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5話
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「うわぁぁっ‼」
翌日の朝、俺とルーカスの眠りを強制終了させたのは、辺りに響き渡る男の悲鳴だった。
がばっと起き上がりながら手元に置いていた剣を掴む。ぱっと顔を上げた時には、既にルーカスは天幕を飛び出していた。
「相変わらず早いな」
ヤツの瞬発力の高さに呆れながら、俺も走り出す。男の悲鳴に混じって、獣の唸り声が複数聞こえていたからだ。
冒険者Sランクのルーカスが、数匹の獣にヤられるなんて思っていない。でも、これが魔物の番同士だったら話は変わる。
魔物は番の片割れだけが死ぬと、残された片割れが狂暴化して襲ってくるのだ。正に正気を失くして死に物狂いで襲ってくるから、どんなに低ランクの魔物でも番持ちは注意が必要とされている。
俺がルーカスに追いついた時には、ヤツは剣を振るって犬型の魔物を屠っている最中だった。残っている魔物の数は四匹。
歯を剥き出しにして威嚇しているが、狂暴化している気配はない。その状況から察するに、番持ちではなく唯の群れだったみたいだ。
――これなら残りもルーカスに任せて大丈夫か。
そう考えた俺は、襲われたと思われる男の姿を探す。
辺りに人影はなく俺が僅かに首を傾げていると、脇に植わっている樹の上でガサガサっと音がした。樹を見上げてみると、はたしてそこに一人の男の姿があった。
どうやら魔物の襲撃を受けて、咄嗟に樹に登ったらしい。強張った顔で、ルーカスと魔物を凝視している。
「アンタ、大丈夫か?」
驚かせないようにゆったりと声を掛けると、その男はビクリと身を震わせ顔をこっちに向けてきた。
――キレイな顔してんな。
その顔を見てそんな事を思っていた俺と、樹の上から見下ろす男との視線が交わる。一瞬その男の目が険しくなり剣呑な光を宿した……ように見えた。
「え?」
なんで? と俺が瞬いている間にその光は跡形もなく消え去り、ただ無表情にじっとこちらを見下ろしている男の姿が残るばかりだった。
――見間違い?
俺が困惑している間に、魔物の始末を終えたルーカスが剣を鞘に仕舞いながらこちらに向かって歩き出したのが視界に映る。
「……ルーカ」
「ルーカス!」
俺がその名を口にしようとした時、重ねるように樹の上にいた男がルーカスの名を呼んだ。
――え?
俺が軽く目を見開いていると、男は嬉しげに声を弾ませて、危なげなく樹の上から飛び降りてきた。
「やっぱりルーカス、君か!」
下に降りてきた男を見て、俺は開き掛けていた口を噤んだ。
樹の上にいた時には枝に茂る葉に隠れて気付かなかったけれど、その男は狼の獣人だったのだ。
黒い髪、髪の色と同じ獣耳と尻尾、そして金に輝く瞳。その瞳には、懐かしいっていうだけでは言い表せない光を宿している。
「……ハウツ?」
「そう! 久しぶりです、ルーカス。相変わらずいい身体つきしてますね!」
ハウツと呼ばれた男は、ルーカスに駆け寄るとガシッとルーカスに抱きついた。同じ狼の獣人でも、ルーカスより細身の彼は、その軽装も相まってどう見ても冒険者には見えない。
再会を喜ぶハウツに対して、ルーカスの方は何とも微妙そうな顔になっていた。
「……もしかして、キメラの調査を任された研究員ってのはお前か?」
「そう、私。調査に同行するのは、獣人のSランクの冒険者がいいって希望出していましたが……。もしかしたら君が来てくれるんじゃないかって期待してたけれど、本当に来るとは。凄く嬉しいです」
そう言うとヤツは抱擁を解き、ルーカスへぐっと顔を近付けた。
――え?
俺が瞬いている間に、ハウツはルーカスの鼻の頭に自分の鼻をスリッと擦りつけ、そして近距離で視線を合わせふわりと微笑んだ。
「本当に会いたかった、ルーカス」
その甘い笑みを見る限り、どうやら旧友と久し振りの再会を喜ぶって感じじゃないようだ。
俺は腕を組んで、ルーカスとハウツを眺めた。
獣人にとって互いの鼻を擦り合わせるのは、親愛の証だとか。加えてヤツが醸し出す甘い雰囲気やなにかを期待するような熱い眼差しに、俺は「もしかして……」と思う。
――元恋人……なわけないか。ルーカスは昔っから番を欲しがってたし。って事は、セフレとか、そーいう関係だったヤツ?
