31 / 54
【第三十一話】幕府滅亡
しおりを挟む
京の六波羅は完全に空白地帯になっていた。
千早城を落ち延びてきた、楠木正成の攻勢は厳しく、摂津国での戦いは楠木方の勝利に終わっていた。
摂津国には宇都宮公綱の軍勢300程度を派兵していたが、楠木勢に敗北したあとは野伏などに苦戦し、退却してきていた。
さらに、播磨に派遣していた赤松則村が幕府に対して反旗を翻し、播磨国で挙兵。
六波羅探題は赤松軍討伐のため佐々木時信らを派遣したが大敗し、京に敗走してきた。
勢いにのる赤松軍は六波羅攻撃のため東上してきたのである。
六波羅探題の南方探題・北条時益、北方探題・北条仲時は対応に苦慮していた。
「このままでは、鎌倉に援軍の派兵を要請しても間に合わぬぞ」
「うむ、楠木だけならまだしも、赤松まで寝返るとは‥、丹波におられる足利高氏どのにひとまず京に戻って防衛していただくようお願いするか‥」
「足利勢がきてくれれば、楠木・赤松勢など蹴散らしてくてよう」
「申し上げます!足利勢が京を目指し進軍中とのことです」
「おお!さすが高氏どの、これはありがたい!」
「足利勢が加勢してくれれば百人力じゃ。なんとか持ち堪えられるかもしれぬの」
北条時益・仲時の両探題はひとまず胸を撫で下ろした。
6月に入り、梅雨の雨が降り頻る季節となっていた。
6月19日、足利勢の白地に二つ引両の旗が六波羅探題を囲み翻っていた。
「ど、ど、どういうことだ!まさか高氏め討幕側に寝返ったか!」
北条仲時は叫んだ。
「こうしてはおられぬぞ、上皇様たちを奉じて脱出するしかあるまい」
北条時益は急ぎ支度に取り掛かった。
足利高氏は、冷静であった。
すでに帰京していた帝に、六波羅制圧を報告し、逃げた両探題を追わせた。
また、すぐに関東にいる新田義貞、九州にいる少弐貞経に使者を出し、それぞれの役割を果たすよう命じた。
源頼朝が征夷大将軍に任じられてから約150年。
自分を育ててくれた京や鎌倉の地。思い入れはたくさんある。
新田義貞がうまくやれば、幕府は消滅する。
この先どのような世の中になるのか、いやするのか、高氏にとっての理想の形はある程度頭の中に描いてきた。
それは、自分が源氏の嫡流として武家の柱となり、日の本中の御家人を再度きちんと治め直すこと。朝廷には、後ろに控えていただき、国の舵取りの差配を武家に委ねること。
それを帝が理解してくれるかどうか。
高氏は帝の人柄や性格などはまだ知らない部分が多く、これからうまくやっていけるかどうかは正直未知数であると思っていた。
「帝は、わしのやり方に賛同してくれるかの、師直」
「殿、帝におかれましては、少々我が強いお方と伺っております。武家に政権を任せるかどうかわかりませぬな」
「やはり、師直もそう思うか。わしは、帝のことを人の噂でしか耳にしたことがないので何とも言えぬが、少なくとも帝の兄上さまであらせられた後二条帝は武家から朝廷に政権を取り戻すことをお望みであったと伺ったことがある。帝にもその意思がないとは言い切れぬな」
「朝廷は複雑でございます。帝は大覚寺統、帝が島流しされる前に幕府から三種の神器を取り上げられ、持明院統の帝が即位されておられます。そこをどう処理なされるのかなど、気になっている点はございます」
「ふむ、いずれにしても、いきなりわしが先頭に立って何かするということは無理であろうな。しばし帝の動向を窺いながら事を進めていくこととしよう」
「はっ、それがよろしいかと思われます」
「さて、鎌倉への援護に向かえるよう準備を怠るなよ」
季節は7月に入り、半ばも過ぎると、鎌倉から吉報がやってきた。
義貞は、高氏の嫡男千寿王をうまく使い兵を集め、小手指原、分倍河原において幕府軍本隊を苦戦しながらなんとか破り、鎌倉へ進撃。鉄壁の防御を誇る鎌倉を落とすのは困難かに思われたが、7月3日未明の干潮時刻を狙って、稲村ヶ崎を突破、由比ヶ浜における幕府軍との激戦を制し、翌4日には得宗・北条高時が自害、ついに幕府を滅亡させたとの報せであった。
「義貞め、一人で鎌倉を攻め滅ぼすとは、やりおるわ‥」
高氏は新田義貞の実力は大いに買っていたので今回の役目を任せたのであるが、まさか自分が援護に行くこともなく一人で幕府を倒してしまうとは、と驚きが隠せなかった。
「恐ろしき男よ」
「左様にございますな‥」
「師直、義貞は、頼朝公の平家討伐の際の義経公のようじゃな」
「いずれ、排除せねばなりませぬか‥」
高氏は師直のその言葉には答えなかった。
千早城を落ち延びてきた、楠木正成の攻勢は厳しく、摂津国での戦いは楠木方の勝利に終わっていた。
摂津国には宇都宮公綱の軍勢300程度を派兵していたが、楠木勢に敗北したあとは野伏などに苦戦し、退却してきていた。
さらに、播磨に派遣していた赤松則村が幕府に対して反旗を翻し、播磨国で挙兵。
六波羅探題は赤松軍討伐のため佐々木時信らを派遣したが大敗し、京に敗走してきた。
勢いにのる赤松軍は六波羅攻撃のため東上してきたのである。
六波羅探題の南方探題・北条時益、北方探題・北条仲時は対応に苦慮していた。
