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【第四十話】決戦前夜
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多々良浜の戦いを勝利した尊氏は、京の都奪還に向けて博多を出発した。
途中、鞆の浦で都の光厳上皇から院宣を獲得し、官軍としての正当性も確保することができた。
「師直、やったぞ。上皇さまから院宣をいただくことができたぞ」
「やりましたな。これで我らは晴れて官軍ということになりました」
「これで集まって来る奴らが増えてくるぞ」
実際、西国の武士たちは、尊氏に院宣が下されたという噂を聞きつけ、次々とその傘下に加わってきたのである。
楠木正成は御所の尊治のもとを訪れていた。
「お上、先日の戦いで、足利尊氏の軍を完膚なきまでに叩きのめしました。しかし、尊氏の首を取ることはかないませんでした。尊氏は近日中に体制を立て直して次はもっと強大な敵として必ず我らの前に立ちはだかると思われます。今であればお上にとって有利な状況にござりますれば、尊氏との和睦をお考えになるべきかと存じます」
「正成よ、何をおそれることやある。其方らがおれば都の防備は万全じゃ。実際公家たちは和睦などとはおかしな話よと笑い飛ばしておるぞ」
「お上、失礼ながら、公家の方々は戦というものを知りません。尊氏は九州に逃れ必ず勢いをつけて京に攻め上ってくるはずです。その時になっては遅いのです」
「ならぬならぬ!この話はもう終わりじゃ!さがれい!」
正成は、それ以上何も言うことができず、帝の前をあとにした。
尊治は、新田義貞を総大将に任じ、尊氏追討の軍を西国へ派遣した。
義貞は、播磨国に到着すると、白旗城に籠城する尊氏方の赤松則村の軍に手こずっていた。日数を要するうちに、尊氏が多々良浜にて九州勢を打ち破ったことを知った。
「くっ、まずいな、こんなところで時間を空費しているうちに尊氏は体制を整えてしまうぞ」
尊氏が京を目指して東上を始めたという報せは義貞にも届いた。
「ここは一時撤退するぞ」
新田勢が撤退を始めると、それを待ち構えていた赤松勢が一気に攻め込んできた。義貞は、足利方へ寝返る者たちを大量に出しながら、5月13日にはなんとか兵庫まで兵を引き上げたが、陣容は一気にやせ細ってしまった。
新田勢撤退の情報は京にも伝わり、楠木正成は、再度尊治のもとを訪れた。
「お上、新田義貞どのが、赤松勢に敗れ兵庫まで引き上げてきたとのことです」
「うむ、その報告は受けておる」
「それがしに策がございます」
「申してみよ」
「尊氏軍を京に引き込み、それがしと新田どのとで尊氏軍を挟撃するのです。さすれば、一撃で彼らに大打撃を与えることが可能であるかと」
同席していた公家の坊門清忠が反論してきた。
「そのような策を取るということは、帝に何度も動座を願うことになります。それは如何にも体面が悪い。どこか都の外で戦いをすべきではないのか」
「しかし…」
「正成、もうよい。清忠の申す事もっともである。尊氏軍に入京させる前に其方らで食い止めよ」
「……はっ、かしこまりました」
5月16日、楠木正成は新田義貞の援軍として兵庫に出陣した。
5月24日、兵庫にて正成は義貞と合流した。
「新田どの、この度の戦、誠にご苦労様にございました」
「正成どの、面目次第もござらぬ。見事に負け申したわ」
「帝に、京にて最終決戦をされることを提案したのですが、公家の横やりで廃案になってしまいました」
「左様でございましたか。確かに京で我らが挟み撃ちすれば勝ち目が残っていたかもしれませんな」
「過ぎたことはしかたありません。現状の状態で最善の策を練るのみです」
義貞は深くため息をついた。
「それがしは、一体何を信じればよいのかわからなくなってしまいました。最も信頼して、兄のように慕っていた尊氏どのに裏切られ、まるで、糸の切れた凧のようにございます。もはや、なんのために戦っているのかすらわからなくなってしまいました。正成どの、それがしは最早、精も根も尽き果てましたわ」
「義貞どの…。それがしは、義貞どのはまだ戦うべきと存じます。それがしは幼きころ、帝にお会いして、このお方こそ世の中を変えてくれると信じて今日まで生きて参りました。帝はまだご存命です。そして、やる気に満ちておられる。義貞どのは信じるものがなくなってしまったのかもしれませんが、そのお力を我らにお貸いただけませんか」
「正成どの、ありがたきお言葉にございます。人間、誰かに必要とされているということは生きる糧となりますな。承知いたしました。微力ながらこの義貞、正成どのに馳走いたすとしよう」
「では、決戦の陣立てを決めるといたしましょうか」
5月25日午前8時、足利尊氏軍は海から湊川に到着し、新田・楠木連合軍と対峙した。一方、陸上からも足利直義を司令官とする陸上軍主力の大軍が西国街道を進行し接近しつつあった。
水軍を用意できなかった新田軍は、弟の脇屋義助を将に約5000人を経島に、大館氏明を将に約3000人を灯炉堂の南の浜にそれぞれ布陣させ、陸地からの敵に備えさせた。義貞自身は総大将として約10000人を率いて和田岬に布陣した。一方、楠木軍は他家の軍勢を入れず、700騎余りで湊川西の宿に布陣し、陸地からの敵に備えた。
義貞の布陣は南から上陸してくる足利軍の軍船に背を向けるばかりか、北に陣取っている脇屋義助と楠木正成が撃破されると東西南の三方向が海に面している和田岬が完全に足利軍に包囲され退路を塞がれてしまう形になっていた。いわゆる「背水の陣」を敷いたのである。