だとすれば、さっき樹の上で向けられた険を含んだ目も、強ち見間違いではないのかもしれない。
俺がちらりとルーカスの表情を伺うと、ヤツは少し微妙な表情を浮かべ、ハウツの胸元を軽く握った拳でコツリと叩いた。
「お前も変わってねぇな、ハウツ」
「私は変わりませんよ、今も昔も、ね」
ゆったりと微笑むハウツに、ルーカスは何も言わず、ひょいと肩を竦めるだけだった。
そして徐に俺の方に顔を向けると、掌を上にしてすっと腕を差し出してきた。まるでエスコートをするかのような仕草に、俺は片眉を跳ね上げる。
「……どうした?」
腕を組んだまま首を傾げてみせると、ルーカスは再度促すようひらりと掌をひらめかせた。
――まさかとは思うが、こんなに分かりやすく期待してるヤツに、俺を番だと紹介する気じゃないよな?
しかし俺の予想は当たっていたらしい。
なかなか手を取らない俺に焦れたルーカスは、つかつかとこっちに歩み寄ると問答無用でぐっと肩を抱き寄せてきたのだ。
そしてハウツに向き直ると、よく通る声ではっきりと言った。
「ハウツ、これが俺の番」
「…………(言いやがった)」
視線だけでルーカスを窺い見ると、その気配を察知したのか、ルーカスはすぐさま甘い目を向けてくる。
気まずくなった俺は重いため息をつくと、ハウツの方に目を向けた。
「ノアだ。よろしく」
「……ルーカスが番を見つけたって噂、本当だったんですね」
ハウツは浮かべていた微笑みを消すと、目を眇めて俺を見た。
「こちらこそ、どうぞ宜しく。私はルーカスとは同郷で幼馴染みなんです。今は魔物研究所に所属の研究員をしています」
魔物研究所。それは最高学府を卒業し、且つ合格率の低い試験に受からないと就くことができない。
冒険者ギルドと同じく世界共通の組織で、国を跨ぎ活動する事を許されている数少ない組織でもある。要するにめちゃくちゃ頭が良いヤツしかなれない。
「私もルーカスみたいに冒険者になりたかったけれど、狼獣人にしては体格に恵まれなかったんですよね。だから冒険者は諦めて、魔物の研究員になったんです。間接的にでも彼の役に立てるかと思って」
口の端を上げて薄っすらと笑うハウツは、どことなく挑発的に見える。
コイツが俺に対して、どういう感情を抱いてこんな態度を取っているのかが分からない。
敢えて俺が何も答えずに口を噤んでいると、ルーカスは俺の肩を抱く手にぐっと力を籠めた。
「大丈夫か、ノア?」
「え? あ、ああ」
はっと我に返って頷くと、ルーカスはじろりとハウツを睨んだ。
「ハウツ、お前の主義、主張をとやかく言うつもりはねぇが、俺たちを巻き込むな」
「……主義、主張?」
ルーカスの言葉を、思わず繰り返す。
コイツには、ハウツの態度の理由に心当たりがあるようだ。
そう感じ取った俺は、ルーカスを見上げ、そして真向かいに立つハウツへと目を向ける。
すると俺の視線に気付いたハウツは、浮かべていた薄ら笑いを消して、酷く真面目な顔で俺を見返した。
「私はね、番否定派なんです」
「え?」
獣人は、なによりも番を渇望すると聞いている。だからこそ、俺はハウツの言葉に驚き目を瞠った。
「否定派って……」
「コイツは昔からそうだ。運命なんかに自分の人生を決められたくないって言って……」
「そう。神様だかなんだか知りませんが、自分の人生に関わるモノを勝手に決められるのは癪でして」
ハウツはルーカスの言葉を引き継いでそう言うと、自身の右手首を飾るブレスレットに触れた。連なる白い珠は天然石ではなく、火山地帯でよく見かける浮石みたいな石だった。
「だからこそ、私はルーカスを選んだんですが……。彼、強いから、自分で自分の道を切り開いていけそうでしょう? それに……」
ブレスレットを一撫でして、綺麗な顔ににこりと妖しい笑みを浮かべる。
「セックスの相性も凄く良かったですし、ねぇ……」
翌日の朝、俺とルーカスの眠りを強制終了させたのは、辺りに響き渡る男の悲鳴だった。
