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【第七話】下剋上
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龍造寺隆信は佐嘉を奪還すると、肥前全域にその支配領域を広げるため、活発に活動を開始した。
最初の目標としたのは、旧主君でもある少弐氏である。
百武賢兼は、隆信の動きに追従するため、兵の鍛錬を行っていた。
「新十郎よ、兵の鍛錬は遊びではないぞ。わしの鍛錬に耐えられなければ、戦場では真っ先に死ぬことになろう。おぬしもそのつもりで兵を見極めよ。向いてない者は容赦なく外せ。そして農耕作業に戻らせろ」
「賢兼さま、兵は殿の大切な戦力です。それがしの判断でそのようなことをしてよろしいのですか」
成松信勝は不安げに賢兼に疑問を投げかけた。
「構わぬ。戦場で役に立つ兵に仕上げるのが我らの務めじゃ。鍛錬にも耐えられぬ奴はいらぬ」
入ってきたばかりの兵の多くが、賢兼の初日の鍛錬で音をあげる。中には死ぬものも出る。
しかし、それを2日3日と続けていくと、だんだんとその人数が減っていく。10日もすれば、生き残ったものは立派な兵となって、賢兼の鍛錬についてくるようになる。
そのくらい、ぎりぎりの鍛錬を続けているのだった。
信勝も、賢兼の鍛錬についていくうちに、兵の呼吸というものがすこしづつわかってきた。
締め上げすぎてもだめで、かと言って緩めすぎるのもよくない。そのさじ加減が難しいのであるが、だんだんとわかるようになってきた。
「新十郎よ、おぬしも、戦が始まれば一軍の将となって兵卒の命を預かる身となる。実際の戦場でいかに兵卒の損耗を避けるかを考えながら、日々の調練に臨むがよい」
賢兼にはそういわれるが、実戦の経験がないため、いまいちピンとこない部分の方が多かった。
ある日、東肥前の国人の1人を攻めることになった。
信勝にとっては初陣であった。
敵兵が展開する戦場までくると、不思議と気持ちが高揚してきた。
そして、敵方の士気の低さ、味方の兵の士気の高さが手に取るように見えるようであった。
仕掛けてきたのは、敵方からであった。
敵方の兵は明らかに士気が低く、信勝が最前線に出て槍を振い4.5人がなぎ倒されるのを見るとすでに及び腰になっているのが良くわかった。
その刹那、敵の横腹を賢兼の隊が思い切り突撃した。
敵方は大混乱に陥り、一気に崩れていくのが見えた。
「追え!追え!一人も逃すでないぞ!」
信勝は叫んでいた。
敵の大将らしき旗印が大きく揺れながら後退していくのが見えた。
賢兼の部隊は敵大将の逃亡を許さなかった。
大きく敵方の背後に廻りこみ、信勝の軍と共に挟撃したのである。
「敵将、討ち取ったり!」
遠くで叫ぶ声が聞こえた。
この間、龍造寺隆信の本隊が動くことはなかった。
「賢兼、信勝、見事であったぞ」
隆信は二人を大いに賞賛した。
信勝は戦が終わったのを知って、初めて足が震えているのを感じた。
これが戦か。
今回は、敵の士気も低く、格下の相手であったが、これが、力が互角の相手であったらどうなってしまうのであろう。
大友家の勇将、戸次道雪、それは激しい戦をすると聞いている。
島津家の島津義弘は、鬼のような戦をするとも聞いている。
まだまだ調練は足りない。もっともっと兵を鍛えぬかねばと、一戦経験してその意識が新たに芽生えた。
賢兼もきっと、来るべき本当の強さを持った敵との戦いを想定して、厳しい調練を重ねているのだ。
信勝は、戦の恐ろしさがわかったような気がした。
肥前には、龍造寺家の元主君であった少弐冬尚がいる。
少弐氏は鎌倉時代から続く名門で、北九州の大大名であった。
しかし、戦国時代に入ると、冬尚の父資元は、大内氏からの激しい侵攻を受け、元々は筑後が本拠地であったものを、肥前に後退せざるを得ないほどとなっていた。
