八咫烏 〜神になるか、人として戦うか〜

秀零

文字の大きさ
46 / 108

第45話 父と娘の、最期の約束

しおりを挟む
「──来ます!」

空気を切り裂く鋭い風と共に、結さんの剣が振り下ろされる。
私は飛び退ききれず、肩を斬られた。
布が裂け、熱い血が流れ落ちていく。

「っく……!」

それでも膝をつくわけにはいかなかった。
倒れれば、それで全てが終わってしまう気がしたから。
彼女の瞳には、何の迷いもなかった。
かつての柔らかな面影は消え、命令通りに敵を斬る、ただの“兵器”がそこにいた。

「天音っ!」

一鉄さんの怒声が飛ぶ。
私の前に立ち、彼女の剣を受け止める。
重い音が響き、結さんの剣と一鉄さんの拳がぶつかり合う。

「結……やめろ! 俺を見ろ!父ちゃんだ!!!」

その叫びに、返答はなかった。
刃が再び振るわれる。
一鉄さんの腕が裂け、血が飛ぶ。

「やめて……お願い……!」

私はその背に手を伸ばした。
彼と共に前へ進む。
一歩一歩、恐れず、傷だらけの身体で──結さんの元へ。

「結さん……大丈夫です……きっと助けます」

私の言葉に、結さんの動きが一瞬、鈍る。
剣の軌道がわずかに外れ、地面に火花が散った。

「私たちは、あなたを諦めない……!」

息が切れる。身体中が痛む。
それでも、私の心は一点に向かっていた。

「行きましょう!一鉄さん!!結さんはまだ生きてる!!
だから、私は……私達は信じたい。あなたの心が、まだここにあるって」

「天音……そうだな!結は生きてる!!」
私と一鉄さんは、結さんへ手を伸ばす⸺。
私は胸元の力に呼びかける。
(お願い……誰でもいい……何でもいい結さんを……救う力を!!私に頂戴!!!)

「結さん!」

結さんに、二人で触れた瞬間⸺。
何かがはじけた。
眩い光が、全身から溢れ出す。
それは温かく、優しく、でも圧倒的な力を伴って──

「これは……あたたかい……優しい光」

結さんの動きが止まる。
その瞳が、初めて揺れた。

「……あ……れ……?ここ……どこ……?」
それは、兵器としての声ではなかった。ただの、小さな少女の声だった。

「結! 結なのか……?」

一鉄さんが前に出る。
血だらけのその姿で、娘を抱きしめるようにして。

「パパ……?」

その一言で、一鉄さんの膝が崩れた。
彼女の小さな身体を抱きしめたまま、声を震わせる。

「やっと……やっと……会えた……」

「ごめんね……傷つけて、ごめんね……私……どうしてか、わからなかった……」

結さんの目に涙が浮かぶ。
その光が、ゆっくりと淡くなっていく。
結さんの、身体が少しずつ透けていく……。

「ねえ、パパ──私ね、来世でも、またパパの娘になるから」

「……え……?」

「だから……また会おうね。ちゃんと……パパのこと、見つけに行くから」

「……ああ……絶対だ……絶対、また会おうな……」

一鉄さんの頬を涙が伝う。
その腕の中、結さんの身体が淡い光に包まれ、やがて……ふわりと、天へ昇っていった。

その姿は、まるで天使のようだった。
静かに、優しく、空へ昇っていった。

私はその光を見送りながら、胸の奥に小さな痛みを抱えていた。
これは“救い”なのか、それとも“別れ”なのか。
でも確かに、彼女の魂は安らかだった。
それだけは──間違いなかった。

「結……ありがとう……またな……」
一鉄さんの声が……寂しくも、凛としていて父親としての言葉に、父を失った私にとって、それは未来を約束された奇跡のように見えた。──きっと、私にも……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

処理中です...