八咫烏 〜神になるか、人として戦うか〜

秀零

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第86話 闇に咲く刃

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光が収束し、視界が開けた瞬間――森の闇がざわめいた。
ざらついた風が頬をかすめる。枝葉が揺れるたび、黒い影が次々と形を成していく。

堕天使だ。
一体、二体……いや、数えるのも馬鹿らしいほどの群れ。
腐った羽音のようなざわめきが、耳を刺し、空気を圧迫していく。

「群れで来たか……!」
一鉄さんが拳を握りしめ、前へ出る。

「数は多いけど……数で押されるつもりはないわ」
桔梗さんが銃を構え、冷静に狙いを定める。

「天音ちゃん、周囲に気を配って。絶対にひとりで背負わないでくださいね」
千歳さんの声が柔らかく響く。
けれど、その言葉すら頭に届かない。

私は――刀を握る手に力を込める。
刃の冷たさが、掌の震えをわずかに鎮める。

(……考えるな。怖がるな。思い出すな。ただ、戦えばいい……)

影が一斉に襲いかかる。
息を呑む暇もなく、刃を振るう。肉を裂く感触、骨を断つ衝撃。
飛び散る黒い血が頬を濡らしても、構わなかった。

「八咫烏……【斬撃強化】」
声を吐き出しながら、ただ斬る。
視界の端に別の影が迫る。体が勝手に反応し、振り返りざまに斬り払う。

「天音ちゃん、右!」
千歳さんの声。
瞬間、足を滑らせるように踏み込み、刃を横薙ぎに走らせる。
悲鳴と共に影が霧散し、硝煙と血臭が入り混じった匂いが肺を焦がす。

(……いい、何も考えなくていい……)

脳裏に浮かぶ紫苑さんの目。拒絶の痛み。
先代最高神の声。囁き。
――全部、刀を振るうたびに遠ざかっていく。

「おらぁッ!!」
一鉄さんの拳が炸裂し、数体をまとめて吹き飛ばす。
「まだまだ来るぞ!気合い入れろ!!」

「わかってる」
桔梗さんが鋭く言い放ち、撃ち抜いた弾丸が闇を裂いた。

私は斬る。
斬って、斬って、ただ斬り続ける。
金属がぶつかり合う耳を震わす音、噛み合う牙の熱気。
そのすべてが血管を逆流するように心臓を叩き、体の奥を熱くさせる。

その鼓動が、なぜか――心地よかった。

(……そうだ、私は今、生きている……!)

だがその瞬間、森全体が震えるような気配が走った。
風が止まり、枝の軋む音すら消える。
一際大きな影が、群れの奥から姿を現す。

赤黒い翼を広げ、他の堕天使を従えるように立つその存在。

「大型堕天使だ!!」
一鉄さんの声に、空気が震えた。

私は血の匂いを胸いっぱいに吸い込み、刀を握り直す。
呼吸は荒い。腕は痺れている。
それでも――

(……戦っている間だけは、私でいられる……)

そう心の中で呟き、影の群れへと再び飛び込んだ。
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