がばっと起き上がりながら手元に置いていた剣を掴む。ぱっと顔を上げた時には、既にルーカスは天幕を飛び出していた。
「相変わらず早いな」
ヤツの瞬発力の高さに呆れながら、俺も走り出す。男の悲鳴に混じって、獣の唸り声が複数聞こえていたからだ。
冒険者Sランクのルーカスが、数匹の獣にヤられるなんて思っていない。でも、これが魔物の番同士だったら話は変わる。
魔物は番の片割れだけが死ぬと、残された片割れが狂暴化して襲ってくるのだ。正に正気を失くして死に物狂いで襲ってくるから、どんなに低ランクの魔物でも番持ちは注意が必要とされている。
俺がルーカスに追いついた時には、ヤツは剣を振るって犬型の魔物を屠っている最中だった。残っている魔物の数は四匹。
歯を剥き出しにして威嚇しているが、狂暴化している気配はない。その状況から察するに、番持ちではなく唯の群れだったみたいだ。
――これなら残りもルーカスに任せて大丈夫か。
そう考えた俺は、襲われたと思われる男の姿を探す。
辺りに人影はなく俺が僅かに首を傾げていると、脇に植わっている樹の上でガサガサっと音がした。樹を見上げてみると、はたしてそこに一人の男の姿があった。
どうやら魔物の襲撃を受けて、咄嗟に樹に登ったらしい。強張った顔で、ルーカスと魔物を凝視している。
「アンタ、大丈夫か?」
驚かせないようにゆったりと声を掛けると、その男はビクリと身を震わせ顔をこっちに向けてきた。
――キレイな顔してんな。
その顔を見てそんな事を思っていた俺と、樹の上から見下ろす男との視線が交わる。一瞬その男の目が険しくなり剣呑な光を宿した……ように見えた。
「え?」
なんで? と俺が瞬いている間にその光は跡形もなく消え去り、ただ無表情にじっとこちらを見下ろしている男の姿が残るばかりだった。
――見間違い?
俺が困惑している間に、魔物の始末を終えたルーカスが剣を鞘に仕舞いながらこちらに向かって歩き出したのが視界に映る。
「……ルーカ」
「ルーカス!」
俺がその名を口にしようとした時、重ねるように樹の上にいた男がルーカスの名を呼んだ。
――え?
俺が軽く目を見開いていると、男は嬉しげに声を弾ませて、危なげなく樹の上から飛び降りてきた。
「やっぱりルーカス、君か!」
下に降りてきた男を見て、俺は開き掛けていた口を噤んだ。
樹の上にいた時には枝に茂る葉に隠れて気付かなかったけれど、その男は狼の獣人だったのだ。
黒い髪、髪の色と同じ獣耳と尻尾、そして金に輝く瞳。その瞳には、懐かしいっていうだけでは言い表せない光を宿している。
「……ハウツ?」
「そう! 久しぶりです、ルーカス。相変わらずいい身体つきしてますね!」
ハウツと呼ばれた男は、ルーカスに駆け寄るとガシッとルーカスに抱きついた。同じ狼の獣人でも、ルーカスより細身の彼は、その軽装も相まってどう見ても冒険者には見えない。
再会を喜ぶハウツに対して、ルーカスの方は何とも微妙そうな顔になっていた。
「……もしかして、キメラの調査を任された研究員ってのはお前か?」
「そう、私。調査に同行するのは、獣人のSランクの冒険者がいいって希望出していましたが……。もしかしたら君が来てくれるんじゃないかって期待してたけれど、本当に来るとは。凄く嬉しいです」
そう言うとヤツは抱擁を解き、ルーカスへぐっと顔を近付けた。
――え?
俺が瞬いている間に、ハウツはルーカスの鼻の頭に自分の鼻をスリッと擦りつけ、そして近距離で視線を合わせふわりと微笑んだ。
「本当に会いたかった、ルーカス」
その甘い笑みを見る限り、どうやら旧友と久し振りの再会を喜ぶって感じじゃないようだ。
俺は腕を組んで、ルーカスとハウツを眺めた。
獣人にとって互いの鼻を擦り合わせるのは、親愛の証だとか。加えてヤツが醸し出す甘い雰囲気やなにかを期待するような熱い眼差しに、俺は「もしかして……」と思う。
――元恋人……なわけないか。ルーカスは昔っから番を欲しがってたし。って事は、セフレとか、そーいう関係だったヤツ?
