパーティを組んでクエストを受ける時は、二人揃って寝るのが常となっていた。だから男二人が寝ころんでも窮屈じゃない、大きめの天幕を準備している。
テキパキと天幕を張り、地面に打ち込んだ杭にロープを結んで形を整えると、俺は身を起こして立ち上がった。
まだルーカスが戻ってくる様子はない。
「焚き火の風除けに石でも組んでおくか」
適当な大きさの石を探すために辺りに視線を向けた時、ガサガサッと茂みが揺れる音がした。
剣に手を伸ばしながら、ばっと音がした方を振り返る。音がした茂みを目を凝らしてじっと見ていたけど、それ以上何かが動く気配はなかった。
「……。ルーカス?」
そろりと名を呼ぶ
ヤツはこんな悪ふざけをするタイプじゃない。
でもさっきの茂みの揺れ方は動物が鳴らしたというより、人間が手で払ったような感じだったのだ。
「どうした、ノア? そんな所に突っ立って」
不意に背後から声が聞こえ、ビクっと肩が揺れる。振り返ってみると、両腕いっぱいに枯れ枝を抱えたルーカスが、不思議そうな顔で俺を見ていた。
「あ……、いや。さっき、こっちに誰かいた気がして……」
「誰か?」
俺の言葉に一気に警戒心を露わにしたルーカスは、目を眇めてすん……と鼻を鳴らした。
「それらしい匂いはねぇな。……大丈夫か、ノア?」
「ああ。気のせいだったかも」
「…………」
手にしていた枝を地面に置くと、ザクザクと草を踏みしめてルーカスが俺に近づいてきた。ぱんぱんと手を払い、俺の肩に腕を回して抱き寄せる。
そして俺の頭に顔を埋めると、もう一度鼻を鳴らした。
「……なんか気が立ってねぇか、お前。もしかして緊張してる?」
その言葉に顔を上げると、俺を見下ろす銀の瞳とかち合う。
「あと少しでお前の故郷だろ? まぁ……少しは緊張もするさ」
「……無理する必要はない。ノアがイヤなら、郷まで行かなくてもいいんだぞ。クエストさえ達成できればいいんだ」
心配そうに細められた瞳に、俺はふっと笑ってみせた。
「大丈夫だって!」
ヤツの腕の中からするりと抜け出すと、俺は周辺に転がる石を拾い始めた。
顔を地面に向けているけど、ルーカスの視線を痛いほどに感じる。
――確かに緊張はしてるけど……。
コツンコツンと、腕に石を積み重ねて抱えながら思う。
――それは昔の事をちゃんと話せてないから……。
これからルーカスの郷に行くのに、俺の事をちゃんとヤツに告げる事ができていないことが後ろめたいのだ、きっと。
確かに人族も獣族も、孤児を歓迎しない傾向にある。でも、こちらから歩み寄る努力をしなければ、「俺」を知ってもらう事はできないんだ。
小さく息を吐き出すと、俺は身を起こしてルーカスを見た。
「……あとで話をしよう、ルーカス」
クエストを受けることにした時、今回はすれ違わないようにしようと思った。だったら、今がいい機会なんだと思う。
「分かった」
ルーカスはあっさりと頷くと、俺の手から拾い集めた石を取り上げてくるりと踵を返した。その後に俺も続く。
それ以上ルーカスから詮索される事なく残りの野営の準備を整えて、俺たちは漸くひと息つくことができた。
■□■□■□■□
☆注意☆
これ以降、1時毎に更新します!←本職の都合ですみません!