足利尊氏と新田義貞・楠木正成連合軍の決戦の火ぶたが切って落とされようとしていた。
途中、鞆の浦で都の光厳上皇から院宣を獲得し、官軍としての正当性も確保することができた。
「師直、やったぞ。上皇さまから院宣をいただくことができたぞ」
「やりましたな。これで我らは晴れて官軍ということになりました」
「これで集まって来る奴らが増えてくるぞ」
実際、西国の武士たちは、尊氏に院宣が下されたという噂を聞きつけ、次々とその傘下に加わってきたのである。
楠木正成は御所の尊治のもとを訪れていた。
「お上、先日の戦いで、足利尊氏の軍を完膚なきまでに叩きのめしました。しかし、尊氏の首を取ることはかないませんでした。尊氏は近日中に体制を立て直して次はもっと強大な敵として必ず我らの前に立ちはだかると思われます。今であればお上にとって有利な状況にござりますれば、尊氏との和睦をお考えになるべきかと存じます」
「正成よ、何をおそれることやある。其方らがおれば都の防備は万全じゃ。実際公家たちは和睦などとはおかしな話よと笑い飛ばしておるぞ」
「お上、失礼ながら、公家の方々は戦というものを知りません。尊氏は九州に逃れ必ず勢いをつけて京に攻め上ってくるはずです。その時になっては遅いのです」
「ならぬならぬ!この話はもう終わりじゃ!さがれい!」
正成は、それ以上何も言うことができず、帝の前をあとにした。
尊治は、新田義貞を総大将に任じ、尊氏追討の軍を西国へ派遣した。
義貞は、播磨国に到着すると、白旗城に籠城する尊氏方の赤松則村の軍に手こずっていた。日数を要するうちに、尊氏が多々良浜にて九州勢を打ち破ったことを知った。
「くっ、まずいな、こんなところで時間を空費しているうちに尊氏は体制を整えてしまうぞ」
尊氏が京を目指して東上を始めたという報せは義貞にも届いた。
「ここは一時撤退するぞ」
新田勢が撤退を始めると、それを待ち構えていた赤松勢が一気に攻め込んできた。義貞は、足利方へ寝返る者たちを大量に出しながら、5月13日にはなんとか兵庫まで兵を引き上げたが、陣容は一気にやせ細ってしまった。
新田勢撤退の情報は京にも伝わり、楠木正成は、再度尊治のもとを訪れた。
「お上、新田義貞どのが、赤松勢に敗れ兵庫まで引き上げてきたとのことです」
「うむ、その報告は受けておる」
「それがしに策がございます」
「申してみよ」
「尊氏軍を京に引き込み、それがしと新田どのとで尊氏軍を挟撃するのです。さすれば、一撃で彼らに大打撃を与えることが可能であるかと」
同席していた公家の坊門清忠が反論してきた。
「そのような策を取るということは、帝に何度も動座を願うことになります。それは如何にも体面が悪い。どこか都の外で戦いをすべきではないのか」
「しかし…」
「正成、もうよい。清忠の申す事もっともである。尊氏軍に入京させる前に其方らで食い止めよ」
「……はっ、かしこまりました」
5月16日、楠木正成は新田義貞の援軍として兵庫に出陣した。
5月24日、兵庫にて正成は義貞と合流した。
「新田どの、この度の戦、誠にご苦労様にございました」
「正成どの、面目次第もござらぬ。見事に負け申したわ」
「帝に、京にて最終決戦をされることを提案したのですが、公家の横やりで廃案になってしまいました」
「左様でございましたか。確かに京で我らが挟み撃ちすれば勝ち目が残っていたかもしれませんな」
「過ぎたことはしかたありません。現状の状態で最善の策を練るのみです」
義貞は深くため息をついた。
「それがしは、一体何を信じればよいのかわからなくなってしまいました。最も信頼して、兄のように慕っていた尊氏どのに裏切られ、まるで、糸の切れた凧のようにございます。もはや、なんのために戦っているのかすらわからなくなってしまいました。正成どの、それがしは最早、精も根も尽き果てましたわ」
「義貞どの…。それがしは、義貞どのはまだ戦うべきと存じます。それがしは幼きころ、帝にお会いして、このお方こそ世の中を変えてくれると信じて今日まで生きて参りました。帝はまだご存命です。そして、やる気に満ちておられる。義貞どのは信じるものがなくなってしまったのかもしれませんが、そのお力を我らにお貸いただけませんか」
「正成どの、ありがたきお言葉にございます。人間、誰かに必要とされているということは生きる糧となりますな。承知いたしました。微力ながらこの義貞、正成どのに馳走いたすとしよう」
「では、決戦の陣立てを決めるといたしましょうか」
5月25日午前8時、足利尊氏軍は海から湊川に到着し、新田・楠木連合軍と対峙した。一方、陸上からも足利直義を司令官とする陸上軍主力の大軍が西国街道を進行し接近しつつあった。
水軍を用意できなかった新田軍は、弟の脇屋義助を将に約5000人を経島に、大館氏明を将に約3000人を灯炉堂の南の浜にそれぞれ布陣させ、陸地からの敵に備えさせた。義貞自身は総大将として約10000人を率いて和田岬に布陣した。一方、楠木軍は他家の軍勢を入れず、700騎余りで湊川西の宿に布陣し、陸地からの敵に備えた。
義貞の布陣は南から上陸してくる足利軍の軍船に背を向けるばかりか、北に陣取っている脇屋義助と楠木正成が撃破されると東西南の三方向が海に面している和田岬が完全に足利軍に包囲され退路を塞がれてしまう形になっていた。いわゆる「背水の陣」を敷いたのである。
足利尊氏と新田義貞・楠木正成連合軍の決戦の火ぶたが切って落とされようとしていた。
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