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【第一話】二階崩れ
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豊後、府内館の一室で、大友義鎮は重臣の戸次鑑連と密談を交わしていた。
「若、近頃の入田親廉・親誠親子の増長ぶりには目に余るものがございます。お屋形さまは寵臣として入田親子を重用しているようですが、このままでは周防の大内に良いようにされてしまいます」
「うむ、わしもそれは気になっておる。わしの母は大内の出故、何かと情報があちらにもれている可能性もあると考えている。父上はお優しいお方故、その辺りは盲目になっておるのかもしれぬしな」
「入田親子は、若を廃嫡し、弟君の塩市丸さまを次の当主に目論んでいるとの話も聞いております」
「‥‥」
「現に入田親子の入れ知恵で、若を推していた、小左井大和守、斎藤長実らが密かに誅殺されております」
義鎮は鑑連の顔をまじまじと眺めた。
「我が方は、どうしようもないところまで追い詰められているということであるな?」
「左様にございます。事態は抜き差しならぬところまできております」
義鎮は、腕を組みじっと目を閉じた。
やらねばやられる。事態はそこまできていることがよくわかった。
しばらく目を閉じていた義鎮は、目を見開いた。
天文19年2月10日、津久見美作・田口鑑親が、府内館の母屋の二階で就寝していた、大友義鑑、塩市丸及びその生母を襲撃した。
「何者じゃ!」
義鑑が叫んだ。
「故あってお命頂戴いたす」
「くそっ、曲者じゃ、誰かおらぬか」
義鑑は枕元にあった太刀を手繰り寄せ必死に応戦したが、完全武装した津久見・田口には敵わなかった。
津久見の一太刀で義鑑は絶命し、塩市丸、その生母、娘2人も一撃で絶命した。
「よし、やったぞ」
「我らもいざ!」
津久見・田口の両名もその場で腹を切り壮絶な最期を遂げた。
「お屋形さまが、襲撃され絶命されたじゃと?」
その話を聞いた入田親子はその夜のうちに肥後の阿蘇惟豊を頼って逃亡した。
翌朝、義鎮と鑑連は事が完了したことを知った。
「お屋形さまは手傷を負ったが生きておられる。今後の領国経営について何か書き物をされているそうじゃ」
「賊は、義鎮さまのためを思って、思いが高じ過ぎ、暴走して犯行に及んでしまったそうじゃ」
鑑連は、以上の触れ込みを家中に触れて廻った。
決して、義鎮が図ったわけではない。
お屋形さまもご自分の死を覚悟されており、跡目は塩市丸さまが亡くなってしまった以上、義鎮さまに跡を継いでいただくしかないとお考えである。
大友家中の多くがその触れ込みで納得せざるを得なかった。
事件から2日後、跡目を義鎮に譲ると書き残した義鑑は亡くなったとされた。
鑑連は残った多くの家臣と共に、義鎮を擁立し、家督を継承させ、大友義鎮が大友家第21代当主となった。
「若、いえ、お屋形さま。われら家臣一同大友家のために誠心誠意働く所存にございます。何卒我らをお導きください」
家臣一同を評定の間に集めた鑑連は、家臣団を代表して義鎮に忠誠を誓った。
「うむ、わし一人では豊後・豊前の領国経営は立ち行かぬ。ここに集った皆々には大いに働いてもらい、わしを助けてほしい。今後も頼りにしておるぞ」
「はっ、我らにお任せくだされ」
その夜、義鎮は鑑連を自室に呼び寄せた。
「少し不自然だったかもしれぬが、なんとか大友家を家督することができた。これも全て鑑連のおかげじゃ」
「お屋形さま、今回の件での一番の収穫は入田親子を排除することができたことにございます。中には今回の事件について、不審に思っている連中もいるでしょう。しかし、こうでもしなければお屋形さまが大友家を家督できず、外圧によって滅び去るところでした。それがしは、大友家が生き残るためであれば何でもする覚悟にございます」