■□■□■□■□
「……お前、張り切りすぎ」
昨夜喘ぎ過ぎて掠れた声で呟き、ベッドの端に座るルーカスを恨めしく睨む。そんな最悪なコンディションの俺を、ルーカスは愛おしそうに見下ろした。
「ノアが自分で確認しろって言ったんじゃないか」
悪びれる様子もなく言うと、額に掛かる俺の髪をサラリと掻き上げる。
確かに怪我の程度は自分で確認すればいいって言ったけどさ……。つい自分の発言を後悔してしまう。
「それに興奮させるなって言ったろ?エロくて可愛いノアが悪い」
「俺が悪いのかよ……。お前がはしゃぎ過ぎただけだろ」
「それは……まぁ、否定できねぇな。お前が郷に……俺のテリトリーに来るって、めちゃくちゃ喜んだ自覚はある」
目元を赤く染めて、ルーカスはテレた様子を見せる。
――ルーカスの故郷に行くだけなのに……。
こんな所に俺と獣人であるルーカスとの違いを感じて、俺は口を噤んだ。
獣族にとっての故郷は、不可侵略域と聞く。
彼らには「絶対に安全で安心できる場所」らしく、余所者が不用意に近付く事を許さないし、侵入する者には容赦なく牙を剥く。
それとは反対に自分の番や子供を故郷に連れていく事は、絶対的に彼らの安全が保障されるということで、ひどく安心する事らしい。
――人族にはない感覚だよな……。
そんな事を思いながら、頭を撫でるルーカスの手が気持ちよくてうとっと瞼が落ちてくる。
俺とルーカスは、この感覚の違いで恋人になるまで随分遠回りをしてしまった。
――今回はすれ違わないようにしなきゃな……。
どれほど寝ても、身体に纏わりつく疲労感は取れきれず、俺は再び眠りにつきながらそんな事を考えていた。
それから二日経ち、俺たちは遠征の準備を整えて、クエストで指定された北の地に向うために家を発った。
「ノア、こっち」
風に乗る匂いに鼻を鳴らしたルーカスは、俺に声を掛けて少し先にある脇道を顎で示す。
正規のルートである街道を進めば軽く一ヶ月は掛かる道のりだけど、ルーカスの案内でその日程は大幅に短縮されていた。
「ん、この山を越えるのか?」
「そう。こっちを通れば、あと少しで郷に着く」
そう言いながら、ルーカスはヤクーの手綱を引く。
ヤクーは魔物と山羊を掛け合わせた動物で、恐ろしく身体能力が高い。山の移動など物ともせず、岩肌もひらりと身を踊らせて越えていく。
俺はルーカスに続いて手綱を引くと、街道から逸れる細い脇道へと進んだ。
その道は山に続いているらしく、少し傾斜が付いている。山へは近くの町の人間が入ることもあるのか、鬱蒼とした木々に囲まれているものの地面は踏み慣らされ、ヤクー一頭が通れるほどの道ができていた。
「慣れたヤツの案内があると違うな。断然早いし、何より旅を楽しめるのが良い」
今でもルーカスの故郷に向かう事に対して、不安や迷いはある。でも好きなヤツとの旅は、それだけで嬉しいし楽しい。
小さく笑いを零しながらそう言うと、そんな俺を振り返ったルーカスは柔く目を細めて口の端を上げた。
「慣れてるっていっても、俺の場合は番を探すのに必死で、あんまり周りの景色なんて覚えていないけどな」
その言葉に俺が瞬いていると、ルーカスの瞳にとろりと甘い光が灯った。
「っ……」
お前を探すのに必死だったのだと、お前に出逢えた事がただただ嬉しいのだと如実に訴えてくるその瞳に、俺は気恥ずかしくなってヤツから視線を外す。
そんな俺の気持ちに気付いたのか、ルーカスはくすっと小さく笑うとそれ以上突っ込む事もなく、先導しながら脇道を進んでいった。
その日はずっと木々が生い茂る山道を走り、山の中腹辺りで日が暮れたため、その場で野営をすることになった。
「ここらへんでいっか」
天幕を張る場所を探していた俺はちょうどいい場所を決めると、ヤクーに積んでいた荷物を地面へと下ろした。