「このままでは、鎌倉に援軍の派兵を要請しても間に合わぬぞ」
「うむ、楠木だけならまだしも、赤松まで寝返るとは‥、丹波におられる足利高氏どのにひとまず京に戻って防衛していただくようお願いするか‥」
「足利勢がきてくれれば、楠木・赤松勢など蹴散らしてくてよう」
「申し上げます!足利勢が京を目指し進軍中とのことです」
「おお!さすが高氏どの、これはありがたい!」
「足利勢が加勢してくれれば百人力じゃ。なんとか持ち堪えられるかもしれぬの」
北条時益・仲時の両探題はひとまず胸を撫で下ろした。
6月に入り、梅雨の雨が降り頻る季節となっていた。
6月19日、足利勢の白地に二つ引両の旗が六波羅探題を囲み翻っていた。
「ど、ど、どういうことだ!まさか高氏め討幕側に寝返ったか!」
北条仲時は叫んだ。
「こうしてはおられぬぞ、上皇様たちを奉じて脱出するしかあるまい」
北条時益は急ぎ支度に取り掛かった。
足利高氏は、冷静であった。
すでに帰京していた帝に、六波羅制圧を報告し、逃げた両探題を追わせた。
また、すぐに関東にいる新田義貞、九州にいる少弐貞経に使者を出し、それぞれの役割を果たすよう命じた。
源頼朝が征夷大将軍に任じられてから約150年。
自分を育ててくれた京や鎌倉の地。思い入れはたくさんある。
新田義貞がうまくやれば、幕府は消滅する。
この先どのような世の中になるのか、いやするのか、高氏にとっての理想の形はある程度頭の中に描いてきた。
それは、自分が源氏の嫡流として武家の柱となり、日の本中の御家人を再度きちんと治め直すこと。朝廷には、後ろに控えていただき、国の舵取りの差配を武家に委ねること。
それを帝が理解してくれるかどうか。
高氏は帝の人柄や性格などはまだ知らない部分が多く、これからうまくやっていけるかどうかは正直未知数であると思っていた。
「帝は、わしのやり方に賛同してくれるかの、師直」
「殿、帝におかれましては、少々我が強いお方と伺っております。武家に政権を任せるかどうかわかりませぬな」
「やはり、師直もそう思うか。わしは、帝のことを人の噂でしか耳にしたことがないので何とも言えぬが、少なくとも帝の兄上さまであらせられた後二条帝は武家から朝廷に政権を取り戻すことをお望みであったと伺ったことがある。帝にもその意思がないとは言い切れぬな」
「朝廷は複雑でございます。帝は大覚寺統、帝が島流しされる前に幕府から三種の神器を取り上げられ、持明院統の帝が即位されておられます。そこをどう処理なされるのかなど、気になっている点はございます」
「ふむ、いずれにしても、いきなりわしが先頭に立って何かするということは無理であろうな。しばし帝の動向を窺いながら事を進めていくこととしよう」
「はっ、それがよろしいかと思われます」
「さて、鎌倉への援護に向かえるよう準備を怠るなよ」
季節は7月に入り、半ばも過ぎると、鎌倉から吉報がやってきた。
義貞は、高氏の嫡男千寿王をうまく使い兵を集め、小手指原、分倍河原において幕府軍本隊を苦戦しながらなんとか破り、鎌倉へ進撃。鉄壁の防御を誇る鎌倉を落とすのは困難かに思われたが、7月3日未明の干潮時刻を狙って、稲村ヶ崎を突破、由比ヶ浜における幕府軍との激戦を制し、翌4日には得宗・北条高時が自害、ついに幕府を滅亡させたとの報せであった。
「義貞め、一人で鎌倉を攻め滅ぼすとは、やりおるわ‥」
高氏は新田義貞の実力は大いに買っていたので今回の役目を任せたのであるが、まさか自分が援護に行くこともなく一人で幕府を倒してしまうとは、と驚きが隠せなかった。
「恐ろしき男よ」
「左様にございますな‥」
「師直、義貞は、頼朝公の平家討伐の際の義経公のようじゃな」
「いずれ、排除せねばなりませぬか‥」
高氏は師直のその言葉には答えなかった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】
naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。
舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。
結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。
失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。
やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。
男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。
これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。
静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。
全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる