"喫茶むじな"は相談所

後藤権左ェ門

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1.喫茶むじな

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 私はラーメン屋さんに入れない。

 注文方法、支払い方法、麺の硬さにトッピング。お店のルールがわからないところは怖いから。



 私は牛丼屋さんにも入れない。

 食券なのか店員さんに注文するのか、レジで支払いなのか席で支払いなのか。食べ物屋さんは複雑過ぎる。



 ファミレスは呼び出しボタンがないとダメだし、服屋は店員さんが話しかけてこない店を選ぶ。

 そう、つまり私は臆病過ぎるのだ。

 子供の頃からずっとそう。
 初詣の時に甘酒を配っててももらいに行けなかったし、小学校の委員会はやりたいものに手が挙げられず美化委員になってしまった。
 本当は飼育委員がやりたかったのに。
 まったく、損な性格だ。

 それなのに今日から就職活動をしないといけないみたい。
 大学生活早すぎるよ……





「弊社を志望した動機を教えて下さい」

「……あ、あの……御社の企業理念に共感しまして……」

 あー、もう早く帰りたい……
 恥ずかしすぎて泣きそうだよ……

「自分を動物に例えると何だと思いますか?」

 こんな質問想定してない!

「……に、人間ですかね?」

 バカバカ! そりゃ私は人間だけど、それじゃあ全然例えてないじゃない!
 絶対呆れられてるよ……

「それでは最後に何か聞きたいことはありますか?」

「特にありません……」

 終わった。
 2つの意味で終わった。

 ブルーな気分で家路につく。

 面接ですらこんななのに、実際働くとなったらどうなっちゃうのよ。
 会社の人、お客さん、取引先の人、少し考えただけでもクラクラする……

 ……あれ? こんなところ通ったっけ?
 辺りを見回すと喫茶店やお肉屋さんなどが建ち並ぶ小さな商店街に迷い込んでいた。

 考えながら歩いていたら、知らないところに来てしまったみたい。

 カランカラン!

 近くの建物のドアが勢いよく開かれる。

「ちょっとあなた! 今お暇はある? 暇よね? そうよね!?」

「あ……えっと……」

 女性の勢いに圧されて、うまく言葉が出てこない。

「それじゃあちょっとだけ店番頼んだわよ! すぐに戻ってくるから!」

「あ……」

 何か言う前に女性は走っていってしまった。

 どうするのよ、私……
 
 店番なんてしたことないから怖くて嫌だけど、頼まれたことをほっぽって帰る勇気もない。

 結局、店番をしつつお客さんが誰も来ないことを祈るしかないのだ。

 呆然と店を見上げる。
 軒下にぶら下がった看板に"喫茶むじな"と書いてある。
 私、コーヒー淹れたことないんだけど……

 カラン、カラン……

「おじゃまします……」

 うわぁ、こういうのをレトロって言うのかな?
 ちょっとかわいいかも。

 テーブルが3つとカウンター席だけのちょっと小さなお店。
 少しオレンジがかった照明は明るすぎず、ほっとできる空間になっている。
 カウンターの中には瓶に入ったコーヒー豆やコーヒーカップが整然と並んでいる。
 何に使うのかもわからない器具やフラスコのようなものも。

 ちょっと別世界に迷い込んでしまったみたいでドキドキする。

 か、カウンターの中にいればいいのかな……?
 ドラマやアニメで見たことがある喫茶店のマスターは、カウンターの内側で飲み物を作っていたはずだ。
 それともバーテンダーだったかな?
 多分、どっちでも同じだろう。

 えーっと、メニューは……
 カフェオレ、カフェラテ、カプチーノ、カフェモカ……
 どれがどれだか全然わかんないよ!
 全部コーヒーに牛乳を入れたものじゃないの!?
 どっちみちただのコーヒーすらまともに淹れられないけど……

 ブレンドにアメリカンにウィンナーコーヒー?
 まさかコーヒーにウインナーを入れるわけじゃないよね……?

 ただのミルクもあるみたい。
 これなら私でもいれられる。
 ……でも喫茶店に来てミルク頼む人っているの?

 カランカラン

 メニューとにらめっこしていたら、入り口のドアが開く音がする。
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