ちなみに、夜目が効くルーカスは、水場を探すついでに薪となる枯れ枝を集めに行っている。
俺は慣れた手つきで荷物を解き、天幕が入った袋を取り出した。
通常野営をする時は、冒険者同士で順番を決めて見張りをするから、天幕も交代で使うぶん、さほど大きくなくても事足りる。
でも俺がルーカスとパーティを組む時は話が別。
ヤツは狼獣人ならではの優れた嗅覚と聴覚があるから、睡眠中でも直ぐに異変に気付き戦闘体勢を整えることができる。そしてさっきも言ったけど、夜目が効くぶん灯りを必要としないから、夜通し火の番をする必要もないのだ。
そして、ヤツが俺を側から離したがらないという理由で、ヤツとパーティを組んでクエストを受ける時は、二人揃って寝るのが常となっていた。だから男二人が寝ころんでも窮屈じゃない、大きめの天幕を準備している。
テキパキと天幕を張り、地面に打ち込んだ杭にロープを結んで形を整えると、俺は身を起こして立ち上がった。
まだルーカスが戻ってくる様子はない。
「焚き火の風除けに石でも組んでおくか」
適当な大きさの石を探すために辺りに視線を向けた時、ガサガサッと茂みが揺れる音がした。
剣に手を伸ばしながら、ばっと音がした方を振り返る。音がした茂みを目を凝らしてじっと見ていたけど、それ以上何かが動く気配はなかった。
「……。ルーカス?」
そろりと名を呼ぶ
ヤツはこんな悪ふざけをするタイプじゃない。
でもさっきの茂みの揺れ方は動物が鳴らしたというより、人間が手で払ったような感じだったのだ。
「どうした、ノア? そんな所に突っ立って」
不意に背後から声が聞こえ、ビクっと肩が揺れる。振り返ってみると、両腕いっぱいに枯れ枝を抱えたルーカスが、不思議そうな顔で俺を見ていた。
「あ……、いや。さっき、こっちに誰かいた気がして……」
「誰か?」
俺の言葉に一気に警戒心を露わにしたルーカスは、目を眇めてすん……と鼻を鳴らした。
「それらしい匂いはねぇな。……大丈夫か、ノア?」
「ああ。気のせいだったかも」
「…………」
手にしていた枝を地面に置くと、ザクザクと草を踏みしめてルーカスが俺に近づいてきた。ぱんぱんと手を払い、俺の肩に腕を回して抱き寄せる。
そして俺の頭に顔を埋めると、もう一度鼻を鳴らした。
「……なんか気が立ってねぇか、お前。もしかして緊張してる?」
その言葉に顔を上げると、俺を見下ろす銀の瞳とかち合う。
「あと少しでお前の故郷だろ? まぁ……少しは緊張もするさ」
「……無理する必要はない。ノアがイヤなら、郷まで行かなくてもいいんだぞ。クエストさえ達成できればいいんだ」
心配そうに細められた瞳に、俺はふっと笑ってみせた。
「大丈夫だって!」
ヤツの腕の中からするりと抜け出すと、俺は周辺に転がる石を拾い始めた。
顔を地面に向けているけど、ルーカスの視線を痛いほどに感じる。
――確かに緊張はしてるけど……。
コツンコツンと、腕に石を積み重ねて抱えながら思う。
――それは昔の事をちゃんと話せてないから……。
これからルーカスの郷に行くのに、俺の事をちゃんとヤツに告げる事ができていないことが後ろめたいのだ、きっと。
確かに人族も獣族も、孤児を歓迎しない傾向にある。でも、こちらから歩み寄る努力をしなければ、「俺」を知ってもらう事はできないんだ。
小さく息を吐き出すと、俺は身を起こしてルーカスを見た。
「……あとで話をしよう、ルーカス」
クエストを受けることにした時、今回はすれ違わないようにしようと思った。だったら、今がいい機会なんだと思う。
「分かった」
ルーカスはあっさりと頷くと、俺の手から拾い集めた石を取り上げてくるりと踵を返した。その後に俺も続く。
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