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第五話
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日が出てきて空が十分に明るくなった朝、一人暮らしにぴったりのサイズの1階建ての家で寝ていたラルズが起きた。久しぶりの野宿じゃない睡眠でいい目覚めを迎えたラルズは気持ちよく背伸びをする。
「あ~!こんなに寝たのは久しぶりだ!」
野宿をする時は硬い屋根の上か硬い地べたに横になり一瞬で睡眠を終わらせるために行動速度上昇魔法を20000回かけた状態で寝るのだが、一瞬の睡眠といっても周りから見て一瞬なだけでラルズは硬いところでガッツリ数時間寝ている。しかし昨日は行動速度上昇魔法をかけずに柔らかい布団の上だったので快眠だった。
昨日の夕方、ダンドルの病室でお礼を受け取ると言うとダンドルは紙を取り出して手紙を書き始めた。その手紙はここら辺一帯の土地を管理する人間に宛てたもので非常に長文だったが、要約すると『いつの日か家が一軒空いたと言っていましたね。その家を友であるラルズ君に譲っていただけませんでしょうか?お金が必要ならば後日私が払います。』といった内容だった。
遠慮しない性格のラルズなのだが、決して安くないはずの家の金まで払うのは怖くなってくる。なので再三確認したが、命の恩人であることとその命の恩人が野宿しているのが悲しいことを理由に押し切られた。
ダンドルの言われた通りに手紙を管理人に届けると、その管理人は快く家を紹介してくれた。ダンドルの人望の厚さのおかげだろう。さらにはダンドルに金銭を要求することも無いという。
部屋の中は毛布と枕のないベッド、机、椅子、タンスだけでほとんど何も無い閑散とした部屋だった。
(後でいろいろ買うとして、とりあえず今日は服を一着買おう。今まで汚れた服はとっておく場所がなくて捨ててたけどもうしなくていいんだ。だけど洗濯はしないといけないな。だったら洗濯する道具も買っておこう。)
ラルズは立ち上がり金を持ってカバンに入れる。
(先にカバンも新しいのにしとくか。せっかくだから安いのじゃなくて俺の気に入ったものを買おう!)とカバンをさすりながら思った。
ドアを開けると朝の気持ちいい風が当たる。今日は最高の天気だ。
店が続々と開いていく時間。ラルズは鞄を売っている『ボーア・エルクロ』という店に入っていた。その店は鞄だけではなく靴、帽子、手袋などの革製の商品が売っていた。そこで値段が650エムの鞄の前で男の店主とラルズが話し合っている。その鞄はラルズが人目で気に入ったものだ。
「えっ!こんな高いの?これが!?」
「そちらに使われてる獣の皮は、わたくし自ら厳選したものでして、とても丈夫な分値が張りまして・・・。」
「もうちょっと安くならないの?」
「いやぁ、それは・・・。」と店主はおどおどしく言う。
「じゃあこの靴も買うからセットで安くなったりしない?」
ラルズが指刺したのは270エムと30ドレムの靴だった。ちなみに、100ドレムで1エムの価値がある。
ラルズが昨日のマルチクエストの報酬は1400エムで、一昨日の熊退治の報酬の残りが418エムと55ドレム。それがラルズの全財産だ。少しでも安くしたい欲が溢れている。
「それはお客様が提案することじゃない気がするんですが・・・どれくらいでしょうか・・・?」
「そうだな、750エムでどうよ。」
「うーん、・・・安すぎます。」
「じゃあ800、いや850エム。」
「えぇー・・・まあそれでしたら・・・。」
「よっしゃ!交渉成立な。」
ラルズは鞄の中の金の入った袋をまさぐって金の残高を見る。
(勢い余って靴も買ったけど、まあ今履いてるボロボロだったしちょうどいいな。服は上下とパンツが1番安いのがだいたい800エムくらいで、この後飯も食うから・・・今日もクエストだな。洗濯の道具も今は買えそうに無い。)
そう考えてから850エムを取り出して支払うと、店主は「まいどありがとうございました・・・。」と言いながら鞄と靴を手渡した。
「そういえば・・・娘が遅いですね。」と店主がそわそわした様子で言う。
「へえ。心配だな。」
「はい・・・。わたくしに似て大人しく、仕事を無駄なくきっちりとこなす子です。今の時間に帰ってこないのはおかしいのです・・・。」
「・・・。そうか。」
サラリと自画自賛されたことの反応に困りながら扉に手をかけて店を出ようとするラルズ。店主は慌てて呼び止めた。
「お待ちください。出来ればでいいんです・・・。出来れば・・・私の娘の様子を、確認してきてもらってもよろしいですか・・・?」
「え?」とラルズはいきなりの頼み事に驚くが、数秒考えて引き受けることにした。