大内氏も、九州ばかりに注視しているわけにもいかず、出雲の尼子氏との抗争に突入したりして、資元はその隙をつき一時は勢力を回復したりしたが、家臣であった龍造寺隆信の父家兼が台頭し謀反を起こしたため、次第に勢力は衰退してゆく。
少弐資元は大内氏の侵攻に耐えられなくなり、遂に大内義隆に降伏した。しかし、義隆に欺かれ、資元は自害を余儀なくされ、少弐氏は一時滅亡した。
少弐冬尚は、少弐氏当主の座につき、少弐氏を再興したが、龍造寺の謀反に対しては、家臣の馬場頼周に龍造寺討伐を委ね実権をなくしてゆく。
龍造寺家兼の子、隆信も独立の意思を鮮明にし、ついに全面対決へと発展してゆくのである。
「少弐を倒さねば、東肥前での龍造寺家の支配権が確立せぬ。元主君とはいえこれはなんとしても倒さねばならぬ相手じゃ」
隆信は直茂と話をしていた。
「殿、左様にございます。肥前一統はまずは龍造寺家の目指すべき第一段階の目標です。先ごろ、豊後の大友義鎮が肥前守護に任命されたと聞いております。大友が本気を出して肥前攻略に乗り込んでくる前にこちらも力を蓄えねばなりません。これは時間との勝負です」
「大友義鎮か……。強敵じゃのう。家臣の戸次道雪などは鬼のような男だと聞いておるぞ」
「大友は、大内とは友好関係にあり、豊後・豊前・筑前を完全に抑え、その周辺にも影響力を及ぼし始めています。現段階でいきなり肥前に攻め込んでくることは考えにくいですが、殿が肥前で力を持ち始めれば必ず大友も攻め込んで参りましょう。そのための備えは必要と存じます」
「そうじゃの。まずは、肥前をなんとかすることが、わしの務めじゃ。準備が整い次第、少弐冬尚を攻めるぞ」
「ははっ、かしこまりました」
永禄2年、龍造寺隆信はかつての主君、少弐冬尚が籠る勢福寺城を攻めた。
勢福寺城は三方を山に囲まれ、南側が開けた筑後平野となっている城である。
南側に兵を集中配備して攻め込むしかなさそうであった。
「直茂、なかなか守りが堅そうな城じゃな」
隆信は勢福寺城の南側に陣を張り、軍議の席で言った。
「城自体は確かにその通りですな」
「しかし、殿、敵の戦意はあまり高くないように見受けられますが」
円城寺信胤が言った。
「そうですのう。最早、追いつめられたねずみと一緒ですな」
江里口信常も楽観的なことを言っている。
「方々、油断は禁物ですぞ。窮鼠猫を噛むということもあります。ねずみを倒すにも、油断なく全力を尽くすことこそ肝要かと存じます」
百武賢兼が皆を戒めるように進言した。
「賢兼どのの申す通りでございます。各々方、油断は何より禁物でございますぞ。先陣は賢兼どの、第二陣は信勝どの、第三陣は信胤どの、第四陣は信常どの、第五陣はそれがしが務めますゆえ、波状攻撃で一気に敵城門を突破したいと思います」
直茂が作戦の概要を説明した。
賢兼と直茂の言葉に、信胤も信常もはっとしたようであった。
これはよい傾向である、と隆信は一人ほくそ笑んだ。
戦闘が始まると、敵の戦意はやはり低かった。
あっという間に、大手門を突破され、三の丸、二の丸、と龍造寺軍の侵攻を許した。
「少弐冬尚は生け捕りにせよ」
隆信は麾下の将兵に厳命していた。
戦闘が始まって四半刻もすると、城内は完全に制圧したようであった。
しばらくすると、縄目を受けた少弐冬尚が隆信の前に連れてこられた。
「冬尚どの、大変ご無沙汰しておりました。お元気にされておりましたか」
「隆信!この裏切り者が。今更何を申すか。早う首を刎ねよ」
「それがしも、それがしの父も少弐家ではこの戦国の世を生き残ることは難しいと考えただけにございます。残念ながら、力を持つものが生き残ってゆく時代なのです」
「おのれの諫言など今更聞きとうないわ。早う首を刎ねよ」
「冬尚どの、かつての主君に対して礼節だけは尽くしたいと思います。首を刎ねるのはあまりに無残でございます。切腹の場を整えますので、武士として潔い最期をお迎えください」
