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6話 傷跡
しおりを挟む風岡さんは優しく僕の手を引きながら寝室に連れていってくれた。今日、干したばかりのシーツは柔らかくてあたたかい。
「きらり君、怖かったらいって」
ベッドに押し倒された僕は、全てが久しぶりだった。でも、何もかも彰人とは違う。風岡さんは全てが優しい。息ができなくて苦しいキスじゃなくて甘くて気持ちいいキスは初めてだった。
「きらり君、かわいい」
「っ、」
風岡さんは僕のシャツに手をかけると1つずつボタンを外していく。上半身が顕になった僕は次の刺激を待っていたのになぜか風岡さんは触れてくれなかった。
しかし次に来たのは強い衝撃でも刺激でもなく温もりだった。何故か風岡さんは僕を強く抱き締めていた。僕に覆いかぶさって何かから守るように。引き止めるように。
「、風岡さん、?」
返事はない。けど顔を上げた風岡さんは涙を流していた。それは酷く苦しそうに。薄暗い室内でもそれはよく見えた。
「え、どうしたんですかっ、」
風岡さんから溢れた涙は僕の頬に落ちて伝う。
涙を拭ってあげても止まることなく僕の指の間を縫って落ちてくる。
風岡さんは優しく僕の胸、そしてお腹を撫でる。くすぐったくて、でもあたたかい。
「っ、痛く、ないの、?」
「え、」
「こんなに痣だらけでっ、!傷だらけで、!」
そこでやっと分かった。風岡さんは僕の痣を見て泣いているんだ。僕にとっては薄くなりすぎた痣はもう体の一部となっていた。
「全然痛くないです、、これでもすごく薄くなっちゃって」
「っ、」
きっと今残っている痣は死ぬまで残り続ける傷跡だ。
「風岡さん、この痣が消えるくらい強く、愛して」
「っ!」
そこでハッと何かに気づいたような顔をした風岡さんはまた僕を強く抱き締めると僕の首に顔を埋めた。
「風岡さん、?」
「俺は、、俺の愛し方できらり君を愛すよ、」
「風岡さんの、愛し方、、」
「朔斗。朔斗ってよんで」
「朔斗、さん」
「うん」
「さ、朔斗さんの愛し方、教えてください」
まるで何かが始まる合図みたいに僕の額にキスした朔斗さんはそこから頬、鼻、口にキスを落としていく。
それは首、胸元、お腹にも次々に落とされくすぐったくて思わず声が出る。
僕のペースに合わせてゆっくり時間をかけた朔斗さんの愛し方は、強く殴って跡の残る愛し方と違って物足りなさがあるけれど心地よくて涙が出た。
「っ、ごめんっ!痛かった、?」
「っちがくて、こんなの、、はじめてだから」
「そっか、」
ホッとしたように小さく笑った朔斗さんは少し熱を持った手で僕の頬を優しく撫でる。
朔斗さんは最後まで優しく僕を抱いた。ちょっと余裕のない朔斗さんは新鮮だった。
落ち着いた部屋のベッドで僕たちは目をつぶっていた。
「朔斗さん、、」
「ん?」
「僕の傷跡、きっともう消えないです」
「っ、」
「それで僕はいいと思ってます。完全に消えてしまったら僕は、、」
「、、、君にとってそれは、愛された証なんだね」
「、はい」
「でも、朔斗さんに上書きして欲しい。辛いんです、だんだん消えていくこれを見るのも」
「うん、」
「こわくないです、朔斗さんなら。だから、、」
(僕に傷跡を残してほしい、)
そう言葉に零さなくても朔斗さんは全てを理解したように僕の上にまたがった。
僕は予想される強い衝撃に目をつぶった。それなのにそれはいつまでもこなくてかわりにチクッと小さな刺激を感じた。感じたことのないそれに目を開けるとそこには小さく赤い証があった。何度も僕の体に唇を寄せ、次々に灯るそれは輝いて見えた。
「俺の愛した証は小さくてきっと数日で消えちゃうけど、消えたらまた付けるよ」
「っ、」
「時間はかかるかもしれない、けどいつか俺の愛し方を求めてくれたらうれしいな」
彰人と全く違う朔斗さんの愛し方は僕にとって闇の中から救い出してくれる〝きらり〟と輝く道標のようだと思った。
