“絶対悪”の暗黒龍

alunam

文字の大きさ
上 下
78 / 87

第70話 死と再生と

しおりを挟む


 石柱のミサイル群を突破した俺は、再びマスターコア目指して女王に向けて飛び立つ。
 まずは朧と、朧が教えてくれた事を試す……

 『やれやれ……またしても吶喊あるのみか……一途な者は嫌いではないが、馬鹿の一つ覚えは頂けぬ!』

 『安心しろよ!質量が上か、密度か上かの勝負は置いといて……戦う上での条件は、俺の方が有利な時だって事だけは証明してやる!!』

 再び質量で迫る触手の樹木達が俺へと蠢き、俺を捕えようとその枝葉を伸ばしてくる!……そして宙を切った。

 周囲は女王の放つ新緑の輝きで明るく照らされているが、俺を捉える事は出来ない……闇に潜み、闇に紛れた俺を切り裂く事は出来ない。
 俺を光で照らすには、今宵の新月は月の光すら飲み込んだ暗黒の夜だ……暗黒の龍たる俺を星の光で照らすには、星の瞬きは余りにも儚い。

 月の化身たる名を持つ女王の最終形態……キジンカグヤなら月の光を受け、更に巨大な輝きを放って闇を払っていたのかもしれない……だが俺は影でもない、闇でもない、闇を超えた暗黒、深淵にいる者だ……
 深淵に届く光なぞ存在しない、満月であろうとそれは変わらない!

 アビスハインド……最高位隠密魔法。エルナが以前、俺に掛けてくれた魔法でもある闇魔法シャドウハインドの進化の最終形……俺単体では魔法は使えないが朧が補助してくれている。
 魔法……精霊や神の力を借りて行使する超自然的な力。闇なら俺は、その神そのものだ。貸して貰う必要なんかない!エルナが教えてくれた感覚へと朧が導いてくれる。迷いなんか無い程に!

 俺を感知出来ない女王から、人間らしい焦りが見て取れるが直ぐに立て直した様だ。感知出来ないのなら、突破されない様に身を固めるだけで良い。見えないだけなら対処は幾らでも可能だしな……

 

 だったら俺は、その固まった防御を突破していくのみだ!厳重な守りの中を目的の場所目掛けて突き進み、目標を奪取する……そんな大泥棒でもなければ不可能な事をやらなければらないが、不思議と出来ない気がしない。
 まるで慣れた作業を繰り返すかの様な、熟練の域に達した者のみが持つ自信……それは慢心と言う形で、初心者の殻を破ろうとする者達にとても手痛い現実を突きつける。
 でも確実に慢心じゃないと言える。何故なら、何十年、何百年も繰り返した、息をするかの如く続けて来た行為をする程度の感覚……気負いという言葉すらない。
 月の無い夜なら負ける気がしないという、言葉では表現出来ないが絶対の自信だけがある……そう、あるのは確信……

 『行っくぞーーーッ!今から、お前の大事な所まで風穴開けてやるッ!!』

 『己が有利を捨てるとは愚かな!その慢心、虚無の彼方で懺悔せいッ!!』

 だから敢えて宣言した!夜這いなんか趣味じゃない、やるなら正々堂々押し倒す!龍だの、神だのになろうとも……結局は、俺は俺である事から抜け出せない。
 だから俺は俺のままで勝ってみせる。それが凡人の俺の、凡人らしい強がり……そんな俺を無条件で受け入れてくれる、絶対悪に対する俺の矜持だ!

 『同じ手は二度喰わぬ!次は、その厄介な咢へと捻じ込んでくれるわ!!』

 『そいつは残念だったなぁッ!突いて刺して捻じ込むのは男の浪漫だッ!!』

 声を捉えて、触手を這わせてくる女王の渾身の一撃……直径400メートルの触手の鞭が俺を襲ってくるが、10倍の質量如きに負ける気がしない。
 俺は両手を祈るように組む……中央には併せて8枚の羽が一つに重なった朧、それを起点に背中の左右3枚づつの翼が回転数を上げて一体となって螺旋を描く!!

 『ドオォォリルゥッ!!!』

 スクリューが回転する度に更に加速し、唸りを上げて中心へ中心へと収束して向かう様は、放たれた一発の弾丸。
 お上品な日本刀の一太刀ではない、真空の渦で斬り刻んで飛ぶ!穿って、突き刺し、捻じ込んで!立ち塞がる邪魔なモノ全てを螺旋の力で掘り抜く暴力の軌跡だッ!

 貧弱な触手を蹴散らし、引き裂き、物ともせず、女王の身体を穿ち、撃ち込み、、浸食する!
 今、俺は女王の体内へ異物として侵入したウイルスだ!

 コアまでの距離500……



 400……





 300……






 200……





 100メートルを超えよと言う所で、再び炎の斥力場が邪魔をする!

