深きダンジョンの奥底より

ディメンションキャット

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光景

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 はふっ、はふっ、と温かいスープを頬張る音が『セーフゾーン』を支配する。『代償成就』でそこら中に散らばっている魔魚の死体を代償に出したもので、トマトベースに野菜も肉も入っている。
 ダンジョン内での食事と言えば干し肉だったりパサついた携帯食なので、見た目、味、栄養の3点全て地上と遜色のない物を食べているのは、世界を探しても俺たちぐらいだろう。リカもマサトも幸せそうに目を瞑って堪能しているのだから、提供した俺としても嬉しい。

「う~ん、美味いな。いつか食べた『おにぎり』には敵わないけど」
「おにぎりを知っているのか?」
「ん、あぁ、そうか。シズクの説明はしてなかったな」

 転生前の世界の食べ物であろうおにぎりを俺が知っていることに心底驚いた様子を見せるマサトに、俺は今までの全てを語ろうと取り敢えず皿を置く。

「どこから話そうか、まずは俺が、っんんん!!」
「待て、無闇に話すべきではあるまい」

 が、冷静なリカに口を魔法で塞がれたことでそれは防がれた。ただ確かにその通りだ、真実を知るだけで転生者であるマサトには危険だろう。こちらの事情に巻き込むのは良くないかもしれない。

「……そうだな。すまんマサト、やっぱり話せない。お前のためなんだ」
「あぁ、無理に聞こうとは思わない」

 再び俺たちは食事を始める。さっきより少し気まずい雰囲気の中、頭上の水音が浮いて聞こえた。


***


「じゃあ、マサト、聞いていいか?」

 全員が満腹になり、いい感じに時が流れたタイミングで俺はそう切り出す。聞く、とはもちろん共和国に転移してから何があったのかという話だ。

「あぁ……まずはイグニススコーピオンと転移してすぐの話だ」

 床を見つめて、訥々とマサトはひとつずつ思い出すように言葉を紡ぎ始める。

「幸いにも転移した議会場は無人だった。ダンジョンに居たから気付かなかったが深夜だったんだ。とは言えイグニススコーピオンの巨体で天井は崩れ、数十秒もすれば夜警団が駆け付けてきて、攻撃を始めた」
「……無茶だ」

 夜警団なんて、ただの善良な一般市民の集まりだ。何人いようが敵うはずもない。
 俺の言葉にマサトはゆっくりと大きく頷く。

「あぁ無茶だった……だがそれでも何もせずに殺されるよりはマシだと彼らは叫んでいた。そうしてまず夜警団18人が数秒にして全滅させられた」
「数秒……」
「あぁ、数秒だ。そこからは単なる破壊が暫く続いた。奴が歩くだけで建物は壊れ、人は容赦なく潰された。奴が歩いた道からは青い炎が燃え広がり、人が焼死していく臭いと悲鳴で満たされた。Aランク冒険者らしいパーティーも、威勢よく立ち向かったが裏迷宮の頂上種に叶うはずもなく蹴散らされた」

 立ち向かった人間は殺され、逃げた人間も殺される。町は破壊されつくし、燃えた人間がそこら中に転がっている。それはまるで世界の終わりのような光景なんだろう、話を聞くだけで容易にその地獄が想像できた。
 あの時ダンジョンに居た俺の、俺のことだけを考えれば最善の選択だったかもしれないが、 実際に起こった地上での被害を聞けば途端に罪悪感で苦しくなった。

「そして。ある男が、俺の隣に出現した」
「男?」
「太った、どこにでも居そうな中年の男だ」

 突然出てきた新たな登場人物、オウム返しで特徴を聞き出したリカは明らかに眉をひそめた。

「その男が遠くに居るイグニススコーピオンに向かって、軽くグーを突き出す……そう俺が認識した瞬間にはイグニススコーピオンの硬い外皮が粉々に砕けて、そして、そのまま災厄は息絶えたんだ」
「え……?」
「信じられないか? 俺もそうだ、今でも信じられない」

 軽く空気を殴っただけで、イグニススコーピオンを殺した? そんなバカげた強さの人間が共和国に居るなど聞いたことがない。転生者だとして、どんな特典だったらそんな事が可能なんだ?
 無数に疑問が浮かぶ、それほどにその男は不可解だった。が、リカは俺とは違うようだ。そいつに覚えがあるのか、考え込むように顎に手を当て俯いている。

「その後は……そいつに拘束され、転移してきたアレスもライアンも同じように抵抗虚しく拘束され……それからは……それからは……」

 マサトは言い淀む。いや、苦しそうに顔を歪める彼からは言葉が出ないような記憶が掘り下げられないような、そんな印象を受けた。

「言葉というものは……一度表してしまえばものじゃ。そう簡単に口に出せるものでもあるまい」
「伝えた方が良いのは俺も分かってるんだが……すまない……本当に」

 本当に辛そうに振り絞るような声でそう言ったマサトに「いや、いいんだ。ゆっくりいつか話してくれれば」なんて言うつもりだった。
 が、俺がその言葉を伝える前に異変が起こった。

「<夢室メモリートリップ>」

 頭上から誰か、女の聞き覚えのない声。
 瞬間、自分のものでは無い記憶が濁流のように流れ込んでくる。痛々しく、辛く、グロテスクなその映像の連続に、俺はこれが誰の記憶か直ぐに察する。
 共和国に捕まった後の、タカダマサトの記憶だ。
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