自分の家以外で朝を迎えるのは初めてだった。彰人が死んでから彰人に抱かれたベッドで眠り必ず彰人の夢を見た。もちろん、今日はその夢を見ることはなくなんだか物足りないような、でも少し安心した朝を迎えた。
服を着ていない僕の体には古い傷跡の上から朔斗さんの証が灯っている。
「夢じゃ、ないんだ」
久しぶりの愛された証に熱がこもっていく。
朔斗さんは既に仕事へ向かったらしく携帯にメッセージが来ていた。
〈おはよう、体は辛くないかな?〉
〈昨日言い忘れちゃったんだけど今日が終われば明日1日休みが取れそうなんだ。もし良ければどこか出かけない?〉
明日は日曜日で大学もない。課題も今日があれば余裕でおわる。久しぶりすぎる誰かとの予定に少し胸が踊った。
(こんな感覚、彰人から休日に映画に誘われたぶりだ)
〈おはようございます、大丈夫です。〉
〈僕もでかけたいです〉
そう返信して服を着ていつもの家事を始めた。
午後6時
家事を終え、一度家に戻ってきた僕はベッドに横になった。1日しか離れていないのにすごく懐かしく感じた。
──────────
“きらり、どこ行ってたの”
“え、どこって、、、あれ?どこだっけ”
“とぼけるなよ、男の匂い纏ってきたくせに”
“っ、!まって、!、ごめっ、やめて”
“愛してほしいんだろ?俺じゃ不満なわけ、?”
“ちがっ、、、。もっと、あいして”
“うん、きらりはやっぱり俺しかいないよ”
──────────
背中に伝う汗が気持ち悪くて目が覚めた。
時計を見れば午後9時を過ぎていて気付かぬうちに眠っていたらしい。
たしかに夢のはずなのに彰人に会えて嬉しいと思っている自分に嫌気がさした。
(僕は今、朔斗さんがいるじゃないか、)
最低な自分が嫌なのに、彰人を捨てきれない僕はやっぱりずるい人間だと思う。ここに来ればいつでも彰人に会えると体が覚えている。
その日の夜は眠れなかった。
変な時間に寝てしまったのもあるし、何より明日朔斗さんと出かけるのに彰人に浸るのも良くない気がしたのだ。
(朔斗さんに頼ってばかりじゃダメだ。自分も彰人のことを忘れられるように努力しないと)
自分の家の家事と少しの課題を終わらせても夜が明けるにはまだまだある。リビングのソファで横になると目をつぶって時間が過ぎるのを待った。
きっと眠った時間は1時間もない。
そんな短い睡眠時間にも君はやってくる。
ベッドを避けても追いかけてくる。
──────────
“ねぇー、きーらーりー”
“なに”
“なんかつめたいじゃん、”
“誰かさんのせいで体中痛いんだけど、?”
“でも、きらり好きじゃん、”
“痛いのは、すきじゃないよ”
“でもそれが俺の愛だもん、愛してる人にしかしないよ”
“っ、、”
“ふっ、うれしそう”
“っ、うるさいっ、!”
“ははっ、ごめんって、ゆるしてきらり”
“やだ、むり”
“じゃあさ、今週の日曜、映画でも行こうぜ”
“え、なんで、その日学校じゃないよ?”
“そんなこと知ってるっつーの。きらり、あの何とかっていう映画観たがってたじゃん”
“全然覚えてないじゃん”
“観たいってことは覚えてたでしょ。で、行かないの?”
“、、いく。”
“はははっ、うん。いこう”
──────────
目が覚めて体を起こすと、頭がズキズキと痛んだ。おまけに体も痛む。
(ソファで寝落ちしたんだ。ここでも彰人の夢か、、)
時計を見れば朔斗さんの集合時間まであと1時間で慌てて準備する。
集合場所まで30分かかることを考えると急いで準備しなければ間に合わない。久しぶりの休日の予定に何を着ていけばいいのか分からず余計に焦った。昨日、寝る前に着ていく服を考えるべきだったと反省しつつも、あまり手持ちの服もないのでダボッとしたTシャツとチノパンというアルバイトよりも楽な格好になってしまった。
(これしかないからしょうがない)
ここを出れば彰人はついてこない。
(僕は、朔斗さんの恋人だ。)
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