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目を覚ましたらいつもと何かが違って、身じろいだら頭上から声がした。
「ラル……大丈夫?どこかおかしなところはないかな」
「クリス…? ぁの、」
パチパチと瞬きをして、ん? と考える。どうしてクリスの声がするんだろう。首を動かしてよくよく状況を理解するために周りを見る。
クリスの腕の中にいるらしい。そしてここはたぶんクリスの部屋だ。壁には見たことのあるものがあった。それから、時計の針が九時を少し過ぎた数字を指していて、平日だったか休日だったか、起きないといけないのかぐるぐる頭の中を駆け巡った。
「ゆっくりして大丈夫だよ。何ともなさそうだね。相変わらずラルの寝起きは無防備で、どうにかなりそうなほどかわいい」
指先で髪を梳かれ、額に唇が触れた。寝起きが弱い僕はまだ状況がよくわかっていない。二度寝してしまったのかな。何でクリスも一緒にいるのだろう。
もぞっと上掛けの中で動いたら、足には直接触れる寝具の感触がした。動かしてみると、やはり自分の肌で何も穿いていないことがわかる。
そこでようやく記憶が巻き戻って、寒さのあまり動けなくなっていた僕をクリスが助けてくれたのだと理解した。冷えた体を温めるため、同じ布団に入ってくれたのだ。クリスには温かい不思議な力がある。それを使ったのだろう。
「クリス、ありがとう……ごめん、迷惑かけて……」
「迷惑ではないけど心配はしたかな。部屋にいないし、あんなところで倒れていたら……焦るよ」
「ごめん……」
心配させてごめん。それから、話さなくてはいけないことがあるんだ。そのこともごめんねと言いたい。
「話は後にしよう。とりあえず風呂に入ってちゃんと温まろう。汚れも付いているしね」
「あ、うん」
上掛けを捲られそうになって慌てて掴んだ。シャツは着ているけど…って、これよく見たら自分のものではない。たぶんクリスのだ。それより、下は何も穿いていないから捲られると晒されてしまう。見られたからといってどうということはないが、でもやはり素足はどうかと思う。
そうしたら溺れてしまう可能性があるから一人にはできないよと、クリスも一緒に入ると言われた。いや、そんなことしなくても大丈夫だって伝えても聞き入れてもらえなかった。
あたふたしていたら、さっさと脱がされ運ばれてしまった。抵抗も照れている間もないほどの早さだ。
「クリス、あのっ…」
背中に感じる存在がどうしても気になる。当たり前のことではあるが二人共裸で、狭い湯船の中密着していた。向かい合って入れるほど広くはなく、だからといって一人が入らず待っていては風邪をひいてしまう。そうなると抱えられるように入るしかなかった。
意識すればするほど色々なことが気になってしまう。湯の温度だけではない熱で、顔が熱くなった。
「……ラルはどうしてあそこにいたのかな。聞いてもいい?」
核心を突いて問われる。誤魔化すつもりはないから、正直に話そうと思っていた。ただ、この状況で告げるのかと思うと少々躊躇う。せめて服を着てから話したかったが、問われている以上話さないわけにもいかない。
「図書室で本を見ていたんだ。そうしたら紙が挟まってて、メモみたいな言葉が書いてあって」
「うん」
「どうしてその言葉なんだろうって考えたら、恋花のヒントなんじゃないかって思えたんだよ」
「うん」
僕が話すことをただ聞いてくれた。この後、何を言われるかわからないけれどそれでも全部言おうと思っている。何をしようとしたのか、どうしてそうしてしまったのか、きっとクリスは全部を聞いてくれて、それでも僕の謝罪を受け入れてくれるのだと思う。そういう優しい人だから、僕も隠さず言いたい。
「今日朝日が昇るとき、あの木に咲くと思ったんだ。それで……待ってたんだけど、咲かなくて…僕っ、…クリスに、好きになってほしく、てっ」
堪えきれずに声が詰まってしまった。ちゃんと言いたかったのにどうしても涙が溢れてきた。それでも最後まで話して、謝りたかった。
「好きな人が、いるって…だから、本当はこんな、ことしちゃダメだって思って、謝ろうって……ぅ、っごめん。勝手に、クリスの気持ちをっごめんなさい……」
