独占欲〜番が欲しいアイツと、実らない恋をした俺の話。〜

飛鷹

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4話

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「……で、話って?」

 起こした焚き火がパチパチと爆ぜる音に混じり、隣に座るルーカスが声を発した。
 木々が生い茂る山奥は月の光も届かず、辺りは漆黒の闇に包まれている。焚き火の明かりは、俺達は手元を照らしてくれるけど、却って周囲の闇を濃くしているようだ。
 その色濃い闇に少し呑まれそうになっていた俺は、ルーカスの声にはっと顔を上げてヤツに目を向けた。

「あ……」

 ルーカスは真面目な顔をして、俺が話し出すのを待っている。待つことを苦手とするルーカスにしては珍しい。
 俺がヤツから少し視線を逸らし、どう話そうかと考えを巡らせていると、ルーカスの方から切り出してきた。

「上手く話そうなんて考えんなよ。言いたいことを言えばいい。それがどんな話だって、俺はちゃんと聞く」

 いつも強引で、甘えたがりで、俺に纏わりついて離れたがらないくせに、こういう時はちゃんと俺の意思を尊重してくるルーカス。
 俺はふと肩の力が抜けた気がして、逸らしていた視線をヤツに戻して小さく笑った。

「お前のそーいうとこ、好きだよ」
「知ってる」

 間髪入れずに答えてくる。そのルーカスらしい反応に力を貰って、俺はゆっくりと口を開いた。

「多分ルーカスも気づいてるとは思うけど、俺、孤児上がりなんだ」
「うん、多分そうだろうなって思ってた」

 俺の言葉に、ルーカスはこくりと頷く。その顔には不信感も嫌悪感もなく、ただ俺の話に真摯に耳を傾けているだけだ。
 そんなルーカスに俺は内心でほっと息をつくと、続きを話し始めた。

「西の方の国の出身でさ。そこの片田舎の小さな孤児院で育ったんだ」
「うん」
「貧しいけど、みんな仲良くてさ。チビたちも俺に懐いてくれてた」

 目を閉じてみれば、今でもよく思い出せる。
 ボロボロの建物、粗末な食事、満足に休む事もできない硬く冷たい寝床。それでも俺達は幸せだった。
 みんなで助け合い、精一杯生きていた。

 それを、あのスタンピード……突如起こる魔物の氾濫が全てを奪っていったのだ。

 冒険者になり、孤児院のために報酬の良い遠征のクエストばかり受けていた俺。
 その時も孤児院がある町から遠く離れた場所で、指定の魔物を討伐していた。クエストを完了して、明日には帰路につける。そう安堵したのもつかの間。
 クエスト達成の報告のためにギルドを訪れた俺の耳に飛び込んできたのは、スタンピードに飲み込まれた町の話だった。

――西の端の小さな町……っ⁉

「まさか」という想いとは裏腹に、嫌な予感が湧き上がる。
 その場で踵を返し、祈るような気持ちで必死にヤクーを走らせて……。漸くその地に辿り着いた俺の目に映ったのは、残酷な現実だった。

 抉れた道、崩れ落ちた家々。
 処々血に染まったその場所は、既に「町」と呼べる形をしておらず、人どころかネズミ一匹すらいない廃墟と化していた。
 震える脚で廃墟を進み、孤児院があった場所に来てみれば、そこは建物の原型を留めない瓦礫の山と化していた。

 ただでさえボロボロの建物だったのだ。
 スタンピードで狂暴化した魔物を前に、なんの守りにもならなかったのだろう。隙間に見える漆喰の欠片には、ドス黒い血がベッタリと付いていた。
 耳の奥でチビたちの声が聞こえる。

――兄ちゃん、今度はいつ帰ってくる?
――ノア兄ちゃんが居ないのは淋しいよ。ちゃんと帰ってきてね?