「うむ、当面は、対大内の問題であろう。大内の家老の陶隆房との間では密約はできておる。あとは、隆房がいつ事を起こすか時間の問題じゃ。その問題が片付けば対九州の問題に集中できるようになる。
一つ気がかりなのは、安芸の国人領主の毛利元就という男である。この男噂によると相当な切れ者のようじゃ。隆房が抗しきれるか見ものであるが」
「隆房どのであれば問題なく処理してくれるでしょう」
「わからぬぞ。思った通りに事が運ばぬのがこの世の慣いであるからの」
「さすがは我らがお屋形さまにございます」
「まあ、先々の心配をしても仕方あるまい。まずは目の前の問題を一つ一つ片付けてゆこうではないか」
「はっ、かしこまりました」
肥後に逃げ込んだ入田親子が阿蘇惟豊によって討ち取られたとの報が入ったのはそれからしばらくしてからであった。
翌天文20年、周防の守護大名大内義隆が家臣の陶隆房の謀反により敗走し自害した。
「お屋形さま、大内家臣・陶隆房より書状が参っております」
「うむ」
書状には、当初の密約通り、大内家新当主として、義鎮の実弟・晴英を迎えたいとの内容であった。
「すぐに返書を認める故、しばし待っておれ」
「はっ、かしこまりました」
義鎮は、自らの異見として、晴英を大内氏の祖琳聖太子伝説の故事に倣って船で周防多々良浜に上陸して山口の大内館入りを実行させたいとの内容の返書を認めた。
大友晴英は、大内家新当主となり、大内義長と名乗りを変えた。
大内家当主に大友家の人間が座ったことによる恩恵は大きかった。
それまで、長く続いてきた大内家との対立に終止符が打たれ、周防・長門国にも大友家の影響力を確保した。
北九州においては、大内家に服属する国人勢力が大友家にも服属することになり、さらに一番大きかったのは、筑前博多の支配権を得たことであった。
博多の支配権を得たことは大友家にとって多大な利益をもたらしたのである。
この年、ポルトガルからイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルが豊後にやってきた。
「ポルトガルとは随分遠くの国からやってきたものだな」
「私は、キリスト教の布教活動が目的ではるばるここまでやってきました。ただただ神の教えを広めたいという一心でございます」
「お主の隣の国のイスパニアは宗教を広めさらに植民地を拡大していると聞いておるぞ」
「ポルトガルはそのようなことは考えておりません。先ほど申し上げたとおり、ただただ神の教えを広めるために参りました。それ以上何も求めません」
「そうか、ではお主を信じることとしよう。この豊後での滞在を認めるぞ」
「ありがたきお言葉にございます」
「キリスト教とはどのような教えなのじゃ」
ザビエルは、キリスト教について義鎮に懇々と説いて聞かせた。
義鎮が将来洗礼を受けるきっかけともなった。
「鑑連、たまには遠乗りも気分が変わって良いものじゃな」
義鎮は鑑連と共に久々に府内城を出て遠乗りに出かけていた。
「お屋形さま、馬にも呼吸がございます。駆けさせすぎても馬は潰れてしまいますし、駆けさせなくても逆に馬は走らなくなってしまいます。その匙加減を覚えるのが難しいのです」
「人の心と一緒じゃのう。人の心は移ろいやすい。いかに繋ぎ止めておくかが難しいものじゃ」
「左様でございますな」
「わしは、先日キリストの教えと言うものを宣教師から聞いた。神の前ではみな平等だそうじゃ。王も民草も神の前では平等じゃと。今、この日の本は将軍の権威も地に落ち、世は乱れに乱れ切っておる。わしは、少なくとも我が大友の分国では民に貧しい思いをさせたくない。皆が笑って暮らせる世を作りたいのじゃ。そのためには戦乱の火種をどんどん摘み取っていかねばならぬ。民は飢え苦しんでいる。そのような者を一人でも少なくしていきたいと思っておる」
大友義鎮、齢22歳の若者は、大友家の当主として世に船出したばかりである。
彼の理想の世が来る日はあるのであろうか。
大友義鎮の挑戦が始まろうとしていた。
「若、近頃の入田親廉・親誠親子の増長ぶりには目に余るものがございます。お屋形さまは寵臣として入田親子を重用しているようですが、このままでは周防の大内に良いようにされてしまいます」
「うむ、わしもそれは気になっておる。わしの母は大内の出故、何かと情報があちらにもれている可能性もあると考えている。父上はお優しいお方故、その辺りは盲目になっておるのかもしれぬしな」
「入田親子は、若を廃嫡し、弟君の塩市丸さまを次の当主に目論んでいるとの話も聞いております」
「‥‥」
「現に入田親子の入れ知恵で、若を推していた、小左井大和守、斎藤長実らが密かに誅殺されております」
義鎮は鑑連の顔をまじまじと眺めた。
「我が方は、どうしようもないところまで追い詰められているということであるな?」
「左様にございます。事態は抜き差しならぬところまできております」
義鎮は、腕を組みじっと目を閉じた。
やらねばやられる。事態はそこまできていることがよくわかった。
しばらく目を閉じていた義鎮は、目を見開いた。
天文19年2月10日、津久見美作・田口鑑親が、府内館の母屋の二階で就寝していた、大友義鑑、塩市丸及びその生母を襲撃した。
「何者じゃ!」
義鑑が叫んだ。
「故あってお命頂戴いたす」
「くそっ、曲者じゃ、誰かおらぬか」
義鑑は枕元にあった太刀を手繰り寄せ必死に応戦したが、完全武装した津久見・田口には敵わなかった。
津久見の一太刀で義鑑は絶命し、塩市丸、その生母、娘2人も一撃で絶命した。
「よし、やったぞ」
「我らもいざ!」
津久見・田口の両名もその場で腹を切り壮絶な最期を遂げた。
「お屋形さまが、襲撃され絶命されたじゃと?」
その話を聞いた入田親子はその夜のうちに肥後の阿蘇惟豊を頼って逃亡した。
翌朝、義鎮と鑑連は事が完了したことを知った。
「お屋形さまは手傷を負ったが生きておられる。今後の領国経営について何か書き物をされているそうじゃ」
「賊は、義鎮さまのためを思って、思いが高じ過ぎ、暴走して犯行に及んでしまったそうじゃ」
鑑連は、以上の触れ込みを家中に触れて廻った。
決して、義鎮が図ったわけではない。
お屋形さまもご自分の死を覚悟されており、跡目は塩市丸さまが亡くなってしまった以上、義鎮さまに跡を継いでいただくしかないとお考えである。
大友家中の多くがその触れ込みで納得せざるを得なかった。
事件から2日後、跡目を義鎮に譲ると書き残した義鑑は亡くなったとされた。
鑑連は残った多くの家臣と共に、義鎮を擁立し、家督を継承させ、大友義鎮が大友家第21代当主となった。
「若、いえ、お屋形さま。われら家臣一同大友家のために誠心誠意働く所存にございます。何卒我らをお導きください」
家臣一同を評定の間に集めた鑑連は、家臣団を代表して義鎮に忠誠を誓った。
「うむ、わし一人では豊後・豊前の領国経営は立ち行かぬ。ここに集った皆々には大いに働いてもらい、わしを助けてほしい。今後も頼りにしておるぞ」
「はっ、我らにお任せくだされ」
その夜、義鎮は鑑連を自室に呼び寄せた。
「少し不自然だったかもしれぬが、なんとか大友家を家督することができた。これも全て鑑連のおかげじゃ」
「お屋形さま、今回の件での一番の収穫は入田親子を排除することができたことにございます。中には今回の事件について、不審に思っている連中もいるでしょう。しかし、こうでもしなければお屋形さまが大友家を家督できず、外圧によって滅び去るところでした。それがしは、大友家が生き残るためであれば何でもする覚悟にございます」
「うむ、当面は、対大内の問題であろう。大内の家老の陶隆房との間では密約はできておる。あとは、隆房がいつ事を起こすか時間の問題じゃ。その問題が片付けば対九州の問題に集中できるようになる。
一つ気がかりなのは、安芸の国人領主の毛利元就という男である。この男噂によると相当な切れ者のようじゃ。隆房が抗しきれるか見ものであるが」
「隆房どのであれば問題なく処理してくれるでしょう」
「わからぬぞ。思った通りに事が運ばぬのがこの世の慣いであるからの」
「さすがは我らがお屋形さまにございます」
「まあ、先々の心配をしても仕方あるまい。まずは目の前の問題を一つ一つ片付けてゆこうではないか」
「はっ、かしこまりました」
肥後に逃げ込んだ入田親子が阿蘇惟豊によって討ち取られたとの報が入ったのはそれからしばらくしてからであった。
翌天文20年、周防の守護大名大内義隆が家臣の陶隆房の謀反により敗走し自害した。
「お屋形さま、大内家臣・陶隆房より書状が参っております」
「うむ」
書状には、当初の密約通り、大内家新当主として、義鎮の実弟・晴英を迎えたいとの内容であった。
「すぐに返書を認める故、しばし待っておれ」
「はっ、かしこまりました」
義鎮は、自らの異見として、晴英を大内氏の祖琳聖太子伝説の故事に倣って船で周防多々良浜に上陸して山口の大内館入りを実行させたいとの内容の返書を認めた。
大友晴英は、大内家新当主となり、大内義長と名乗りを変えた。
大内家当主に大友家の人間が座ったことによる恩恵は大きかった。
それまで、長く続いてきた大内家との対立に終止符が打たれ、周防・長門国にも大友家の影響力を確保した。
北九州においては、大内家に服属する国人勢力が大友家にも服属することになり、さらに一番大きかったのは、筑前博多の支配権を得たことであった。
博多の支配権を得たことは大友家にとって多大な利益をもたらしたのである。
この年、ポルトガルからイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルが豊後にやってきた。
「ポルトガルとは随分遠くの国からやってきたものだな」
「私は、キリスト教の布教活動が目的ではるばるここまでやってきました。ただただ神の教えを広めたいという一心でございます」
「お主の隣の国のイスパニアは宗教を広めさらに植民地を拡大していると聞いておるぞ」
「ポルトガルはそのようなことは考えておりません。先ほど申し上げたとおり、ただただ神の教えを広めるために参りました。それ以上何も求めません」
「そうか、ではお主を信じることとしよう。この豊後での滞在を認めるぞ」
「ありがたきお言葉にございます」
「キリスト教とはどのような教えなのじゃ」
ザビエルは、キリスト教について義鎮に懇々と説いて聞かせた。
義鎮が将来洗礼を受けるきっかけともなった。
「鑑連、たまには遠乗りも気分が変わって良いものじゃな」
義鎮は鑑連と共に久々に府内城を出て遠乗りに出かけていた。
「お屋形さま、馬にも呼吸がございます。駆けさせすぎても馬は潰れてしまいますし、駆けさせなくても逆に馬は走らなくなってしまいます。その匙加減を覚えるのが難しいのです」
「人の心と一緒じゃのう。人の心は移ろいやすい。いかに繋ぎ止めておくかが難しいものじゃ」
「左様でございますな」
「わしは、先日キリストの教えと言うものを宣教師から聞いた。神の前ではみな平等だそうじゃ。王も民草も神の前では平等じゃと。今、この日の本は将軍の権威も地に落ち、世は乱れに乱れ切っておる。わしは、少なくとも我が大友の分国では民に貧しい思いをさせたくない。皆が笑って暮らせる世を作りたいのじゃ。そのためには戦乱の火種をどんどん摘み取っていかねばならぬ。民は飢え苦しんでいる。そのような者を一人でも少なくしていきたいと思っておる」
大友義鎮、齢22歳の若者は、大友家の当主として世に船出したばかりである。
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