三州の太守

芙伊 顕定

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【第三十一話】幕府滅亡

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 京の六波羅は完全に空白地帯になっていた。
 千早城を落ち延びてきた、楠木正成の攻勢は厳しく、摂津国での戦いは楠木方の勝利に終わっていた。
 摂津国には宇都宮公綱の軍勢300程度を派兵していたが、楠木勢に敗北したあとは野伏などに苦戦し、退却してきていた。
 さらに、播磨に派遣していた赤松則村が幕府に対して反旗を翻し、播磨国で挙兵。
 六波羅探題は赤松軍討伐のため佐々木時信らを派遣したが大敗し、京に敗走してきた。
 勢いにのる赤松軍は六波羅攻撃のため東上してきたのである。
 六波羅探題の南方探題・北条時益、北方探題・北条仲時は対応に苦慮していた。
「このままでは、鎌倉に援軍の派兵を要請しても間に合わぬぞ」
「うむ、楠木だけならまだしも、赤松まで寝返るとは‥、丹波におられる足利高氏どのにひとまず京に戻って防衛していただくようお願いするか‥」
「足利勢がきてくれれば、楠木・赤松勢など蹴散らしてくてよう」
「申し上げます!足利勢が京を目指し進軍中とのことです」
「おお!さすが高氏どの、これはありがたい!」
「足利勢が加勢してくれれば百人力じゃ。なんとか持ち堪えられるかもしれぬの」
 北条時益・仲時の両探題はひとまず胸を撫で下ろした。
 6月に入り、梅雨の雨が降り頻る季節となっていた。

 6月19日、足利勢の白地に二つ引両の旗が六波羅探題を囲み翻っていた。
「ど、ど、どういうことだ!まさか高氏め討幕側に寝返ったか!」
 北条仲時は叫んだ。
「こうしてはおられぬぞ、上皇様たちを奉じて脱出するしかあるまい」
 北条時益は急ぎ支度に取り掛かった。

 足利高氏は、冷静であった。
 すでに帰京していた帝に、六波羅制圧を報告し、逃げた両探題を追わせた。
 また、すぐに関東にいる新田義貞、九州にいる少弐貞経に使者を出し、それぞれの役割を果たすよう命じた。
 源頼朝が征夷大将軍に任じられてから約150年。
 自分を育ててくれた京や鎌倉の地。思い入れはたくさんある。
 新田義貞がうまくやれば、幕府は消滅する。
 この先どのような世の中になるのか、いやするのか、高氏にとっての理想の形はある程度頭の中に描いてきた。
 それは、自分が源氏の嫡流として武家の柱となり、日の本中の御家人を再度きちんと治め直すこと。朝廷には、後ろに控えていただき、国の舵取りの差配を武家に委ねること。
 それを帝が理解してくれるかどうか。
 高氏は帝の人柄や性格などはまだ知らない部分が多く、これからうまくやっていけるかどうかは正直未知数であると思っていた。

「帝は、わしのやり方に賛同してくれるかの、師直」
「殿、帝におかれましては、少々我が強いお方と伺っております。武家に政権を任せるかどうかわかりませぬな」
「やはり、師直もそう思うか。わしは、帝のことを人の噂でしか耳にしたことがないので何とも言えぬが、少なくとも帝の兄上さまであらせられた後二条帝は武家から朝廷に政権を取り戻すことをお望みであったと伺ったことがある。帝にもその意思がないとは言い切れぬな」
「朝廷は複雑でございます。帝は大覚寺統、帝が島流しされる前に幕府から三種の神器を取り上げられ、持明院統の帝が即位されておられます。そこをどう処理なされるのかなど、気になっている点はございます」
「ふむ、いずれにしても、いきなりわしが先頭に立って何かするということは無理であろうな。しばし帝の動向を窺いながら事を進めていくこととしよう」
「はっ、それがよろしいかと思われます」
「さて、鎌倉への援護に向かえるよう準備を怠るなよ」

 季節は7月に入り、半ばも過ぎると、鎌倉から吉報がやってきた。
 義貞は、高氏の嫡男千寿王をうまく使い兵を集め、小手指原、分倍河原において幕府軍本隊を苦戦しながらなんとか破り、鎌倉へ進撃。鉄壁の防御を誇る鎌倉を落とすのは困難かに思われたが、7月3日未明の干潮時刻を狙って、稲村ヶ崎を突破、由比ヶ浜における幕府軍との激戦を制し、翌4日には得宗・北条高時が自害、ついに幕府を滅亡させたとの報せであった。

「義貞め、一人で鎌倉を攻め滅ぼすとは、やりおるわ‥」
 高氏は新田義貞の実力は大いに買っていたので今回の役目を任せたのであるが、まさか自分が援護に行くこともなく一人で幕府を倒してしまうとは、と驚きが隠せなかった。
「恐ろしき男よ」
「左様にございますな‥」
「師直、義貞は、頼朝公の平家討伐の際の義経公のようじゃな」
「いずれ、排除せねばなりませぬか‥」
 高氏は師直のその言葉には答えなかった。
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