 甘えたように足元に纏わり付くチビたちの頭を撫で、俺は確かに言ったんだ。

――今度はちょっと遠くに行くけど、ちゃんと帰ってくるさ。知ってるだろ? お前たちを守るのが俺の役目だって。安心して待ってろよ。

 そう言ったのに……。

「守れなかったんだ。大事なヤツらを」

 声が震えそうになって俺は唇を噛む。俯きそうになった顔は、でも、思い直してしっかりと上げたまま。
 この事に関して、俯いて顔を隠す資格など俺にはないのだ。
 俺は孤児上がりなのを恥じるつもりはない。だってそれは、俺の努力ではどうしようもない事だ。孤児なりに精一杯、頑張って生きてきた。

 でもアイツらを守れなかった事は、なによりも恥だと思うし、なによりも後悔している。
 だからこそ俺は前を向いて、強くならなきゃいけないんだ。俯いている暇はない。

「それ以降、守れない約束をしたことはない。でも、そもそも絶対に破ってはいけない約束を破った俺が、お前の番として郷に行って受け入れて貰えるのか……不安だったんだ」

『孤児上がりは信用できない』。それは、アイツらとの約束を守れなかった俺そのものを表す言葉だ。
 獣族は何よりも信頼と絆を大事にするという。そんな彼らに、俺がルーカスの番として受け入れて貰えるんだろうか。

 勿論言わなければ、バレないだろう。
 冒険者の出生なんて、大抵は分からないことが多いのだから。でもそれを選ぶことは、俺にはできない。
 ルーカスには正直でいたいし、真摯でありたい。

――でも、ルーカスはどう思うだろう……。

 最後まで話し終えると、俺はヤツからそっと視線を逸らし焚き火を見つめた。

――信用ならないヤツって思われたかもな……。

 自嘲気味に笑おうとして……できずに変な形に唇が歪む。
 しかし、いつまでもこの状態ではいられない。
 俺は大きく息を吸い込むと、意を決してもう一度ルーカスへと目を向けた。その直後に、伸びてきた腕に頭を抱え込まれる。

「……え?」
「やっとこっちを見た!」

 頭の上でルーカスの声が聞こえる。
 状況が理解できくて俺が目を白黒させていると、頭の天辺に自分の頬を擦り付けながらルーカスはしみじみと呟いた。

「まったく。ノアは頑固だし、意地っ張りだし、一度決めた事は曲げないしさぁ。まぁ、そんなトコも可愛いけど!」
「ルーカス?」
「お前の不安は分かった。けどな、それが何だっていうんだ」

 くいっと顎を持ち上げて、ルーカスが俺の顔を覗き込んでくる。

「お前は俺の番だ」

 銀の瞳が真っ直ぐに俺だけを見つめていた。

「それに、俺はお前が嘘を嫌っているのを知ってる。期待させる言葉も、守れない約束も言わないって事も、ちゃんと知ってる」
「……」
「過去になにがあったとか、お前が自分自身をどう思ってるかなんて関係ねぇ。俺は自分の番が誰より優しくて、とんでもなく自分自身に厳しくて、誰より信用できるヤツだって知ってるんだよ。そんなお前を郷のヤツらに紹介するのに、何を恥じる必要がある? ねぇだろ」

 にやりと笑うと、ルーカスは俺の目尻に唇を寄せてちゅっと軽く口づけると、もう一度俺の頭を抱え込んできた。

「孤児だからなんだ。もし万が一、お前の事を否定して傷つけるヤツがいたら、そいつはもう俺の敵だ。郷のヤツでも関係ねぇ。俺が徹底的に排除してやるから安心しろ。な?」

 その言い分に、俺は呆れて小さく笑みを浮かべた。

「お前、自分の故郷の人たちだろ。徹底的って、ちょっとは手加減してやれよ」
「必要ねぇよ。ノアを否定するヤツなんか、はなっから要らねぇんだよ」

 きっぱりと言い切るルーカスに、ずっと胸の奥にあったつかえが取れた気がした。
 俺はこてんとヤツの肩に額を預け、甘えるように擦り付ける。

「お前も、相当バカだよな」
「仕方ねぇだろ、お前に関する事は我慢できねぇんだから」
「――ホント、バカ」

 そう呟く俺の髪を撫でるルーカスの手は、本当に優しく労りに満ちていた。
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