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一ノ瀬 side
2.距離を詰める
入社から数ヶ月──
二葉とは所属部署が違うものの、関連する業務があることから顔を合わせる機会も多かった。外回りが主たる業務の俺とは対照的に、二葉は内勤だ。
同期の中には二葉以外にもオメガ男性はいるが、チラリと見えたうなじに番の存在が示されていた。同じように内勤であることから、オメガに対して本人の希望や配慮が最大限考慮される企業らしい。
第二性はデリケートかつプライベートな事情であり、他人がとやかく邪推するべきではない。万が一なにかに気づいたとしても触れていい事柄でもなかった。とはいえ、番であるアルファが就労について会社側と話し合いの場を設けたであろうことは想像に容易い。そうでなければ独占欲の強いアルファが、番を外へ出しはしないだろう。
オメガ女性もいるとのことだが姿は見えず、それとなく尋ねてみたところリモートワークなのだとか。納得しきりだ。
「笹野、メールの件よろしく。あと、A社とC社の過去データがほしいんだけど」
「お疲れ。A社とC社⋯⋯っと。一年分?」
「いや、比較したいから二年分あると助かる」
「二年分な、了解」
必要な参考資料を手に入れるべく、二葉のもとを訪れた。社内では切り替えの意味も込めて姓で呼ぶことにしているが、どうしたって口調は親しい者のそれで、くだけたやり取りになってしまう。
二葉のデスクの隣には、資料を広げるためのテーブルが置かれていた。いわゆる作業台だ。俺のように管理データの中から情報抽出を求める者がおり、既に準備された書類の束がいくつも置かれていた。
どれだけデータ化が進もうとこういうアナログ作業は必要で、膨大な量のデータ管理ができる人材は需要がある。二葉はその情報部に所属していた。
「あー、変な数値がまじってる⋯⋯ここをこうして、っと」
テーブルに備わっている椅子を引き、俺は腰をおろした。二葉へ頼んだ資料がアウトプットされるまでしばし待つ。
その間、二葉の横顔を不自然ではない程度に眺めた。パソコン画面をじっと見ながらキーボードをカタカタ打つ。真剣な眼差しだ。俺の視線には気づいていない。
本人は凡庸顔と思っているらしいが、よく見るとまつ毛は長いしタレ目で優しげ。いわゆる癒し系の面立ちをしている。本人が思うより、実は周りが見ている事実に気づいていない。
(この鈍さゆえ、なんだろうな)
入社してすぐの頃、人付き合いが苦手らしく、同期の集まりにもほとんど顔を出さなかった。そんな二葉をさり気なく誘い、まずは同期の一人として話しかけることにした。
そのうち研修や打ち合わせで顔を合わせるたび隣に座り、『へぇ、そういうの好きなんだ。たしか展示会やってるだろ? 行ってみないか?』なんていう雑談から遠回りな方法でプライベートでも会うようになった。
入社して数ヶ月も経てば、自然と能力の差がひらき始め、リーダー的存在は誰なのか認知される時期。自ら明かさなくとも俺はアルファだと気づかれる。羨望や嫉妬の感情を向けられるなか、ここで信頼関係の構築に動いたことで、同期は俺にとって強い味方となった。
別に威圧をかけたわけでも媚を売ったわけでもない。昔から付き合いが長くなりそうな相手は自然と嗅ぎ分けられた。反りが合わないようであれば、自然と距離ができるというものだ。
こうして俺が外回りで不在となっても、二葉に気を配ってくれる悪友ができたわけだ。
「もうちょい待ってな」
人付き合いが苦手な二葉をわざわざ同期会などに連れ出すのには理由がある。もちろん社内で孤立させないためではあるが、周りへの牽制の意味が大きい。
繰り返し二人でいる姿を見せることで、二葉の隣は誰が定位置なのか。大概の同期は察するようになった。
『笹野は一ノ瀬の番だから手を出すな』ということを。
資料を口実に二葉に近づいている社員の存在も把握している。オメガというバース性を抜きにしても、二葉の警戒心のなさは人を寄せやすい。癒し系の顔も相まって、いわゆる仕事疲れの息抜き相手とされていた。
やや抜けている性格も俺からすると愛しい気質だが、無自覚とはときに厄介である。牽制は常にかかせない。
「お待たせ。これでよさそう?」
「ああ、足りてる。サンキュー」
手渡された資料にサッと目をとおし、問題ないことを伝える。と、二葉の表情がふにゃっと和らいだ。
(そういう顔を無闇にするな)
依然として、二葉自身は俺のことを番だとは思っていない。あくまでベータとして接してくる。同期で同僚の一人という立場に徹していた。
けれど、抑制剤を服用していることでフェロモンを限りなく抑えているはずが、感情が揺れると香りが華やぐ。その変化を嗅ぎ分けられるのがどうやら俺のみとなれば、口元が緩むのも仕方がないだろう。
態度や言葉より、二葉の放つフェロモンのほうがよほど素直で雄弁で正直だ。
番として認識されていなくとも焦らずにいられる理由のひとつだが、好意の欠片を見せられれば本能が早く手に入れろといきり立つ。
「今日は外に昼飯行かないか? ここんとこ会議の準備なんかで出られなかったし」
「あー、そうだな。弁当続きだったかも。じゃあ下で待ち合わせるか」
「急がなくていいから」
「うん、待たせないように行くよ」
二葉の匂いがまた少し強くなった。
そのことに内心ほくそ笑み、俺は資料を手に自席へ戻った。
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