「何でもよいわ!其方の顔などもう見とうないわ」
少弐冬尚は切腹して果てた。
鎌倉時代から続いた名門大名はここに完全に滅亡したのであった。
最初の目標としたのは、旧主君でもある少弐氏である。
百武賢兼は、隆信の動きに追従するため、兵の鍛錬を行っていた。
「新十郎よ、兵の鍛錬は遊びではないぞ。わしの鍛錬に耐えられなければ、戦場では真っ先に死ぬことになろう。おぬしもそのつもりで兵を見極めよ。向いてない者は容赦なく外せ。そして農耕作業に戻らせろ」
「賢兼さま、兵は殿の大切な戦力です。それがしの判断でそのようなことをしてよろしいのですか」
成松信勝は不安げに賢兼に疑問を投げかけた。
「構わぬ。戦場で役に立つ兵に仕上げるのが我らの務めじゃ。鍛錬にも耐えられぬ奴はいらぬ」
入ってきたばかりの兵の多くが、賢兼の初日の鍛錬で音をあげる。中には死ぬものも出る。
しかし、それを2日3日と続けていくと、だんだんとその人数が減っていく。10日もすれば、生き残ったものは立派な兵となって、賢兼の鍛錬についてくるようになる。
そのくらい、ぎりぎりの鍛錬を続けているのだった。
信勝も、賢兼の鍛錬についていくうちに、兵の呼吸というものがすこしづつわかってきた。
締め上げすぎてもだめで、かと言って緩めすぎるのもよくない。そのさじ加減が難しいのであるが、だんだんとわかるようになってきた。
「新十郎よ、おぬしも、戦が始まれば一軍の将となって兵卒の命を預かる身となる。実際の戦場でいかに兵卒の損耗を避けるかを考えながら、日々の調練に臨むがよい」
賢兼にはそういわれるが、実戦の経験がないため、いまいちピンとこない部分の方が多かった。
ある日、東肥前の国人の1人を攻めることになった。
信勝にとっては初陣であった。
敵兵が展開する戦場までくると、不思議と気持ちが高揚してきた。
そして、敵方の士気の低さ、味方の兵の士気の高さが手に取るように見えるようであった。
仕掛けてきたのは、敵方からであった。
敵方の兵は明らかに士気が低く、信勝が最前線に出て槍を振い4.5人がなぎ倒されるのを見るとすでに及び腰になっているのが良くわかった。
その刹那、敵の横腹を賢兼の隊が思い切り突撃した。
敵方は大混乱に陥り、一気に崩れていくのが見えた。
「追え!追え!一人も逃すでないぞ!」
信勝は叫んでいた。
敵の大将らしき旗印が大きく揺れながら後退していくのが見えた。
賢兼の部隊は敵大将の逃亡を許さなかった。
大きく敵方の背後に廻りこみ、信勝の軍と共に挟撃したのである。
「敵将、討ち取ったり!」
遠くで叫ぶ声が聞こえた。
この間、龍造寺隆信の本隊が動くことはなかった。
「賢兼、信勝、見事であったぞ」
隆信は二人を大いに賞賛した。
信勝は戦が終わったのを知って、初めて足が震えているのを感じた。
これが戦か。
今回は、敵の士気も低く、格下の相手であったが、これが、力が互角の相手であったらどうなってしまうのであろう。
大友家の勇将、戸次道雪、それは激しい戦をすると聞いている。
島津家の島津義弘は、鬼のような戦をするとも聞いている。
まだまだ調練は足りない。もっともっと兵を鍛えぬかねばと、一戦経験してその意識が新たに芽生えた。
賢兼もきっと、来るべき本当の強さを持った敵との戦いを想定して、厳しい調練を重ねているのだ。
信勝は、戦の恐ろしさがわかったような気がした。
肥前には、龍造寺家の元主君であった少弐冬尚がいる。
少弐氏は鎌倉時代から続く名門で、北九州の大大名であった。
しかし、戦国時代に入ると、冬尚の父資元は、大内氏からの激しい侵攻を受け、元々は筑後が本拠地であったものを、肥前に後退せざるを得ないほどとなっていた。
大内氏も、九州ばかりに注視しているわけにもいかず、出雲の尼子氏との抗争に突入したりして、資元はその隙をつき一時は勢力を回復したりしたが、家臣であった龍造寺隆信の父家兼が台頭し謀反を起こしたため、次第に勢力は衰退してゆく。
