悪役令嬢を演じて婚約破棄して貰い、私は幸せになりました。

第５話 それはそうですよね

──時は婚約破棄されて家に帰ったあとに戻る。

　私の目の前では、それは直視したくなくなるほどお父様が激怒している。
　どうやらあの一件があって直ぐに、早馬でお父様の元にも連絡が入ったみたいだ。

「ソフィ！ 一体どういうことなんだ、ちゃんと説明しなさい！！」

　話の詳細は伝わっていないようで、虐げた理由が他の侍女から漏れ伝わっていないということは、マリーがしっかりと根回しをしてくれていたみたいだ。

「申し訳ございませんお父様。申し開きも出来ません」

　当然であるが意図して婚約破棄されるように持っていったことを告げることは出来ない。かといって下手に言い繕ってお父様が手を回しジャイアヌスとの婚約破棄が撤回されては面倒なので、ただひたすらに謝り素直に怒られるしかできない。

「私は謝って欲しいのではない、こうなってしまった理由が聞きたいんだ！ なんで侍女を虐げるなど愚かなことをしたんだ！！」

「本当にごめんなさい……」

　長々と怒られ続けるのだがそれでもお父様の怒りはおさまる様子が無く、このままでは勘当されてしまいそうな勢いである。
　それだけこの世界の貴族にとって王家との婚姻は、非常に重たい意味を持つのだから仕方ないのだろう。
　しかし見かねたお母様は私の味方をして擁護してくれる。

「あなた、お待ちになって。ソフィにも言いだしにくい仕方がない事情があるのよ。ね、そうでしょソフィ？」

「えっと……はい」

「言いにくいことは分かっているわ。けど私は知っているの」

　えっ、何を……まさか私がわざと婚約破棄されるように仕向けていたことに気づいていたの！？

「王宮にいる侍女がジャイアヌス様とただならぬ関係になっていることを知っていたのよね？」

　ああその事か……まあ当然知ってるし利用もさせて貰ったけど、本当にどれだけの人にバレているのだか。だがそれが事実であることには間違いないので静かに頷く。

「辛かったのよねソフィ。あなたには分からないかもしれないけど、結婚直前の花嫁がそんなことを知ったら精神的に不安定になるのは当然です。だからあなたもそんなに怒らないで上げて下さい」

「だがしかし…………ううむ」

　激怒していたお父様だが、娘の結婚相手が不貞を働いていたと聞いて流石に怒りが収まっていく。
　そして悩ましげな表情をし、貴族としての矜持と父親としての愛情の狭間で葛藤しているようだ。

「ソフィ、辛かったのかも知れないがそれならこうなってしまう前に相談して欲しかった……そんなことを聞いてしまっては私も心苦しいが、何も処罰を下さぬことは出来ない」

「分かっていますお父様。甘んじてその処罰をお受けしますわ」

「そうか…………では処罰の内容は追って連絡する。怒鳴ってすまなかったが、今日はゆっくりと休みなさい」

「はい、お父様」

　こうして後日に下された処罰は、私が会ったこともないような遠い親戚が経営するレストランで、騒ぎのほとぼりが冷めるまで下働きをすることだった。

　もしも今回の破局で王様の怒りをかっていたのであればもっと大変なことになっていたかも知れないが、そうでは無いみたいなのでホッとする。むしろ息子から言い出した婚約破棄なので、色々と心配してくれているみたいだ。

　そしてマリーは私を心配してくれるのか、処罰が伝えられた後にお父様にお願いをしてくれる。

「旦那様、差し出がましいお願いではありますが、私もソフィ様と一緒に付いていっても宜しいでしょうか？」

「マリーよ、心配なのは分かるがそれでは罰にならない。ソフィは侍女の助けが無くては大変なことを学ばなければいけないのだ」

「そうでございますか。分かりました……」

　確かにマリーが心配してくれるのも当然で、本当のお嬢様が突然に一般市民と同じ生活を送らなければいけなくなったならば相当に大変なことなのだろう。
　しかし日本で生きてきた記憶を取り戻した私にとっては、堅苦しい貴族の生活よりも遥かにマシな生活かもしれない。
　これまで常に側にいてくれたマリーが一緒に付いてきてくれるのであれば心強いが、今の私は一人では何も出来ないソフィの知識だけでは無く、日本で社会人として立派に働いていた花音の知識がある。

「大丈夫よマリー。私なら大丈夫だから、あなたはこの家を守ってちょうだい」

「分かりました。それではソフィ様が安心してこの家に帰ってこれるように、私はこの家をお守り致します」

「ええ、よろしくね」


　こうして私は一人で知らない町に移り住み、レストランで給仕の仕事をすることになったのであった。