三州の太守

芙伊 顕定

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【第三十話】大隅守護

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 元弘3年の6月も半ばを過ぎた頃、島津貞久の元に、帝からの綸旨が届いた。
 勅命により、幕府を討伐せよとの内容が書かれていた。
 その翌日には、足利高氏の側近・冨永助定が高氏の親書を携えて貞久の元に参上した。
「高氏さまの申されることには、帝の勅命に従い、討幕の兵を挙げていただきたいとのことにございます」
「ついに、この日がきたか。すぐに返書をしたためます故、冨永どのにおかれましてはごゆるりとお待ちください」

 貞久は、急いで家中の者を参集した。
「ついに、帝が再起された。高氏どのも幕府方から討幕方に寝返ったそうじゃ。帝は、わしを大隅守護職に任ずると言ってきておる。皆のものはいかに思うか」
 木牟礼城に残っている兄弟衆の中で最年長である島津時久が口を開いた。
「足利高氏どのにな、先の楠木勢との戦の際に大変お世話にんもした。また、帝におかれましては、元との戦いにおくう戦働きに対してなんの恩賞も出ておらんとこい、兄上の大隅守護職への補任も考えてくださっておられう。我ら島津のこっぉゆうとゆうとご理解されとうとおや考えもす」
「叔父上、左様でございますな。帝も高氏どのも島津のことをよく考えていてくださる。幕府とは大違いじゃ」
 川上頼久も時久に被せるように発言した。
「そもそも、我が島津家は、源頼朝公の血が流れとう由緒あう名門ほいならぁ。源氏の嫡流ほいならぁ足利高氏どのを助けうのは当然のこっほいならぁな」
 弟の島津資久も同調した。
 貞久は、目を閉じた。
 様々な思いが頭の中を駆け巡っていた。
 元との戦いで奮戦した祖父と父の姿は目に焼き付いて消えることはない。
 帝に即位される前の尊治親王に偶然お会いした時の信念に燃える目は忘れることができない。
 足利高氏の数々の言葉。思い返してみれば、この世を憂い、何とか変革をもたらしたいという強い決意に満ちた言葉が貞久の心を捉えて離さなかった。
 そして何より、我が島津家は、三州の太守であるべき家である。それを一部であるとはいえ帝はお認めになってくださっている。

「皆のものが言いたいことはよくわかった」
 貞久は目を開き重い口を開いた。
「我が島津は、帝と足利高氏どのに馳走する。倒すべきは北条得宗家である。今こそ島津の底力を見せる時ぞ」

「殿、ゆうとぞ申されもした。我々は殿のご意志に従おいもす。ここに集ったすっぱいのもんが同じ気持ちにござおいもす」
 酒匂久景が雄叫びを上げる。
 雄叫びはこだまとなって木牟礼城内に響き渡った。

 しばらくして、貞久は使者の冨永助定を呼び出した。
「我が島津は、帝と足利高氏どのにお味方致します。こちらに返書もしたためました故、何卒よしなにお伝えくだされ」
「はっ、畏まりましてございます。我が主にしかとお伝え致します。取り急ぎは、少弐どの、大友どのと連携し鎮西探題の攻略をお願い致したいとの主人の言葉にございました」
 冨永は返書を携え、軽やかな足取りで出立していった。

 貞久は、会議を散会すると、川上頼久だけ居残らせた。
「さて、頼久、これからが大変だぞ」
「はい、大隅守護に補任されたとはいえ、彼の国はこの130年近く北条得宗家一門が実効支配してきた国にございますれば、簡単にこちらの支配が及ぶとは考えられません」
「それよ。さすが、頼久。よく見ておるわ。して、いかにする」
「今回の大隅守護補任の沙汰は、北条の残党狩りを兼ねたものなのであろうと推察いたします。帝の采配というより、足利高氏どののしたたかな戦略なのだと思います。これを簡単に始末する方法はなく、少しずつ地道に支配権を拡大していくほかございませんな」
「さすが高氏どのというほかあるまい。我らの悲願と自らの利益を一致させた見事な采配であるな。我らとしては真剣にならざるを得ないわけであるしな」

 足利高氏という男、やはり、巨大な怪物であったわ。

 貞久は心の中で雄叫びをあげるほかなかった。
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