少弐資元は大内氏の侵攻に耐えられなくなり、遂に大内義隆に降伏した。しかし、義隆に欺かれ、資元は自害を余儀なくされ、少弐氏は一時滅亡した。
少弐冬尚は、少弐氏当主の座につき、少弐氏を再興したが、龍造寺の謀反に対しては、家臣の馬場頼周に龍造寺討伐を委ね実権をなくしてゆく。
龍造寺家兼の子、隆信も独立の意思を鮮明にし、ついに全面対決へと発展してゆくのである。
「少弐を倒さねば、東肥前での龍造寺家の支配権が確立せぬ。元主君とはいえこれはなんとしても倒さねばならぬ相手じゃ」
隆信は直茂と話をしていた。
「殿、左様にございます。肥前一統はまずは龍造寺家の目指すべき第一段階の目標です。先ごろ、豊後の大友義鎮が肥前守護に任命されたと聞いております。大友が本気を出して肥前攻略に乗り込んでくる前にこちらも力を蓄えねばなりません。これは時間との勝負です」
「大友義鎮か……。強敵じゃのう。家臣の戸次道雪などは鬼のような男だと聞いておるぞ」
「大友は、大内とは友好関係にあり、豊後・豊前・筑前を完全に抑え、その周辺にも影響力を及ぼし始めています。現段階でいきなり肥前に攻め込んでくることは考えにくいですが、殿が肥前で力を持ち始めれば必ず大友も攻め込んで参りましょう。そのための備えは必要と存じます」
「そうじゃの。まずは、肥前をなんとかすることが、わしの務めじゃ。準備が整い次第、少弐冬尚を攻めるぞ」
「ははっ、かしこまりました」
永禄2年、龍造寺隆信はかつての主君、少弐冬尚が籠る勢福寺城を攻めた。
勢福寺城は三方を山に囲まれ、南側が開けた筑後平野となっている城である。
南側に兵を集中配備して攻め込むしかなさそうであった。
「直茂、なかなか守りが堅そうな城じゃな」
隆信は勢福寺城の南側に陣を張り、軍議の席で言った。
「城自体は確かにその通りですな」
「しかし、殿、敵の戦意はあまり高くないように見受けられますが」
円城寺信胤が言った。
「そうですのう。最早、追いつめられたねずみと一緒ですな」
江里口信常も楽観的なことを言っている。
「方々、油断は禁物ですぞ。窮鼠猫を噛むということもあります。ねずみを倒すにも、油断なく全力を尽くすことこそ肝要かと存じます」
百武賢兼が皆を戒めるように進言した。
「賢兼どのの申す通りでございます。各々方、油断は何より禁物でございますぞ。先陣は賢兼どの、第二陣は信勝どの、第三陣は信胤どの、第四陣は信常どの、第五陣はそれがしが務めますゆえ、波状攻撃で一気に敵城門を突破したいと思います」
直茂が作戦の概要を説明した。
賢兼と直茂の言葉に、信胤も信常もはっとしたようであった。
これはよい傾向である、と隆信は一人ほくそ笑んだ。
戦闘が始まると、敵の戦意はやはり低かった。
あっという間に、大手門を突破され、三の丸、二の丸、と龍造寺軍の侵攻を許した。
「少弐冬尚は生け捕りにせよ」
隆信は麾下の将兵に厳命していた。
戦闘が始まって四半刻もすると、城内は完全に制圧したようであった。
しばらくすると、縄目を受けた少弐冬尚が隆信の前に連れてこられた。
「冬尚どの、大変ご無沙汰しておりました。お元気にされておりましたか」
「隆信!この裏切り者が。今更何を申すか。早う首を刎ねよ」
「それがしも、それがしの父も少弐家ではこの戦国の世を生き残ることは難しいと考えただけにございます。残念ながら、力を持つものが生き残ってゆく時代なのです」
「おのれの諫言など今更聞きとうないわ。早う首を刎ねよ」
「冬尚どの、かつての主君に対して礼節だけは尽くしたいと思います。首を刎ねるのはあまりに無残でございます。切腹の場を整えますので、武士として潔い最期をお迎えください」
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