悪役令嬢を演じて婚約破棄して貰い、私は幸せになりました。

シグマ

文字の大きさ
9 / 25

第9話 ボロ着の少年

しおりを挟む

──ヴィエンヌの町にすっかり溶け込んだソフィは、たまの休日に町を散策する。


 伯爵令嬢として家や城に住んでいたころは、自分の足で歩き回ることはほぼ無かった。
 だからこうして知らない場所を歩き回るのは楽しくて仕方がない。
 笑顔で歩いているものだから、顔馴染みの町の人に声をかけられる。

「ソフィちゃん、今日は随分とご機嫌だね」

「分かりますか?」

「その顔を見ればね……ほらこれを持っていきな」

 リンゴに良く似たラクスという赤い果実を渡される。

「ありがとうございます!」

 鼻歌混じりに再び町の散策を始め、しばらく色々な場所を見て回っていると人にぶつかりそうになる。

「ごめんなさい!」

「いいよいいよ、ソフィちゃん。あ、そうだ今度またお店に寄るからね!」

「はい! ありがとうございます!!」

 そんな感じに周りばかりみていたものだから、気付かないうちに大通りを外れてしまう。
 ……あれ、ここはどこだろう?
 どうやら気付かないうちに知らない裏道に入り込んでしまったようだ。
 危ないかも知れないし引き返そうかなと思っていると、何処からともなく呻き声が聞こえてくる。

「うぅ……」

「ひっ、何?」

 周囲を見渡すも、それらしき姿は見えない。
 怖くなり逃げ出そうとするも再度、同じ声が聞こえてくる。
 無視すべきか迷ったが良く良く聞き耳を立てると、その声は壁に挟まれた細い道から聞こえてきたようだ。
 そーっと覗き混むと、そこにはボロ着の少年がうずくまって倒れていた。
 ……まぁ少年と言ってもソフィの年齢とは同じくらいなのだけれども、中身の花音二十八歳としては保護欲に駆られてしまう。

「大丈夫?」

「ひっ! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 話しかけるも少年は頭を抱えて怯えてしまった。
 ……ちょ、まさか私のことを怖がってるの?

「大丈夫だよ、私は何もしないからね?」

 ……あれ? 何だかこれだと本当に悪いことをする人みたいかな?
 それでも少年はおそるおそる顔を上げてくれる。

「あれ? 女の人……」

「何があったの?」

「えっと……」

 少年に何があったのか尋ねようとすると、『ぐぎゅるるるる』と少年のお腹が盛大になったので、持っていたリンゴっぽいものをあげてから話を聞くことにした。


──レックスと名乗ったその少年は美少年としか言いようがなく、中性的で可愛い顔をしていた。

 ……ではなくて、貧困に喘ぐレックスはお金が無いにも関わらず市場に売っていた商品を見て思わず手にとってしまったのだが、『汚い手で商品にさわるな!』と怒鳴られた瞬間に思わず逃げ出してしまったそうだ。
 それだけであればまだよかったのだが、慌てていたのでその手には商品を持ったままであり、お店の人に追いかけられてしまったらしい。
 そして裏道を必死で逃げたからか、逃げる途中で商品を落としてしまったからか分からないが、ようやく追ってはこなくなり一息ついた所で、ここで意識を失い倒れてしまったそうだ。

「そっか……」

「……」

 ……うーん、どうしたら良いんだろうか。
 今の私にはレックスに出来ることは限られているし、かと言ってこのまま見捨てるのは可哀想すぎる。

「レックスの家はどこにあるの? とりあえずそこまで送っていくよ」

「家は…………無い」

「えっ……」

 話を聞くと、地方貴族の下女として働いていた母親はレックスを産んだ際に死んでしまったそうなのだが、レックスはその貴族に娼館へと売られてしまったらしい。
 男の子にしては可愛い顔をしているので女の子と間違われて買われた様なのだが、娼館にはその仕事がら親の分からぬ子供が多くいるので、その子供たちと一緒に育てられたそうだ。
 しかし男で子供のレックスに出来ることなど限られている。
 娼館では娼婦の身の回りの世話をすることぐらいしか出来ない為に、穀潰しとして酷い扱いを受けてきたのだ。
 それだけであれば耐えられたのだが、男色を好む客を取ろうという話があることを耳にし、嫌でその娼館を逃げ出したらしい。
 そしてこのヴィエンヌの町にたどり着いたのだが、身寄りもなく汚い格好をしたレックスを雇ってくれるようなところは無く、お金も尽きて今に至るそうだ。

「そういえば、お父さんはいないの?」

 母親が死んだと聞かされるも、レックスの口から父親のことが出てこないので不思議に思い尋ねる。

「父さんのことは何も知らない……母さんも父さんのことは何も教えてくれなかったんだ」

「そう……」

 話を聞けば聞くほど何とかしてあげたいと思うものの、ただお金をあげれば済む話では無い。
 ……うーん、どうしようか。

「心配しないでください。僕は一人で大丈夫です。それにラクスでお腹も満たされましたし、本当にありがとうございます」

 そう言って、レックスは立ち上がり走ってこの場を立ち去ろうとするが、急に動いたものだから再び倒れこんでしまった。

「ちょ、レックス君!?」

「ごめんなさい、何だか力が入らなくて……」

 レックスの側に駆け寄り、体を起こすために触れると、尋常ではない体温をしていた。

「ちょっ、何これ!」

「すみません、今朝からなんだか体調が悪くて……」

 風邪を引いているのか、それとも他の病気か分からないが、レックスは再び気を失うように眠ってしまった。
 このままにしておくことは出来ないので、運ぼうとするもお嬢様の筋力では到底持ち上がるものではない。
 ……うん、これは絶対にムリなやつだ。

「人を呼んでくるから、ちょっと待っててね!」


 こうしてレックスを運び看病をするために、助けを求めて大通りに走っていくソフィであった。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】

恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。 果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。 他小説サイトにも投稿しています。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

処理中です...