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10話 こんな日くらい
しおりを挟む全てを打ち明けた日から数ヶ月。
街はすっかりクリスマスに向けて寒さとともに準備をしている。あの日から時間が動き出した僕はやっと大学生らしい生活をしている。
まず、家事代行サービスのアルバイトはやめた。今は朔斗さんの恋人として家事をしながら半同棲している。たまに自分の家に荷物を取りに行ったり、掃除しに行ったりすることはあるがほとんどを朔斗さんの家で過ごした。またなにかアルバイトを始めようかと考えていたがお金には困っていないものの大学生活の集大成とも言える就活を全くやっていなかったため本格的に始めるためにも今はアルバイトはしていない。
変わらないことといえば、彰人のことは忘れることはできていない。でも、辛くて苦しいと思うことはあまり無くなった。たまに夢に出てきては、その頃を思い出して涙が溢れることがあってもとなりには必ず朔斗さんがいた。朔斗さんはいつでもぼくを抱きしめて大丈夫だ、と背中をさすってくれた。仕事で疲れているはずなのに朔斗さんはずっと幸せそうに笑ってくれた。僕も少しはきらりという名前に似合った生活ができているような気がした。
でももう少しであの日が近づいている。
その日は朝から雨が降っていた。既に冷たい空気がさらに冷たく肌を刺して痛い。僕はこの日、慣れないスーツを着て隣県の企業合同説明会に来ていた。就活生は皆同じくらいの年齢のはずなのに僕より大人っぽく見えてつい俯いてしまう。特に将来やりたいこともないので適当に見て回り、資料を貰って帰ることにした。あまり収穫のない割に心はすり減ったように思う。それに加えて大学と自分の家以外行くことがない僕の体はいつもより重く、1歩が短く感じる。
(今日は朔斗さんも遅くなるって言ってたし夜ご飯は買って帰ろうかな、、)
傘をさしながら夜ご飯のことを考えていた。変なことを考えないように。バイクの音がやけに耳に響いているきがした。
あまり来ない土地ということもあり地図アプリを開きながら駅に向かう。
なぜ道路の反対側を見たのか自分でも分からない。でも視界のほんと端の方に見慣れたスーツが映った気がしたのだ。ベージュカラーの洒落たスーツは最近僕がクリーニングに出したものだ。
「っ、朔斗さん、、」
朔斗さんの隣にはきらりと輝く綺麗な女性がいた。そして何より、朔斗さんの大きな腕に抱かれた子どもは楽しそうに朔斗さんの首に抱きついている。同じ傘の中で。
自分の首がしまったように息がしづらくなる。
雨足が強くなったようだ。たくさんの車が行き交う向こうに映るのは誰が見ても幸せな家族。
(結婚してた、、?それとももう離婚して、いや、それはない。あんなに仲良さそうに歩いているのに)
どんどん体が重くなっていく。
(あぁ、なんでこんな日に、、みんな僕を置いていくの)
その場から離れたくて重い体を動かすが上手く歩けているのか分からない。気づけばそのまま自分の家に帰ってきていた。まだ夕方のはずなのに冬の雨の日は真っ暗だった。
3年前の今日もこんな日だった。
この家から出たあと彰人は死んだ。
思い出したくない記憶と共に真新しい記憶が胸にくい込んで締め付けてくる。痛くて苦しい。息ができない。
この日の僕はあまりにも脆く崩れる。彰人が死んだと知ったときに出ることはなかった涙も今日ばかりは止まらない。久しぶりに手に入れた輝いた日々が火をつけた紙のように一瞬で燃え尽きていく。しんみりとした雨音しか聞こえない部屋は焦げ臭い苦い思い出だけが残っていた。
僕のスマホが揺れている。
しばらく寝ていたのか部屋の時計は22時を示している。
(今日くらい、彰人が来てくれてもいいじゃないか)
最近必要のなかった彰人の夢も今日ばかりは必要だったのに。
ぼやけた視界のままスマホを開けば画面は通知で埋まっていた。
〈きらり君今どこ?〉
〈今日出かけるっていってたよね?まだ帰ってないの?〉
〈不在着信〉
〈心配だから返信して〉
〈何かあった?〉
(何かあったかなんて、、自分が一番わかってるだろっ、)
そう言いたいのに言い出せない。あの光景が今でも頭に焼き付いている。あれは間違いなく朔斗さんだった。一瞬、お姉さんか妹か、なんて思ったけど朔斗さんは兄しかいないと言っていた。朔斗さんの年齢なら子どもがいたっておかしくないしもちろん結婚なんてしてない方が驚くほどのスペックの持ち主。
確かに僕とは結婚も子どもも無理だけど、それでも一緒にいてくれるものだと思っていた。全部僕の勘違いだったという訳だ。昨日、朔斗さんから愛された証は僕の身体中に残されているのに。
〈すみません、今日は自分の家に帰ります。〉
そう返信してスマホを閉じる。今日ばかりは許して欲しい。僕から彰人と朔斗さんを奪ったこの日くらいは、自分の家のベッドで2人の夢を見たいと、そう思った。
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