三州の太守

芙伊 顕定

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【第三十九話】多々良浜

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 足利尊氏は魂が抜けたように茫然としていた。
 ここまで完膚なきまでに敗れたのは初めての経験であった。
「殿、完全に負けましたな」
 九州へ向かう船中で高師直が呟いた。
「ああ、さすがにここまで醜態をさらすとは考えていなかったぞ」
 尊氏は遠くに通り過ぎる島々を眺めながら精魂尽き果てたように溜息をついた。
「されど、殿、この間にやれるべきことがございます」
「ほう、それは何じゃ」
「帝の新政が始まってから帝に所領を没収された領主はあまたおります。それらの所領を旧主に返還することを命じるのです」
「師直よ、それはよい考えじゃの。彼らの支持を集められるぞ」
「さすが殿にございます。まさにそれが狙いでございます。どんな手を使ってでもこちらの与党を増やすのです」
「しかも、これから向かう九州は我が味方が多い地方であるからの。力を蓄えるにはもってこいじゃ」
「九州へ向かうことを進言したのは、赤松則村どのにございます。赤松どのはそのあたりの呼吸は心得ておられます故」
「わしはよき郎党に恵まれておるの。八幡さまに感謝せねばなるまいて」

 長門国赤間関に入ると九州の有力武将である少弐頼尚が出迎えた。
「尊氏さま、遠路はるばる九州までご苦労さまにございます。某は少弐貞経が嫡男で頼尚と申します。父・貞経はこちらに向かう途中、菊池武敏らに襲撃され戦死しました。父に代わり尊氏さまを歓迎いたします」
「おう、頼尚どの、鎮西探題討伐の折には見事な働きであったと聞いておりますぞ。父君については無念でございましたな。お悔み申し上げます。そのような折にここまでのお出迎え感謝いたします」
「ここから先は我らがご案内いたします故、ご安心くださいませ」
「貞経どのは亡くなられてしまったのか。無念にございます」
 その場に同席していた島津貞久が嘆いた。
「これは島津さま、京での戦、大変なものだったと伺っております。しばらくはこちらにてごゆるりとご養生ください。と申しましても、九州も帝方と尊氏さま方に分かれて激しい争いが続いておりますが……」

 船は赤間関を出ると、関門海峡を抜け、博多に入った。
「筑前宗像大社の宗像氏範にございます。尊氏さまにお味方いたしたくはせ参じました。よろしくお願いいたします」
「豊後の大友千代松丸にございます。先年父貞宗がなくなりまして、未だ元服もしておりませぬが家督を継ぎましてございます。今は兄の貞載の後見を受けてなんとかやっております。大友家も尊氏さまにお味方いたしたく参上いたしました。何卒よろしくお願いいたします」
「宗像どの、大友どの、かたじけのうございます。それがしにお味方いただだけるとのこと感謝してもしきれませんぞ。千代松丸どのはこの場で元服されてはいかがか?わしの「氏」の字を与える故、氏泰と名乗られてはいかがか」
「尊氏さま、ありがたき幸せにございます。今後は氏泰と名乗らせていただきます」
「早速ではございますが、我が宗像大社にご参拝され戦勝を祈願されてはいかがでしょうか。それがしがご案内仕ります」

 尊氏一行は宗像大社へ参拝し、戦勝祈願をした。
 しかし、すでに得ている情報では、帝方の勢力は菊池武敏・阿蘇惟直を中心に約2万の軍勢がすでに多々良浜に布陣してこちらを待ち構えているという。それに対してこちらの手勢は精々2千程度であった。
「師直、単純に人数だけ比較すれば、こちらはだいぶ劣勢のようじゃの」
「殿、ご安心くださいませ。あちら側は数だけは多いですが、ほとんどが烏合の衆です。誠に帝のお味方を言えるのは菊池勢と阿蘇勢のみにございますれば、こちらが積極的な戦法を取ればなだれ打ってこちらに寝返ってくると
 それがしは見ております」
「ふむ、それならば色々手を打ってみよう。皆の者、多々良浜に向けて出陣じゃ!」

 多々良浜に来てみると、師直の言う通り、敵方の大半が及び腰の軍に見えた。それに対して、足利勢は核になる尊氏親衛隊500騎と少弐・大友・宗像・島津勢の2000騎程度であるが、士気は明らかに高かった。
「少弐どのは第一陣、大友どのは第二陣、宗像どのは第三陣、島津どのは第四陣、最後はわしの親衛隊が後詰いたす故、正面から突撃して一気に切り崩しますぞ」
「かしこまりました」
 戦は、少弐勢の突撃から始まった。人数を頼みにしている帝方は明らかに動揺が走った。少弐の突撃が終わると間髪入れずに大友勢が突っ込む。
 この時点で、こちら側に寝返るものが続出していた。
 さらに宗像勢・島津勢が連続で突撃すると、完全に敵は浮足立っていた。
 そして、とどめの、足利尊氏親衛隊が崩れた帝方に突っ込むと帝方は完全に散り散りとなって各々勝手に逃げ出していた。
 尊氏は、こちら側に寝返ったものはそのまま吸収し、一気に戦力を増強した。
 多々良浜で尊氏方が大勝利したという報せは九州中を駆け巡り、九州ほぼ全域が尊氏の味方となり、続々と参陣するものが集まってくることになった。
「殿、やりましたな。菊池勢はまだまだ頑強に抵抗しそうですが、それ以外はほぼほぼこちらの味方につきましたぞ」
「師直、やはり戦は兵の質じゃな」
「左様ですな」
「しばらくこちらで体制を整えたのち、再び京奪還のため上洛するぞ」
「それがよろしいかと」
「九州の抑えには一色範氏と仁木義長を残そう」
「はっ」
「それと、日向のわしの所領が帝方に襲われておると聞いている。その抑えとして、畠山直顕と島津貞久を向かわせよう。貞久どのよろしいかな」
「かしこまりました。日向国はわが島津にとっても大切な国でございますれば、お言葉の通りにいたします」
「よろしく頼みましたぞ」

 足利尊氏は再び京へ、島津貞久は自らの分国へ下向することとなった。
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