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第8話 堕落する者
しおりを挟む──第二王子のジャイアヌスはソフィと婚約破棄を果たした後も、フラフラと遊び続ける。
国王の思いを知ってか知らずか、生来の遊び人であったジャイアヌスは国王に持ち込まれた縁談に配慮し、いささか束縛された生活を過ごしていたが今やそれが無くなったのだ。
そして今日も仕事と称して遊ぶ為に、国王の元へ報告に向かう。
「父上、それでは地方へ視察に行って参ります」
「ああ、しっかりと働くのだぞ」
「もちろんです」
ジャイアヌスは満面の笑みでそう応えて、国王の前から立ち去っていく。
城内でも自由に行動するジャイアヌスだが、国王に直接バレてしまえば再び縁談が持ち込まれてしまうかもしれない。
そこで視察と称し国王の目の届かない地方の町に出掛けては、遊び呆ける生活を続けているのだ。
「本当に大丈夫であろうか……」
国王もそれを心配し御側付きとして配下をジャイアヌスの元に送るのだが、監視の役目を仰せつかったその者は懐柔され、全くもって抑止にはなっていない。むしろ国王への報告を改竄させられている。
「もちろんでございます国王様。ジャイアヌス様は立派に働いております」
「そうか……」
第一王子が王位に興味を示さず他国を渡り歩いていることにより、この国の次期国王候補の筆頭はジャイアヌスだ。
国王のお体の調子が優れなくない日が増えてきた今、いつ王位がジャイアヌスに引き継がれてもおかしくは無い。
そんな彼に逆らい怒りを買ってしまえば今後の生活が危ぶまれてしまうので、城内には既にジャイアヌスを支える一派が数多く存在し、たとえ蛮行を働こうとも咎める者は少なくなってきている。
だからこそジャイアヌスに気に入られようと近付こうとする人が数多くいることは言うまでもないのだが、そんな中で侍女のヨハンナはジャイアヌスのさらなる寵愛を受けるために画策していた。
──王都に戻ってきたジャイアヌスはヨハンナに運ばれてきた食事を食べている。
「ジャイアヌス様、ブドウ酒でございます」
「ああ、ありがとう」
ジャイアヌスからは何時もの合図として片目をつぶる目配せを送り、ヨハンナもそれを肯定する為に同じ側の目をつぶる。
そして時間が過ぎ辺りが静まる夜に、いつもの場所で二人は落ち合う。
婚約者がいなくなったジャイアヌスではあるが、侍女を寵愛しているというのは衆目に晒して良いものでは無いので、城内ではなく未だに外で情交を繰り返しているのだ。
「こちらにくるのだ、ヨハンナ」
「はい、ジャイアヌス様」
こうしてこれまでと変わらない情事が繰り返されるのだが、ヨハンナはいつもと違う心持ちでここに来ている。
──ヨハンナはこの日を迎えるにあたって念入りな準備をしてきているのだ。
ソフィとの婚約を破棄したジャイアヌスの元には、他の貴族からの引き合いが後を絶たない。
ただでさえ立場の弱い侍女であるヨハンナがジャイアヌスの寵愛を受け続けることは難しいのにも関わらず、地方への視察と貴族の付き合いによって今まで以上に一緒にいられる時間が少なくなっているのだ。
今はまだジャイアヌスに気に入られているが、それもいつまで続くのか保証は無い。
もしジャイアヌスが正式に妃を迎えたならば、現国王と同じように追放されかねないのだ。
「ヨハンナ、そろそろ」
「ジャイアヌス様、今日は大丈夫な日です。なのでこのまま続けて下さい」
「そうなのか?」
「はい、このままジャイアヌス様の温もりを感じさせて下さい」
ヨハンナはそう囁くが、その言葉は嘘である。
ヨハンナの目的はジャイアヌスの子供を作ることであり、お酒で思考力を落とした上で既成事実を作り上げるつもりなのだ。
普段のジャイアヌスであればそんな過ちを行うことは無く、もしここが城内であれば止められたかもしれない。
しかしヨハンナが用意したお酒には欲情を高める物が混ぜられ、ホロ酔い気分で高揚したジャイアヌスには正常な判断力が残っていなかった。
こうしてヨハンナの企みは、人知れず進んでいったのであった。
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