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【第四十二話】大隅征伐
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島津貞久が薩摩に下向するとすぐに、足利尊氏から書状が届いた。
日向国の尊氏の所領や、尊氏の妻登子の所領が、大隅に拠点をおく肝付兼重に度々脅かされているため、肝付氏を攻撃してほしいというものであった。
肝付氏は古くから大隅国高山城を拠点とし、現在では日向高城付近まで勢力を伸ばしていた。
弟の新納時久も肝付氏の勢力伸長に悩まされており、度々書状を貞久に送ってきていた。
「肝付は厄介な相手じゃな」
貞久は息子二人を呼び出した。
まずは川上頼久に話しかけた。
「左様でございますな。大隅の反尊氏派はかなりの勢力を持っております」
「いかにすればよいかの」
貞久は嫡男の島津宗久にも問うた。
「肝付の勢力は南北に長く伸び切っております。そこを途中で分断するというのはいかがでしょうか」
「ほう」
宗久め、若い割によく全体が見えておるわい。
貞久は密かにほくそ笑んだ。
「宗久どの、それはよき考えかと思います」
頼久も感心したようだった。
「分断するとなると、どのあたりを攻めるのがよいかの」
貞久は若いものたちに考えさせるために敢えて問うた。
息子たちはしばらく絵図面を覗き込んでいたが、どうやら答えが出たようであった。
「大隅加瀬田城、この城は肝付勢力圏のまさにど真ん中にございます。ここに楔を打ちましょう」
宗久が答えた。頼久も大きく頷いている。
「二人の考えはよくわかった。ではその通りに致そう。直ちに出陣の準備に取り掛かるよう触れを出せ。今回は伊作にも援軍を要請しよう」
「はっ、畏まりました」
山門院木牟礼城を出陣したのは、桜が見事に咲き誇る季節であった。
貞久は途中、寄り道をするつもりがあった。
川内川を渡ったあたりで、酒匂久景の兄の忠胤を呼んだ。
「忠胤よ、この辺りは碇山というところであるが、このあたりに本拠地を移そうと考えておる。そちはここに残り、拠点を置くに相応しい場所を見繕ってもらいたい」
「かしこまいもした。殿は、いつぐらいまでに拠点を移したかとお考えですか」
「そうじゃの、この先3年ほどまでの間にと考えておる」
「左様でござおいもすか。じっくい吟味して、土地を見定めもす。お任せくいやんせませ」
「うむ、そなたは、縄張りにかけては家中随一の能力を持っておる。頼りにしておるぞ」
「はっ、かしこまいもした」
薩摩中で警戒せねばならないのは、この川内川流域に勢力の基盤をもつ、入来院氏ら渋谷一族である。
渋谷一族は反尊氏派であり、島津氏の薩摩支配にとって最も邪魔な存在であった。いずれはなんとかせねばならぬ相手ではあるが、今の所、こちら側が優勢であるため余計なちょっかいは出してこない。
しかし、島津の拠点をその喉元近くに置いておく必要性は感じていた。
鹿児島郡に入ると、錦江湾がキラキラと光っており、桜島が雄大な姿を見せている。
伊作宗久が軍勢を率いて合流してきた。
「貞久どの、ご無沙汰しておいもす。此度はよろしゅお願いしもす」
従兄弟の宗久は相変わらず元気そうであった。
「わざわざすまぬな。こちらこそよろしく頼むぞ」
「多々良浜の戦いの話は聞いておいもすぞ。島津勢もなかなかの活躍ぶいであったとか。薩摩ではいっとっ島津にちょっかい出してくう者はでてきもすまい」
「はっはっは、相手方の戦意の低さに救われたのよ。まあ大勝利であったことは間違いあるまいが」
錦江湾に沿って軍を進める。
大隅との国境を越え、丘陵地帯を内陸部に向かって進む。堂篭川という川があり、川沿いをさらに進んでいくと高さ50mほどの丘陵の上に加瀬田城はあった。
東西に伸びた尾根を巨大な堀で三つの曲輪に分割しており、一番東側の曲輪が主郭となっている。主郭には南に一段大きな曲輪があり、東端に虎口がある
貞久は、正攻法で攻めることを選択し、大手に陣を構えた。
敵方は500程の兵が籠っているようである。それに対して島津勢は3000程の兵力であった。
「立派な城にございますな」
島津宗久は目を輝かせながら、城のあちこちを観察している。自分の知識として様々なことを吸収するつもりなのであろう。
「宗久どの、敵は、本城の高山城もしくは高城からの援軍を必ず呼び寄せるでありましょう。それを叩くことができれば我が方の勝利はグッと近くなります。どちらから援軍がくるのか、それをまずは探ることですな」
頼久が諭すように宗久に話している。
「はっ、兄上、勉強になります」
「父上、どうやら城には兼重本人と甥の兼隆が籠っておる模様です。したがって援軍がくるとすれば高山城からではなく日向方面からかと思われます」
頼久が偵察部隊の報告をしてきた。
「そうか、日向方面は弟の時久に牽制してもらっている故、敵方の援軍の数も減らせようぞ」
「さすがは父上にございます。そこまで手を打たれておられるとは」
1ヶ月ほどが過ぎたが、日向方面から敵方の援軍が来る様子は見られなかった。時久だけでなく、畠山直顕の軍勢にも手こずっているのかもしれない。
「援軍が来る様子がなければ城方の戦意も下がっていよう。明朝、一気に攻めかかるぞ」
「はっ!」
明朝、号令と共に島津軍は大手木戸口、搦手、水手などから一斉に突撃を開始した。
櫓を焼き払い、曲輪に突入すると、敵はすでに戦意を失っていた。
一気に主郭まで攻め上ったが、肝付兼重・兼隆はすでに脱出したあとであった。
「勝鬨をあげよ!」
「えい、えい、おー!」
加瀬田城を島津のものとした効果は絶大であった。
数ヶ月後には畠山直顕が三俣院高城を攻略し、肝付兼重の勢力は一気に勢いを削がれたのである。
大隅国の大部分は島津方に靡き一旦は支配の安定化が図られ、貞久たちはそのまま京の足利尊氏を援護するため再び上洛するのであった。
日向国の尊氏の所領や、尊氏の妻登子の所領が、大隅に拠点をおく肝付兼重に度々脅かされているため、肝付氏を攻撃してほしいというものであった。
肝付氏は古くから大隅国高山城を拠点とし、現在では日向高城付近まで勢力を伸ばしていた。
弟の新納時久も肝付氏の勢力伸長に悩まされており、度々書状を貞久に送ってきていた。
「肝付は厄介な相手じゃな」
貞久は息子二人を呼び出した。
まずは川上頼久に話しかけた。
「左様でございますな。大隅の反尊氏派はかなりの勢力を持っております」
「いかにすればよいかの」
貞久は嫡男の島津宗久にも問うた。
「肝付の勢力は南北に長く伸び切っております。そこを途中で分断するというのはいかがでしょうか」
「ほう」
宗久め、若い割によく全体が見えておるわい。
貞久は密かにほくそ笑んだ。
「宗久どの、それはよき考えかと思います」
頼久も感心したようだった。
「分断するとなると、どのあたりを攻めるのがよいかの」
貞久は若いものたちに考えさせるために敢えて問うた。
息子たちはしばらく絵図面を覗き込んでいたが、どうやら答えが出たようであった。
「大隅加瀬田城、この城は肝付勢力圏のまさにど真ん中にございます。ここに楔を打ちましょう」
宗久が答えた。頼久も大きく頷いている。
「二人の考えはよくわかった。ではその通りに致そう。直ちに出陣の準備に取り掛かるよう触れを出せ。今回は伊作にも援軍を要請しよう」
「はっ、畏まりました」
山門院木牟礼城を出陣したのは、桜が見事に咲き誇る季節であった。
貞久は途中、寄り道をするつもりがあった。
川内川を渡ったあたりで、酒匂久景の兄の忠胤を呼んだ。