 『妾の中を情け容赦無く掘り進みよって……じゃが、それを望んだのも又、妾……早う、そこな衣を突破し我が元へと来い……来れるものならのう……』

 『随分としをらしいな……死にたいアンタと、死にたくない俺……そもそも勝負として成り立っていなかったんだ。待ってろ……直ぐ楽にしてやる!』

 『ふむ、頼むぞよ……その炎の衣は、妾の最後の防衛本能。頭では解除したいが、どうしても取り除けぬ最後の壁……この遊戯の終幕でもある……』

 樹属性のくせに炎も得意だってんだから反則だよな、全く!この「火鼠の衣」が女王を守る最終防衛ライン。人間態の時に放った物とは、比べ物にならない密度と質量だ…… 
 こいつを破るには、俺も最大の攻撃をするしかない……そう、ブレスを……

 ぐずぐずしている時間もない、女王の再生速度は異常だ。巨大なドリルで掘り進んで来ても、既に後ろの孔が塞がって来ている……文字通り退路は既に塞がって、俺を飲み込もうと押し迫っている。

 ブレスを吐く為に息を吸い込む……同時に翼を目一杯広げ、電磁波の周波が上がり空間が歪みだす。
 展開した翼に生み出された破壊の雷と竜巻が行き場はどこだと叫ばんばかりに唸りを上げる!

 放つはブレス!背中に風神と雷神の支えを受け、固定した足腰の発射砲台を盤石にしてくれる。後は唯、真っすぐに吐き出すだけだ……





 閃光の爆発が消えた先には、ブレスの軌跡を描いた穴があるだけだ。マスターコアルームまで繋がっているのは確信出来る……時間すら消し飛ばした様に、再生も行われない。

 後は進むのみ……だが、永遠に燃え続ける衣が再び行く手を遮った。本体の再生は出来なくても、不滅の火鼠が何度でも甦る……死にたくないという本能は最後まで消える事がない様に。
 
 『なんと往生際の悪い事よ……あれほど待ち焦がれた瞬間が迫っておるのに、最後の気力を振り絞るかの如く震えておるわ……まだこの様な人らしい揺らぎが残っておったとは……妾自身、戸惑うておる』

 『どうする?止めるってんなら別に構わないぜ?』

 『それこそ構わぬ、続けてたもれ。少し驚いては、急速に冷めていく……そんな繰り返しに飽いた末路が妾じゃ……身体が言う事を聞かぬが、頭では望んでおる事……お願い、一思いにやって……』

 『チッ……そこで口調が変わられると、余計にやり辛くなるぜ……安心しろよ、不滅の消滅、永遠の終焉なんざお手の物だ。俺は深淵……俺は地獄だからなぁッ!!』

 やる事は変わらない、先程と同じく息を吸い込み目一杯翼を広げる。違うのは全ての力が俺の胸付近に収束している事……
 撃ってみて分かった事だが、ブレスも雷も風も、別々の方向に撃つんじゃない。全てを同じベクトルにするのが本当のやり方だと!
 息吹が、轟雷が、竜巻が……三つの力が一つになって中心へ……中央へと集まり、固まり、結集して、圧縮して、力の塊が膨張と収縮を繰り返す……

 高められた密度が、更に質量を上げて行く変化のもう一つのカタチ……縮退
限界を超えた密度の終着点「ブラックホール」でもあるエネルギー進化の終焉の一つ、全てを飲み込み、全てを虚無の彼方に消し去る重力の形。時間と空間が別れたこの世界において、それすら一纏めに喰らい尽くす貪食の暗黒……

 破壊と災厄の塊を、直径5メートル程の大きさまで生成するが見た目の質量など、もはや何の意味も無い。
 40メートルの俺にはバスケットボールサイズの密度と重力が無限大となった特異点……これが俺の本当の息吹

 虚と終焉の暗黒を咆哮で押し出すのが俺の本当のブレス……「深淵の終焉咆哮エンドオブアビスハウンド
 息をする行為、生命活動の一環は、死を司る暗黒龍には不似合いだ。唯、吸い込み喰らい尽くし、二度と吐き出される事の無い虚空へと誘う。このブラックホールにホワイトホールは無い……

 ゆっくりと投げられた暗黒の籠球は、炎の斥力場すら引力で引き寄せ、吸収し、貪り始める!周囲の空間と時間を重力で歪ませ、巻き込み、炎の鼠を喰らい尽くす!
 唯々、剥ぎ取り、脱がせ、女王の本能を裸にし……炎の衣を消し去った後、まるで最初から何も無かったかの様にエンドオブアビスの叫びは消えた。

 目標物だけを時間と空間の檻から解き放ち、自らも虚無へと還る。そこに余計な破壊や消滅……物理運動は存在しない。徹頭徹尾に対象だけを喰らう浸食の力、1を0にするだけの力だ……
 彼女を守る衣服はもう無い。まだあるかもしれないが、既にこの世界には存在しない。



