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プロローグ
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「この度!側妃『アルマダ・バーミンガム』殿下が御出産なされた旨、周知の事と存じ上げる!」
開口一番、宣誓するかの如き大声が後宮の再奥……この国の王太子正室の部屋、正妃『フィアル・バーミンガム』を主とする室内に響き渡る。
王城であるバーミンガム城は、その煌びやかな建築性から『バーミンガム宮殿』と呼ばれる程、豪奢で芸術的な外観・内観を誇っていた。
そんなバーミンガム宮殿の中で、騒音の元凶・近衛騎士団長マギュガス侯爵は、バーミンガム宮殿の中で最も美しいと呼ばれる庭園を望む景観すら台無しにしている事にも気付かず……悦に入っているかの様に更に騒音を続けた。
「見事、妃としての責務を果たし!この栄光あるバーミンガム王家に輝かしい次代の光をもたらされたアルマダ殿下を祝し、讃える証として!正妃の座を贈られる事となった!つきましては現・正妃、フィアル殿下には側妃の座へと移って頂きたい!」
おおよそ正妃へと告げるには躊躇し、憚られる言葉を……さも誇らしい武勇伝を語るかの如く、一方的に告げ終えたマギュガス。
余程、熱を入れて宣言していたのだろう……丸顔と年の割に薄い頭が真っ赤になり、まるで茹で蛸の様で在る。正に、熱弁を奮っていたのだという気迫だけは伝わって来て非常に暑苦しい。
「無礼であるぞマギュガス侯……」
喧しかったマギュガスの大声とは正反対に、ぞっとする程の冷たい初老男性の声が、得意満面であった茹で蛸……もといマギュガスにかけられた。
散々と長台詞をのたまって上げられた室温を、たった一言で急速に氷点下まで下げながら……
それ程までにフィアルの後ろに控えていた、執事服を着こなし、ロマンスグレーの髪を後ろで束ねた老人の声には殺気が含まれていた。
「ぶ、ぶ、ぶ、無礼は貴様だ!正妃付きの執事長だろうと、これは王太子……いや、お世継ぎも産まれ正式に王位を継承された『ジェリド・バーミンガム』陛下直々の王命である!き、貴様如きが凄んだ所で覆りはせんにょらっ……!」
これが証拠だと言わんばかりに、ジェリドの文字で書かれた命令書を広げるマギュガス。ジェリドのサインに、国王の押印となった紋章が蝋で刻まれている辺り、紛れもなく本物である。
これだけの殺気を浴びせられて反論出来る胆力をマギュガスが持っていたのは意外だったが、どうやら錦の御旗を手に入れていた様だ。
命令書で殺気を防ぐかの如く、フィアルよりもその背中に控える老執事へと向けている。そうでもしないと茹で蛸は冷凍されてしまうのだろう……殺気で震えて、段々と舌が回らなくなっている。これ以上はマギュガスの体もそうだが、心が保たない。
「王命、承知致しました。ご苦労でしたマギュガス侯。ジェリド様、アルマダ様に祝福の言葉をお伝え下さい」
熱弁の大声では無い、殺気を含んだ氷の声でも無い……澄んだ水の流れる様な音色を持つ声が室内に奏でられた。
だが感情という揺らぎが一切感じられない……正妃からの退任を告げられ、己を蔑ろにする連中に祝福の言葉を告げているにも関わらずだ。
王妃だというのに質素なドレス、化粧も貴人として最低限の出で立ちである。それでも美しさと高貴さが損なわれる事はない。むしろそれだけで十分と言える気品を輝かせている。
確かに美しい、美しいが……それは例えるならマネキンの美しさ。血の通った人間のそれでは無かった。
……そう、とっくにフィアルの心は壊れていた。心の無事を保つには……5年もの間隔離された正妃の生活は長すぎたのだ。
王太子との結婚から5年、一度も愛される事の無かった名ばかりの正妃の暮らしは……
自分を見向きもしない夫、自分を執拗に目の敵にする第二婦人、その取り巻き連中に虐げられる暮らしは……
