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一ノ瀬 side
3.好機は逃さず
自分は大抵のことに動じず、人並み以上の許容量があると思っていた。けれど、それらの多くはいくらでも替えの利く物事であったり、感情を揺さぶるほどではなかった──のだろう。
こと二葉に関しては、みっともないほど狭量になる。
二葉と仕事帰りに立ち寄った居酒屋。
テーブルを挟んで向かい合い、つまみを口にしながらいつものようにたわいもない話をしていた。
この頃には二葉にとって気を許せるポジションを掴んでいた。センシティブなバース性を明かされるくらいの信用を得ている。
「何でもかんでも言えば出てくると思わないでほしいんだよね。一日は二十四時間なの。俺の指は十本。できないこともあるっつーんだよ」
「まあ、無理はするなよ? 安請け合いして残業ばかり続いてもな。体壊すぞ」
今日はサシ飲みだ。二人だからこそ他では言えない愚痴も出てくる。見て見ぬふりのできない二葉だ。やってやれない量ではないのだろうが、急遽決まった会議や出張の対応が続けば疲労も蓄積していくというものだ。
「もちろん、休みはちゃんともらうわぁ」
「ならいいけど。息抜きするなら付き合うぞ」
「おー、サンキュ~」
その流れに乗り、体調を案じるフリをして、それとなく番う相手について尋ねた。二葉からアルファの気配を感じたことはないが、念の為、である。
「二葉は誰かと番うつもりはないのか?」
「んー⋯⋯やっぱりぃ、アルファとオメガは番うのが幸せ、って思われてるんかねぇ」
「まあ、それぞれの特性を考えればな。一緒にいるほうが生きやすいだろうとは思う」
二葉はそこまで酒に強いわけじゃない。普段と変わらない様子でジョッキ二杯を空けているが、この時点で実は既に酔っていた。ただ、呂律が回らないということもなく会話が成り立つから、酔っているようには見えない。
本人がこんな様子であるから、飲み会などの席では周りにもっと飲め、酒が足りてないだろ、と勧められる。
もちろん潰れた二葉を一人で帰すようなことはせず、自宅まで送り届ける役目は毎度俺が引き受けているが。
そして本日、三杯目。
どうやら一気に酔いが回ったらしい。二葉はぽやぽやした表情を浮かべ、口調もどこか舌足らずだ。
「特性ねぇ。発情期⋯⋯誰かに頼もうかなぁ」
「は?」
酒の影響でいつになく気が緩んでいるのか、二葉はアルファに頼る選択肢をあっさり口にした。オメガにとってアルファとのセックスは対処の側面がある。発情期の症状を緩和する目的であれば、他人から責められるいわれはない。
ただ、よりによって俺の前で別のアルファに抱かれる、だと?
見たこともない相手に嫉妬することになろうとは思いもしなかった。俺が未熟なのか、それともアルファは誰もがこういう性質なんだろうか。
無意識に出ていた自分の声は、低く濁った音をしていた。
「正直、楽だしさぁ。早く終わんのよ。たまにしんどいときあって、相手してもらうと楽でさぁ。そういうの考えたらさ、ずっとそばにいてもらえるし。番うのも悪くないよね~」
俺の気も知らず、二葉はのんきに話を続ける。まだ出会う前。それが過去の話だとしても、不愉快でしかない。
(気持ちを向けさせ、自覚させ、距離を詰め──なんて。ハッ。性に合わん)
待てばいいと思っていた。そばにいればいくらでもチャンスはあると。どうやらそれでは遅いようだ。
悠長に構えている場合ではない。二葉は俺に対して間違いなく情がある。垣間見える好意を充分に感じていた。頑なに友情を保とうとしているが、きっと、小さく息を吹きかければ愛情へ傾くだろう。均衡はささやかなきっかけで崩れる。
もしも無防備に晒されているあのうなじを誰かに噛まれてしまったら、二葉は手に入らないのだ。そこに気持ちがあろうとなかろうと、オメガは生涯に一度しか番うことができない。
(ああ、それなら⋯⋯)
もう待たなくていいだろう?
「──なるほど。わかった」
「んあ?」
二葉は酒に強くない。素直な性格ゆえ勧められたものを断れないことがわかっていて、『これもうまいらしいぞ』と勝手にアルコールを注文した。そうやって二葉の前へ出せば、促されるまま口にすると知りながら。
「ふぇ、いちのせぇ~」
案の定、目が潤み始め、顔も相当に赤くなる。判断力が鈍くなり力の抜けた二葉を抱え店を出た。それなりの身長があっても細身の体躯だ。大した労力を必要とせず、もたれかからせれば歩くことはできる。
「休もうな?」
「う? ん」
繁華街の裏道。忍んで建物へ入った。
ベットの上へ横たわらせ、二葉を休ませる。寝落ちる寸前で反応は期待できないが、一言ことわりを入れた。
「二葉⋯⋯抱くよ?」
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