獣と魔女の名もなき日々

ななせ

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この世界で、あなたと生きる

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季節が、ひとつ巡ろうとしていた。

あの再会から、もうすぐ一ヶ月。
私たちは、再び森に戻ってきた。
懐かしい小屋、乾いた薪の匂い、そして澄んだ空気が、すべての沈黙をほどいてくれる。

私はもう、迷わない。
この世界で、フェイと共に生きることを選んだから。

「帰ってきたんだな」

フェイが言った。

「ええ、ただいま」

小屋の鍵を開ける私の背中に、彼の大きな手がふわりと触れた。
それだけで、胸がほっと温かくなる。

どんな言葉よりも、その手のぬくもりが、私の選択が正しかったと教えてくれる。



森の暮らしは、以前と変わらなかった。

朝はハーブを摘み、昼は薬を煎じ、夜は焚き火を囲む。

けれど一つだけ、大きく変わったことがある。
それは、私の隣に、いつもフェイがいるということ。

彼は口数が少ないままだけれど、ときおり私の頭をぽんと撫でたり、苦手だった煮込み料理にチャレンジしたり、そんな小さな“愛しさ”をたくさん見せてくれた。

「フェイって、こう見えて不器用よね」

「……うるさい」

「ふふ、可愛いところもあるのね」

「それは……違う」

たまに、そうやって顔を真っ赤にするフェイが、私は大好きだった。

そして、自分も少しずつ変わってきたことに気づいていた。
人を信じること、心を預けること。
そうして、誰かと未来を描いてもいいのだと、思えるようになっていた。



「……戻りたいと思うか?」

ある夜、フェイがぽつりと尋ねた。

「日本に、ってこと?」

「……ああ」

私は一瞬だけ考えて、それから首を横に振った。

「不思議ね。あれだけ、何かが足りないと思っていた世界だったのに」

「……今は?」

「今は、何も足りないなんて思わない。……あなたがいるから」

月明かりに照らされた彼の横顔が、どこか安堵しているように見えた。

「もう、ひとりで眠る夜はない」

「もう、誰かのぬくもりを諦めなくていい」

そう思えることが、こんなにも心を強くしてくれるなんて、かつての私は知らなかった。

「この世界で、私は“魔女”として生きていく。そして、あなたと共に」

「……その言葉、ずっと信じる」

フェイが私の手をとる。

その手は、少しざらついていて、けれどとてもやさしくて――
確かな未来を、包んでいた。



風が吹いた。

森の奥から、どこか祝福のように小鳥の声が響く。

私は笑って、彼に言った。

「さあ、今日も薬草摘みに行きましょう。魔女と使い魔の朝は、早いのよ」

「……恋人、だろ」

「え?」

「……魔女と“恋人”の朝は、早いんだろ」

ふいに耳まで赤くなるフェイを見て、私はふっと吹き出した。

「そうね。じゃあ、あなたのために早起きしてあげる」

そして、私たちは並んで歩き出す。

この森で。
この空の下で。
ふたりの歩幅を合わせながら。

私が選んだ、この世界で。
――あなたと、生きていく。



おわり。
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