獣と魔女の名もなき日々

ななせ

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追いかける者、揺れる心

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「……はあ…」

小さな村の宿屋に身を寄せて二日。
私は、森から遠ざかるように歩き続けていた。

理由は自分でも、もうよくわからない。
ただ、誰ともすれ違わない道を選んで、目立たぬように身を潜めて。

新しい場所、新しい空気、誰も私を知らない世界。

そうすれば、きっと少しは楽になれると思っていた。

……なのに。

夜になれば思い出してしまう。

金色の瞳、低くてあたたかい声、黙って湯を差し出してくれたあの仕草。

「……会いたい、なんて」

口にした途端、胸がぎゅっと締めつけられた。

私は、自分が選んだ道に、たったいま足元から崩れていくような錯覚を覚えた。



その夜。

宿の扉が開く音に、私は本能的に魔力を巡らせた。

「……揚羽」

その声を聞いた瞬間、手が震えた。

視線を向けると、そこには、旅の埃をまといながらも真っ直ぐに立つフェイがいた。

「どうして……ここに……」

「お前を追ってきた。……当たり前だろ」

彼の声は少し掠れていた。
その姿からは、長い距離をかけてここまで来たことが、痛いほど伝わってくる。

「やめてよ……そんなふうに、追いかけてこないで」

「じゃあ、お前は俺に、背を向けて生きろって言うのか?」

「私は、あなたを守りたかっただけ――」

「……違う」

フェイは私の前に立ち、まっすぐに私を見た。

「お前は、俺を“信じてくれなかった”んだ。俺の気持ちも、選択も」

「それは……」

「それがいちばん、悔しかった。苦しかった」

彼の声が震える。

「俺は、お前のそばにいたいって、そう言ったんだ。生き方を選びたかったんだ。……それを、どうして奪った」

私は言葉を失った。

フェイの瞳は怒りに揺れていて、それでも奥に滲むのは――悲しみだった。

「ごめんなさい……」

やっとのことで絞り出した声。

私の唇から、ようやく素直な言葉が零れた。

「……私ね、本当は、あなたがいなくなった朝、泣いたの」

「……」

「契約を解いて、背中を見送って。誰にも言えないくらい、寂しかった。……恋しいって思った」

フェイの目が見開かれた。

私は彼から視線を逸らさず、そっと微笑んだ。

「あなたが好きよ。ずっと一緒にいたいって思ってた。……だけど、怖かったの。失うことが。大切に思うほどに、壊れてしまいそうで」

「揚羽……」

フェイは一歩、私のもとに近づいた。
私は逃げなかった。

彼の手が、そっと私の頬に触れる。

「……それでも、もう逃げないでほしい。俺は、ちゃんと“今”のお前を、好きになった」

私の胸に、熱い何かが溢れる。

「私も……今のあなたに、恋をしたの。強くて優しくて、まっすぐな人に」

気づけば、私は彼の胸に顔を預けていた。

鼓動が聞こえる。

それが、確かに“今”を生きるふたりの音だと、私は静かに思った。
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