株破滅日記

ロン・イーラン

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第12話 2020年4月20日 グランビルの法則②

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12時ちょっと前、順子と1階のロビーで落ち合った。
順子は早速茶化ちゃかしてくる。

「春雄、そんなに私と会いたかったの?
 就業時間1分単位で気にする春雄が、チャイムが鳴る前から私を待つなんて。
 さては、ようやく私の魅力に気付いたね。」
ニコニコしながら話しかけてくる。

俺はお前の魅力なんて10年以上前から気付いているさと思いつつ、それを悟られまいと憎まれ口を叩く。
「魅力?
 30過ぎて離婚されちゃう女のどこに?」

俺は少し言い過ぎたかと思い順子の顔を見たが順子は変わらず笑っていて少しホッとした。
と思ったのもつかの間、順子は力任せに俺の背中を叩き、ロビーにいた半径10メートル以内の人々の視線を集めた。
だが、顔は相変わらず笑っていた。

「春雄だけだよ。
 離婚のこと、そんな風に言ってくれるの。
 職場の人とか親も禁句きんく扱いだからね。
 私は全然気にしてないのに。」
少し真剣な口調で順子は言った。

「まあ仕方ないだろ。
 みんながみんな、順子みたいな反応をするわけじゃないし。
 それに……」

「それに、何さ?」
順子はにらみながら先をうながす。

「いや、その、順子が離婚して、みんな次を狙って牽制けんせいしあってるんだよ。
 うちの課の後輩の田中とかも『順子さん、いまフリーなんですかね?』なんて言ってたぜ。
 まあ、田中にやるくらいなら俺がもらうけどな。」
俺があわててつくろいつつ本音を少し混ぜて返すと、順子は再び俺の背中を使っていい音をロビー中に響き渡らせた。
その表情は少し嬉しそうに見えた。


お昼は少し広めの席が確保できるカフェにした。
男の俺にとってはランチの量が少ない為、このカフェに昼食を食べに来ることはほとんどないのだが、今日は順子以外の他人にはできるだけ話を聞かれたくなかったので、ここにした。
緊急事態宣言発令中で社内の知り合いは殆ど出社していないことはわかっていたが、それでも用心するに越したことはなかった。
それに胃痛のせいで、そもそもまともに食事をれる状態ではないというのもあった。

サンドイッチとコーヒーをカウンターに並んで手に入れ席に着くと、かじりつく前に早速話しかけた。

「いや、聞きたかったのはさ、株のこと。
 順子って入社してすぐ株を始めたし、信用取引も結構前からやってるよな。
 どうなのかなと思って。」
俺はまずストレートに現在の順子の状況を聞いてみた。

すると順子はこう答えた。
「暴落の瞬間はかなりポジション縮小してたんだけど、それでも結構やられたね。
 でも、今はトントンか少しプラスくらいかな?」

俺はこの状況下でプラス?と思いながらも更に質問をした。
「順子的にはこの後どうなると思ってる?
 二番底がいつ来るか、とかさ。」

そうすると順子は首をひねりながら答えた。
「二番底は来るかどうかわからないけど、短期なら上げると思うよ。」

俺は、俺より株に詳しい順子が上げると言ったことに内心落胆らくたんしつつも、その理由を聞いてみた。

「株のテクニカル理論の一つなんだけど、グランビルの法則って知ってる?」

俺は5ちゃんねるでその名前くらいは聞いたことがあったが、実質的には何も知らないに等しかったので首を横に振った。
そうすると、順子はこう続けた。

「グランビルの法則ってのは、株の短期の移動平均線が長期の移動平均線を上抜うわぬけすると株価が上昇するっていう理論のこと。
 下がる時はその逆ね。
 で、今は5日移動平均線が25日移動平均線を上抜けしたから短期は株が上がるって思ってる。」

それを聞いて俺は反論する。
「でも、テクニカル分析ってオカルトじゃないの?
 だって、この状況で株が上がる理由って無くない?
 お店も結構な数が閉まってるし。」

すると順子はこう言った。
「まあ、ファンダ的には確かに言う通りなんだけど『市場は常に正しい』って考え方もあるからね。」

「市場は常に正しい?」
俺はオウム返しに聞き返した。

「つまり、ファンダメンタルとかテクニカルとか関係なしに今の株の値段が常に正しい価値ってことだよ。
 春雄は納得いってないのかもしれないけれど、株は売る人と買う人がいて初めて値段がつくものだからね。
 今の株価が正しくないとすれば、もっと安いはずだよ。」

「そういうものか……。」
俺は納得したような、納得できないような気持ちでその言葉だけをしぼり出した。
俺の期待とは違う答えだったことから、これ以上は株の話を続ける気が失せ、お店に入るまでの間にしていた他愛のない話に逆戻りした。

昼食が終わって職場に戻る途中で、順子はこう言った。
「もしもさ、株でもその他のことでも困ったことがあったらさ、私に相談してよ。
 力になれるかどうかはわからないけどさ。」

少し恥ずかしそうにうつむいてそう言った順子を見て、俺もまた本当に相談したかったことを相談できない自分を恥ずかしく思った。
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