 「ここがマスターコアルームか……そんでもって、それが本当のあんたの姿なのか?」
 
 「さぁね?……忘れたわ。転生前に何十年生きていたかなんて覚えてない、数えるのも馬鹿らしい位ダンジョンマスターとして生きて来たんだから……」

 邪魔するものが無くなったのなら、俺に距離は意味を成さない。マスタールームに辿り着いた俺が見たものは……
 巨大なルーンモノリスを背に立つ黒髪の女……人間態の女王だ。最初の少女か老婆か分からない見た目ではない、今の彼女は20~30代の大人の女性の様に見える。
 まるで磔にされた偶像の様に見えるのは……それが彼女が永遠の時間背負い続けた十字架であり、彼女を縛り付けていた枷でもあるからだろうか……

 「そうか……それじゃあ、マスターコアは頂くぜ。それとも……まだやるかい?」

 「ここは私の最深層、ここに辿り着かせないのが私の使命だった……踏破された今、私に為す術は無いわ……」

 「そうか……それじゃあ、おやすみ。良い旅を……」

 「忝いな……やはり妾は女王……数十年の生を抱え、数万の時を虚ろいだのじゃ……人としてではなく、王として逝こう。これが妾の存在した証……受け取れ暗黒龍。但し、気を確かに持てよ……数万の星霜が積もった『蓬莱』は貴様には荷が重いかもしれんぞ……」

 女王の背中のルーンモノリスが圧縮され、掌に光る球体になった。湖畔のダンジョンのルーンモノリスとは比べ物にならなかった程の質量が、密度を上げて女王から俺へと渡される……
 女王陛下から下賜される騎士の如く、跪いて恭しく頂戴するべき様な程に神々しい輝きを放っているが……人間態の160センチ付近の彼女と40メートルの俺とでは跪いて頭を垂れ様とも大した違いは無い。



 ただ手を伸ばし蓬莱を差し出す女王、ただ蓬莱を受け取る為に手を伸ばす俺……異変は唐突に俺の脳裏を駆け巡った……
 ―――喰ワセロ―――

 小さな叫びは蓬莱が近づくにつれ、目を覚ました赤子の様に絶叫へと変わる。絶叫が眠っていた俺の本能を起こそうと、更に目覚ましの音を上げていく……
 ―――喰ワセロ―――

 ―――喰ワセロ―――

 ―――喰ワセロ―――
 
 五月蠅い、喧しい、煩わしい!手を伸ばせば伸ばす程に脳内の叫びは声を張り上げていく!……だったら手を引っ込めればいいのに……まるで何かに魅入られているかの様に、吸い込まれて行く様に唯、蓬莱へと伸びて行く自分の手を、知らない誰かの手の映像にしか感じられない……
 やがて俺の爪先が蓬莱へと辿り着く、人間の大きさの女王の掌に浮かぶ30センチ程の球体……ほんの少し触れただけで、記憶の底を掘り起こされた!

 飢えていた……飢えているという事を忘れる程に飢えていた……並ぶものの存在しない生物。同等の価値を持った存在の希少なこの世界において……暗黒龍オレは飢えていた……
 そして数万年振りに出会った!同じだけの熱量……エネルギーを持った喰らうに値する獲物を!

 神も魔も喰らい、喰らい尽くし!飢えを紛らわす為にホンのちょっと……数万年か数十万年程のうたた寝をしていた所に入り込んだだけの俺。
 そんな俺にオレが命令する……喰ワセロと!

 煩い!黙れ!俺に命令するなッ!!俺は蓬莱からパンドラを作った傍迷惑な奴の場所を調べて、そいつにケジメを付けさせに行かなきゃならねーんだッ!
 ウルサイ!ダマレ!オレニメイレイスルナッ!喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ喰ワセロ

 絶叫が壊れたスピーカーの様に同じ事を繰り返しだした時、自分の目で見ているだけの映像は蓬莱ではなく女王の身体を掴んだ……

 「荒野の地を森林に変え、誕生と繁栄と崇められ……女王よ女神よと讃えられ……狂った蛇に嬲られ、果てるも……また、……一興よの」

 女王が全てを悟った様な、諦めた様な顔で目を瞑った……その顔は仏か聖母の様だと思ったが、何を言ってるのかは分からない……唯、俺の中では唯、只管に同じ音が繰り返していた
 
 ―――喰ワセロ―――、と……



========================================================

 お気に入り登録ありがとうございます!御礼と投稿が遅くなって申し訳ないです……GWなんてなかったけどヒャッハー!普通の休日だぁ!!読んでくださった皆様のレスポンスが活力になります、よろしければご意見・ご感想・お気に入り登録をよろしくお願いいたします!
しおりを挟む

処理中です...