当時18歳だった乙女にとって余りにも永すぎたのだった。
開口一番、宣誓するかの如き大声が後宮の再奥……この国の王太子正室の部屋、正妃『フィアル・バーミンガム』を主とする室内に響き渡る。
王城であるバーミンガム城は、その煌びやかな建築性から『バーミンガム宮殿』と呼ばれる程、豪奢で芸術的な外観・内観を誇っていた。
そんなバーミンガム宮殿の中で、騒音の元凶・近衛騎士団長マギュガス侯爵は、バーミンガム宮殿の中で最も美しいと呼ばれる庭園を望む景観すら台無しにしている事にも気付かず……悦に入っているかの様に更に騒音を続けた。
「見事、妃としての責務を果たし!この栄光あるバーミンガム王家に輝かしい次代の光をもたらされたアルマダ殿下を祝し、讃える証として!正妃の座を贈られる事となった!つきましては現・正妃、フィアル殿下には側妃の座へと移って頂きたい!」
おおよそ正妃へと告げるには躊躇し、憚られる言葉を……さも誇らしい武勇伝を語るかの如く、一方的に告げ終えたマギュガス。
余程、熱を入れて宣言していたのだろう……丸顔と年の割に薄い頭が真っ赤になり、まるで茹で蛸の様で在る。正に、熱弁を奮っていたのだという気迫だけは伝わって来て非常に暑苦しい。
「無礼であるぞマギュガス侯……」
喧しかったマギュガスの大声とは正反対に、ぞっとする程の冷たい初老男性の声が、得意満面であった茹で蛸……もといマギュガスにかけられた。
散々と長台詞をのたまって上げられた室温を、たった一言で急速に氷点下まで下げながら……
それ程までにフィアルの後ろに控えていた、執事服を着こなし、ロマンスグレーの髪を後ろで束ねた老人の声には殺気が含まれていた。
「ぶ、ぶ、ぶ、無礼は貴様だ!正妃付きの執事長だろうと、これは王太子……いや、お世継ぎも産まれ正式に王位を継承された『ジェリド・バーミンガム』陛下直々の王命である!き、貴様如きが凄んだ所で覆りはせんにょらっ……!」
これが証拠だと言わんばかりに、ジェリドの文字で書かれた命令書を広げるマギュガス。ジェリドのサインに、国王の押印となった紋章が蝋で刻まれている辺り、紛れもなく本物である。
これだけの殺気を浴びせられて反論出来る胆力をマギュガスが持っていたのは意外だったが、どうやら錦の御旗を手に入れていた様だ。
命令書で殺気を防ぐかの如く、フィアルよりもその背中に控える老執事へと向けている。そうでもしないと茹で蛸は冷凍されてしまうのだろう……殺気で震えて、段々と舌が回らなくなっている。これ以上はマギュガスの体もそうだが、心が保たない。
「王命、承知致しました。ご苦労でしたマギュガス侯。ジェリド様、アルマダ様に祝福の言葉をお伝え下さい」
熱弁の大声では無い、殺気を含んだ氷の声でも無い……澄んだ水の流れる様な音色を持つ声が室内に奏でられた。
だが感情という揺らぎが一切感じられない……正妃からの退任を告げられ、己を蔑ろにする連中に祝福の言葉を告げているにも関わらずだ。
王妃だというのに質素なドレス、化粧も貴人として最低限の出で立ちである。それでも美しさと高貴さが損なわれる事はない。むしろそれだけで十分と言える気品を輝かせている。
確かに美しい、美しいが……それは例えるならマネキンの美しさ。血の通った人間のそれでは無かった。
……そう、とっくにフィアルの心は壊れていた。心の無事を保つには……5年もの間隔離された正妃の生活は長すぎたのだ。
王太子との結婚から5年、一度も愛される事の無かった名ばかりの正妃の暮らしは……
自分を見向きもしない夫、自分を執拗に目の敵にする第二婦人、その取り巻き連中に虐げられる暮らしは……
当時18歳だった乙女にとって余りにも永すぎたのだった。
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