途切れ途切れになってしまったけど、言えてほっとして涙が止まらなかった。許してもらえないかもしれないけど、それでも謝りたかった。勝手なことをしてごめんって。それから、好きな気持ちは本当だということをわかってほしかった。
「ラル……いつも物静かで何事にも反応が薄い君が、必死になって泣いて、俺に告白してる自覚ある?」
「何言ってるのか、よくわからない…」
「そうだよね…自覚ないもんね」
のぼせちゃいそうだからとりあえず出ようか、って湯船から引き上げられ、粗方の水分を拭かれたらタオルに包まれ運ばれた。クリスには乾かす力もあったらしい。めそめそ泣いている僕は話せたことで安堵しているせいか、気が抜けてされるがままになっていた。
さっきと同じようにベットの中に二人で入った。服を着て話をすればいいんじゃないかと思うのに、僕を囲うようにしてクリスが見下ろしてくる。
「ひとつずつ確認しようか。ラルは恋花の話を信じて探しに行ったんだよね?」
「うん…今年は咲くってケヴィンが教えてくれた」
「そう…あの話はたまに生徒の間に出てくるらしいんだ。うちの兄さんたちも知っていたよ。卒業っていう物寂しさからくるんだろうね、別れは何となく心細いから」
額にかかる髪を指先で払われる。それから顔のラインに沿ってこめかみから耳へとなぞられた。くすぐったさに肩が持ち上がってしまうのに、指の動きは止まらずクリスはただ優しく微笑んでいた。
こんなに近くで見ることはなかったかもしれない。吸い込まれそうになる漆黒の瞳が煌めいていた。
指の動きはまるで慰めているようで、耳朶を擦る動作はしばらく続いた。
「本当は存在しないんだよ。だから誰も見たことはないし『幻の花』って呼ばれている」
「え、ない…の?」
「そう、どこにもない。『恋が叶う花があればいいのに』って話に誰かが付け加えて、三年に一度とか絶対恋が叶うと言い出した話で、実際は告白のきっかけを作る後付けなんだ」
まさかそれが真実だなんて思ってもいなかった。それじゃあ僕は存在しない花のことを信じて探して、勝手に咲かないと落胆していたということなのか。
「もし花を手に入れられなかったら、みんなどうすると思う?」
「諦めるか、告白する?」
「そうだよね、元々告げるつもりがないなら何も変わらない。でも花が手に入らなかったことで告白してみようと思うんじゃないかな」
「うん。僕もそうだった。探して見付からなくて、このまま何も言わないで卒業するより、ちゃんと言いたいと思ったよ」
クリスが僕の頬を両手で包んだ。その手の上から僕も手を重ねた。温かい。それからとても愛しい。
友人じゃなくてやっぱりクリスの隣に立ちたい。もしも可能性があるのなら、離れることを考えるより言葉を尽くせばよかった。どうして初めから伝えようとしなかったのだろう。
「好き……大好き、…僕を恋人にしてほしい」
「俺から言うつもりだったのに先を越されたな。周りは知ってたのに、…ラルには通じてなかったし」
ちゃんと言わないとダメだね、ってキスで塞がれて『全部ちょうだい。心も身体も、俺がもらうから』と、ちょっと恥ずかしい言葉と共に、好きだよって深く深く求められた。
『三年に一度だけ、手に入れると絶対に恋が叶う花が出現する』それは、恋を後押しするための魔法の言葉だった。
❀・*:.。.:*・゜❀
夕方、掠れた声で聞き忘れたことを尋ねてみた。
「あのメモは何だったんだろう。あまりにも書かれている言葉が重なっていたように思うけど」って見付けた紙のことを話した。でも結局よくわからなくて、たぶん本当にただ書き留めたメモだったんじゃないかってことになった。
「でも今のラルみたいだ。ほら、」
クリスの指先が僕に所々付いている朱印に触れていた。敏感になっている肌がふるっと震えてしまう。
「時間が経つと消えてしまう赤い印だし、俺にとってラルは光のように眩しくて、……かけがえのないたったひとつ、俺の良心だからね」と。
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