だとすれば、さっき樹の上で向けられた険を含んだ目も、強ち見間違いではないのかもしれない。
俺がちらりとルーカスの表情を伺うと、ヤツは少し微妙な表情を浮かべ、ハウツの胸元を軽く握った拳でコツリと叩いた。
「お前も変わってねぇな、ハウツ」
「私は変わりませんよ、今も昔も、ね」
ゆったりと微笑むハウツに、ルーカスは何も言わず、ひょいと肩を竦めるだけだった。
そして徐に俺の方に顔を向けると、掌を上にしてすっと腕を差し出してきた。まるでエスコートをするかのような仕草に、俺は片眉を跳ね上げる。
「……どうした?」
腕を組んだまま首を傾げてみせると、ルーカスは再度促すようひらりと掌をひらめかせた。
――まさかとは思うが、こんなに分かりやすく期待してるヤツに、俺を番だと紹介する気じゃないよな?
しかし俺の予想は当たっていたらしい。
なかなか手を取らない俺に焦れたルーカスは、つかつかとこっちに歩み寄ると問答無用でぐっと肩を抱き寄せてきたのだ。
そしてハウツに向き直ると、よく通る声ではっきりと言った。
「ハウツ、これが俺の番」
「…………(言いやがった)」
視線だけでルーカスを窺い見ると、その気配を察知したのか、ルーカスはすぐさま甘い目を向けてくる。
気まずくなった俺は重いため息をつくと、ハウツの方に目を向けた。
「ノアだ。よろしく」
「……ルーカスが番を見つけたって噂、本当だったんですね」
ハウツは浮かべていた微笑みを消すと、目を眇めて俺を見た。
「こちらこそ、どうぞ宜しく。私はルーカスとは同郷で幼馴染みなんです。今は魔物研究所に所属の研究員をしています」
魔物研究所。それは最高学府を卒業し、且つ合格率の低い試験に受からないと就くことができない。
冒険者ギルドと同じく世界共通の組織で、国を跨ぎ活動する事を許されている数少ない組織でもある。要するにめちゃくちゃ頭が良いヤツしかなれない。
「私もルーカスみたいに冒険者になりたかったけれど、狼獣人にしては体格に恵まれなかったんですよね。だから冒険者は諦めて、魔物の研究員になったんです。間接的にでも彼の役に立てるかと思って」
口の端を上げて薄っすらと笑うハウツは、どことなく挑発的に見える。
コイツが俺に対して、どういう感情を抱いてこんな態度を取っているのかが分からない。
敢えて俺が何も答えずに口を噤んでいると、ルーカスは俺の肩を抱く手にぐっと力を籠めた。
「大丈夫か、ノア?」
「え? あ、ああ」
はっと我に返って頷くと、ルーカスはじろりとハウツを睨んだ。
「ハウツ、お前の主義、主張をとやかく言うつもりはねぇが、俺たちを巻き込むな」
「……主義、主張?」
ルーカスの言葉を、思わず繰り返す。
コイツには、ハウツの態度の理由に心当たりがあるようだ。
そう感じ取った俺は、ルーカスを見上げ、そして真向かいに立つハウツへと目を向ける。
すると俺の視線に気付いたハウツは、浮かべていた薄ら笑いを消して、酷く真面目な顔で俺を見返した。
「私はね、番否定派なんです」
「え?」
獣人は、なによりも番を渇望すると聞いている。だからこそ、俺はハウツの言葉に驚き目を瞠った。
「否定派って……」
「コイツは昔からそうだ。運命なんかに自分の人生を決められたくないって言って……」
「そう。神様だかなんだか知りませんが、自分の人生に関わるモノを勝手に決められるのは癪でして」
ハウツはルーカスの言葉を引き継いでそう言うと、自身の右手首を飾るブレスレットに触れた。連なる白い珠は天然石ではなく、火山地帯でよく見かける浮石みたいな石だった。
「だからこそ、私はルーカスを選んだんですが……。彼、強いから、自分で自分の道を切り開いていけそうでしょう? それに……」
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