「忠胤よ、この辺りは碇山というところであるが、このあたりに本拠地を移そうと考えておる。そちはここに残り、拠点を置くに相応しい場所を見繕ってもらいたい」
「かしこまいもした。殿は、いつぐらいまでに拠点を移したかとお考えですか」
「そうじゃの、この先3年ほどまでの間にと考えておる」
「左様でござおいもすか。じっくい吟味して、土地を見定めもす。お任せくいやんせませ」
「うむ、そなたは、縄張りにかけては家中随一の能力を持っておる。頼りにしておるぞ」
「はっ、かしこまいもした」
薩摩中で警戒せねばならないのは、この川内川流域に勢力の基盤をもつ、入来院氏ら渋谷一族である。
渋谷一族は反尊氏派であり、島津氏の薩摩支配にとって最も邪魔な存在であった。いずれはなんとかせねばならぬ相手ではあるが、今の所、こちら側が優勢であるため余計なちょっかいは出してこない。
しかし、島津の拠点をその喉元近くに置いておく必要性は感じていた。
鹿児島郡に入ると、錦江湾がキラキラと光っており、桜島が雄大な姿を見せている。
伊作宗久が軍勢を率いて合流してきた。
「貞久どの、ご無沙汰しておいもす。此度はよろしゅお願いしもす」
従兄弟の宗久は相変わらず元気そうであった。
「わざわざすまぬな。こちらこそよろしく頼むぞ」
「多々良浜の戦いの話は聞いておいもすぞ。島津勢もなかなかの活躍ぶいであったとか。薩摩ではいっとっ島津にちょっかい出してくう者はでてきもすまい」
「はっはっは、相手方の戦意の低さに救われたのよ。まあ大勝利であったことは間違いあるまいが」
錦江湾に沿って軍を進める。
大隅との国境を越え、丘陵地帯を内陸部に向かって進む。堂篭川という川があり、川沿いをさらに進んでいくと高さ50mほどの丘陵の上に加瀬田城はあった。
東西に伸びた尾根を巨大な堀で三つの曲輪に分割しており、一番東側の曲輪が主郭となっている。主郭には南に一段大きな曲輪があり、東端に虎口がある
貞久は、正攻法で攻めることを選択し、大手に陣を構えた。
敵方は500程の兵が籠っているようである。それに対して島津勢は3000程の兵力であった。
「立派な城にございますな」
島津宗久は目を輝かせながら、城のあちこちを観察している。自分の知識として様々なことを吸収するつもりなのであろう。
「宗久どの、敵は、本城の高山城もしくは高城からの援軍を必ず呼び寄せるでありましょう。それを叩くことができれば我が方の勝利はグッと近くなります。どちらから援軍がくるのか、それをまずは探ることですな」
頼久が諭すように宗久に話している。
「はっ、兄上、勉強になります」
「父上、どうやら城には兼重本人と甥の兼隆が籠っておる模様です。したがって援軍がくるとすれば高山城からではなく日向方面からかと思われます」
頼久が偵察部隊の報告をしてきた。
「そうか、日向方面は弟の時久に牽制してもらっている故、敵方の援軍の数も減らせようぞ」
「さすがは父上にございます。そこまで手を打たれておられるとは」
1ヶ月ほどが過ぎたが、日向方面から敵方の援軍が来る様子は見られなかった。時久だけでなく、畠山直顕の軍勢にも手こずっているのかもしれない。
「援軍が来る様子がなければ城方の戦意も下がっていよう。明朝、一気に攻めかかるぞ」
「はっ!」
明朝、号令と共に島津軍は大手木戸口、搦手、水手などから一斉に突撃を開始した。
櫓を焼き払い、曲輪に突入すると、敵はすでに戦意を失っていた。
一気に主郭まで攻め上ったが、肝付兼重・兼隆はすでに脱出したあとであった。
「勝鬨をあげよ!」
「えい、えい、おー!」
加瀬田城を島津のものとした効果は絶大であった。
数ヶ月後には畠山直顕が三俣院高城を攻略し、肝付兼重の勢力は一気に勢いを削がれたのである。
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