株破滅日記

ロン・イーラン

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第25話 2020年5月11日 抵抗線

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妻の美奈が出て行ってから、俺は仕方なしに何度か連絡を試みた。
株の損失をどうするかで頭がいっぱいで構っていられないというのが正直なところではあったが、ここで全く美奈や息子の茂のケアをしなければ、俺達は家族として持たないだろうという予感があった。
俺の読みでは美奈達は実家にいるので、ここで関係修復のポーズだけでも取っておかないと禍根かこんを残すだろうという考えもあった。

相場の合間に何度か電話をかけ、メッセージを定期的に送り続ける。
するとようやく家出をした翌々日になって返事が来た。

「実家にいます
 ご心配なく」

素っ気ないが安心はした。
俺も当たり障りのないメッセージを返しておいた。

「安心しました。
 何か家のもので必要なものがあったら言ってください。」

本当は必要なものがあれば持って行く、くらい書ければ良いのだろうがそうすると必然的に美奈の両親にも会うことになる。
まさか美奈は俺が茂の貯金を使い込んだと義父母には言っていないと思うが、そうだとすると会った際に俺に理由を聞いてくるのは確実で、想像するだけで気が滅入めいった。

この日の株式市場は朝のきから大幅に値を上げて始まった。
俺の少し前までの損切りラインだった20,300円を超えて始まったのだ。
現在、俺はCFDを60枚、平均19,000円で売っていたので、この時点の損失は800万円程になっていた。

一昨日、同期の石橋 順子は今のポジションを早く解消した方が良いと言っていた。
俺だってできるならそうしたい。
だが、ここで800万円を損切りしてしまえば資産の大半と家族の両方を失う。
それは、どうしてもできない相談だった。

俺は今更いまさらながら先日買ってきたテクニカル分析の本を読み始めた。
業務中ではあったがテレワークで上司や同僚の監視の目がないことを最大限に悪用していた。
生きるか死ぬかの瀬戸際で仕事を何食わぬ顔でしろというのも無理な話だろう。そう自分に言い聞かせ、自らの行動を正当化した。

テクニカル分析の本を読んでいるといくつか順子から教わった知識が出てきた。
グランビルの法則に移動平均線。
なるほどと感心する反面、こんな基礎的なことも知らずに株取引をしていたのかと今更ながら気付かされた。
俺はなんと愚かだったのだろうか。

本で紹介されている理論をひたすら現在の株価チャートに当てはめて理解を深めていく。
基本的に順子の言っていることは正しい。
だが、希望が0ではないことも見えてきた。

抵抗線という考え方がある。
移動平均線や直近ちょっきんの高値と高値を結んだ線を抵抗線と呼び、このラインに近づくとトレンドが反転することが多いというものだ。
この考え方を今の日経平均株価に当てはめてみる。
いろいろと検討したところ、俺の見立てでは75日移動平均線が抵抗線として機能しているようだ、という分析結果に至った。

75日移動平均線が示す日経平均株価は20,829円。
つまり、ここまでは株価が上がる可能性があるが、ここに近づけば反転して株価は下落するだろうという読みだ。
俺はCFDの証拠金残高画面を呼び出し、20,900円までならアラートは出るものの強制ロスカットされることはないことを確認した。

俺の理論が正しければ近日中に美奈と茂を迎えに行ける。
そうしたら、もうこんな大きなポジションを取ることは金輪際こんりんざい止めよう。
美奈と茂の為にもっと時間を使おう。
そう心に誓った。
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