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本編
3.言い訳くらいは聞いてくれ
「⋯⋯おまえ、それどういうことだ?」
「いやあ。予防⋯⋯みたいな?」
翌週、月曜日のことだ。
一ノ瀬は俺の首元を見るなり目をつり上げ、手首を引っ掴んだ。そして有無を言わせず移動し、ひとけのない階段の踊り場へ来ると壁際へ押し付けらた。いわゆる壁ドンというやつだ。
顔が整っている上に怒気をはらんだ一ノ瀬の目は、そりゃもう、めちゃくちゃ怖かった。普段ここまで機嫌の悪さをあらわにしたことはない。思わず、俺は上目遣いの視線をそっと外してしまった。
無理だから。見てらんない。
「俺、言ったよな? お前と番になりたいって。なあ?」
「⋯⋯そう、だったかな。酔ってたし記憶があんまり⋯⋯ははっ」
「ははっ⋯⋯じゃねえだろ!」
視線を合わせられない。前置きも何もなく核心を突かれた。あまりの勢いに気圧される。
記憶がないどころかしっかりあるから、こうなっているわけで。
オメガだとしても俺だぞ。平々凡々。これまでチョーカーを着ける必要性を感じたことがなく、項を晒していた。
ところが、先日の一件である。
万が一、億が一。想像していなかった事態が俺にも起こり得ると経験した。
一ノ瀬はアルファで俺はオメガ。
そう、セックスすれば妊娠の可能性があるのだ。発情期を誘発されたら、番になってしまうかもしれないわけで。
「あの、さ」
一応言い訳くらいはするので聞いてほしい。俺なりに考えた。悩んだ結果、即行でチョーカーを着けるくらい慌てふためいて。
一ノ瀬はアルファである。それはもう優秀で見目もよく、存在感がある典型的な上位タイプ。友達としてならこれまでのように関われるが、恋愛感情込みの番となれば遠慮したい。なぜなら凡人を自覚している俺じゃ、一ノ瀬と釣り合わないからだ。
『え~ あの人が番?』
『運命が現れたから番を解除してくれ』 なんていう未来が容易に想像できる。
アルファには『運命』と呼ばれるオメガの存在が都市伝説的に信じられていた。本人の感情を凌駕するほどの本能だ。互いに惹かれ合い、どうすることもできないらしい。
もしも一ノ瀬の前に運命が現れたとしたら、俺が敵うわけがない。番ってから番解消を言い渡されるなんてまっぴらご免だ。だから、恋人になるつもりもなかった。
「一ノ瀬は将来有望なうちのエースだし」
「努力してるからな」
「イケメンでモテるだろ?」
「親からもらった顔に感謝はしてるが、周りの評価は俺が頼んでるわけじゃない」
「だから俺じゃなくて⋯⋯よくない? もっと他の⋯⋯」
そこまで俺が言うと、一ノ瀬に胸ぐらを掴まれた。
「ひっ⋯⋯!」
「──それ、本気で言ってんの?」
アルファににじり寄られたら、貧相な俺なんて敵うわけがない。威圧。無意識らしいが、息苦しいほどの威圧がもれていた。
それだけ俺の発言は一ノ瀬の反感を買ったということだ。怒らせたいわけじゃない。もちろん揉めたくもない。
俺は早々に白旗を揚げ、失言を謝ることにした。戦意喪失。意志が弱すぎる。
「ごめん⋯⋯」
一ノ瀬が怒るのも当然だ。番になりたいと言ってくれたのに、俺は別の誰かにしろと告げたのだ。番はオメガにとって一生を左右する大切な契約だが、アルファにとっても重要な関わりであることに変わりない。軽い言動じゃないだろう。
それを拒否したのだから、これは自分が悪かった。素直に非を認める。
言うにしても、やんわりオブラートに包んで遠回しに伝えれば、ここまで怒らせなかったか? そういうこと?
俺はぼんやりと内心で反省していた。
「わかった。お前、自覚してなさそうだし」
「自覚? なにそれ?」
威圧はなくなったが、一ノ瀬は俺の顎先を指で上向かせた。強制的に一ノ瀬と目が合う。しかも息がかかる距離だ。
うっわ! 近い近い近い。
何その勝利を確信したイケメンの悪い顔。似合いすぎる。惚れるからやめてほしい。
「俺の顔、好きだよな? しかも俺が嫌ってわけじゃないわけだし。堕とすに決まってる」
「いやあの⋯⋯あのっ、⋯⋯ぅ、ひっ」
どうすればいいのかしどろもどろ狼狽えているうちに、一ノ瀬は俺の額へ唇で触れた。もっとすごいことをしているというのに、それとはまた別なのだ。恥ずかしくて頭が沸きそうになる。
そんな俺の様子に一ノ瀬は口角を上げ、『赤くなりすぎ』と小さく笑って先に立ち去った。
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