深きダンジョンの奥底より

ディメンションキャット

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視点:エレナ・ブラッディ
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「そろそろかしら……はあ、今はこんなことしてる場合じゃないのに……」

 久しぶりに座る、自身に与えられた役場の一室。大きなデスクに突っ伏しながら私は、領主に呼ばれるのをひたすらに待っていた。名前も覚えていないようなただの領主に呼ばれるのを。

 魔王と篝火に関する内閣に直々に下された任務があるというのにも関わらず、どうして私がこんな場所で時間を無駄にしているのか。折角、共和国と教国が同盟を結び、その力を教王が私に授けてくれたというのに、なぜ私がこんな場所に居るのか。

 それは何故か突然、魔物被害対策室長として、ただの一領主に召集がかかったからだ。

 確かに大きな問題とは無関係に、人々を困らせる魔物の被害は日常的に発生する。が、それでも「今はそんな場合じゃない」と私は首相含む魔王討伐を命じた上層部に訴えた。

 今は一刻も早く魔王を倒すか、もしくは篝火を確保して討伐軍を編成しなければならない。国を運営している彼らだ、そのぐらいの論理性は持ち合わせているだろう、と私は考えていた。

 だが、その答えは予想外なものだった。これは決定事項である、我々もそれについては関知している、と録に話を聞かずにそう突き返されたのだ。つまり「つべこべ言わず、辺境領主に会ってこい」と、そう上層部も言ったのだ。

 どうして? と心の中で呟いてみるものの、実は心当たりが無いわけではない。

 私が3層からリューロ・グランツの策略によって議会場に転移させられた時、とっくにイグニススコーピオンが粉砕されていたこと。
 それに唖然とするのもつかの間、いつの間にか後ろに連れてきていたはずのアレスとライアンが、前で私と同じように唖然としていたマサトタカダが、一瞬にして姿を消したこと。
 そして、その時に僅か0.5秒にも満たない時間だけ視界に捉えた超高速で動く恰幅のいい醜悪な男。

 ──まさか、ね。

 私が下らない自分の推論にそうピリオドを打てば、ようやくドアがノックされた。どうやら領主の準備が出来たようだ。

***


「エレナ・ブラッディよ。今までの俺は愚鈍で、欲深く、考え無しの無能領主であったか?」
️「……え?」

 私が部屋に入り、開口一番に領主はそう聞いた。その突拍子もなく、意図が読めない質問に私は答えかねる。少しでも返答を間違えれば、室長としての立場を追われる可能性もあるのだ。戸惑いのせいだったものの、沈黙は最適解に思えた。

「まぁいい。手短に結論から話そう」

 返答が無いことを領主はそこまで気にする様子はなく、忘れてくれと手を軽く振る。
 気の所為かもしれないが、何となく彼の喋り方や雰囲気が普段よりもハキハキとしているような気がして、私はやはりまた戸惑う。

 が、真に戸惑い、驚くのはこの後だった。

「イグニススコーピオンを倒したのは、帝国の連中を捕らえた影は、この俺だ。百年前の[転生者の篝火]である、この俺だ」
「は?」

 ── 目の前の太ったおじさんは一体何を言っている?

 思ってもいなかった話に頭が真っ白になる。そのクリアな脳でもう一度、先の領主の言葉を反復するが、やはり意味が分からない。

 領主は紛れもなく、ただのありふれた共和国では珍しくない労働に疲れた中年男性の見た目なのだ。
 外見から想定される年齢は三十を少し越えたぐらいだろう。中年特有の下腹部の肥満によって、彼のシャツのボタンはいつ弾き飛んでもおかしく無い状態で、動きもその脂肪のせいで緩慢なものである。でっぷりとした輪郭に、大きな隈が目立つその顔は、まさしく社会に疲れ切ったおじさんだ。

 そんな領主が、あの時の男? 
 私にとってそれは到底受け入れがたい話で、だがしかしだった。



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