「まあ、鞄安くしてもらったしな。俺もなんか心配だし見てこよう。」
「ありがとうございます・・・。私の店から出て東に行ったところに、モンスターの皮や牙、ウロコなどを取り扱う店がありまして、そこに娘をお使いに行かせたので、そこまでの道中にいるはずです・・・。私の店の名前が書かれた帽子を被っております。」
「分かったよ。」
娘を心配する店主を残してラルズは店を出た。
ラルズはモンスターから剥ぎ取ったものを取り扱う『モンスター製品店』のことは知っていた。モンスター解体施設も兼ねているため大きい建物で、その建物のすぐ近くには風呂屋があったので風呂に入る時はよく前を通っていたのだ。
モンスター製品店までは直線で距離もまあまあ近かったが、商店街だけあって道が大きく人もその分多い。当たり前のことだが人は動くのでただ探すのだと時間がかなりかかりそうだった。
(上から探してみるか。)
ラルズは自分に行動速度上昇魔法を5000回かける。するとラルズ視点で周りの景色が止まった。厳密にはスローモーションのように少しづつ動いているのだが、本当に少しだけなのでほとんど止まっているようなものだ。これは周りの時間が遅くなったのではなくラルズが速くなったことによって周りが止まったように見えるだけで、世界の時間は正常に動いている。
ラルズは近くにあった高めの建物の屋根に登ると、自身に視力上昇魔法を1000回かける。視力上昇魔法とは文字通り視力を上げる補助魔法で、ほとんどの補助魔導師が最初に習得するが実戦では全く使われないチュートリアル的な魔法だ。
止まった人達の中へと目を凝らして帽子を被った人に絞って探していく。すると道の端っこ、人混みの中心から外れた場所に『ボーア・エルクロ』と書かれた帽子を被って大きな包みを持った、ラルズと同い年か年下の女の子を見つけた。その女の子は困り顔で目の前の大男3人を見ていた。
合っているだろうと思い屋根から飛び降りて、止まった人達の脇を通りながらそこに向かって歩く。ラルズの横を通られた人は一瞬風が過ぎ去ったように感じる。
女の子の横に到着すると行動速度上昇魔法を解除した。
「よお。何してんの?」
「きゃあっ・・・!」
唐突に横に出現したかのように見えたラルズに女の子は驚く。
「なっ!なんだおめえ!いきなり出てきやがって!」
3人組の中央にいる男が言った。
「あんたらこそなんだ?この子になんの用だ?」とラルズは返す。
「俺たちはこの子にぶつかられて怪我したんだよ!」
「彼氏か?ちょっと貸せよ。痛い思いしたくないだろ?ぐへへっ。」
ラルズは「はあ・・・。」とため息をつくと男達を無視して女の子に話しかけた。
「馬鹿らしい。帰るぞ。ここはうるさくて嫌だ。」
ラルズは女の子の肩を叩き、帰るように催促して振り返る。
「えっ、あ、はい・・・。」と戸惑う女の子。
「待てよ!まだ話は終わってねえ!」
男の中の1人が手を上げてラルズの頭を殴る。ガン!という音がしたがラルズにはノーダメージだった。いつも念の為に5000回の防御力上昇魔法をかけているからだ。行動速度上昇魔法や攻撃力上昇魔法と違い生活に支障が出ないので四六時中かけることにしている。
「おっとすまねえなぁ?やりすぎたか?」と何も知らずニヤつく男。周りの男はゲラゲラ笑う。
女の子は完全に怯えた表情で「ひ、ひい・・・!」と情けない声を出してラルズの頭上の大きな拳を見る。
ラルズはもう一度自分に5000回の行動速度上昇魔法と少しの攻撃力上昇魔法をかける。そして頭の手をどけると、止まっている大男目掛けて腹パンをした。ラルズのよくやる手法で、昨日のオークの群れにも同じことをやった。あの時と違い攻撃力上昇魔法は人に激痛を与える程度に抑え目にしているのだが。
大男は当然高速で吹き飛ぶのだが、その動作も物凄く遅く見え、簡単に身体に触ることができるので大男の腕を掴んで誰にも見えなさそうな物陰に放る。他の2人にも歩いて近づき、1人ずつ同じことをした。
そして行動速度上昇魔法をかける前と同じ位置に立つと行動速度上昇魔法を解除する。
「あ、あれ・・・?さっきの人達は・・・?」と当然女の子は困惑する。
「気にすんな。あんたの父さんが心配してるから早く帰ろう。」
「そ、そうですか・・・。」
女の子は父親と同じような控え目で大人しくたどたどしい話し方をしていた。
「ありがとうございます。危ない所を助け・・・。」
「ああ、そういうのは家に帰ってからでいい?」
ラルズはせわしない様子で早歩きだった。
「ど、どうしてですか・・・?」
「周りがうるさい。頭痛くなってきた。」
「はあ・・・。」
女の子はさっきから困惑しっぱなしでわけがわからなくなってきたので大人しく従うことにした。そんな女の子など気にもとめず一刻も早くこの場から過ぎ去りたいとラルズは思っている。
ラルズは女の子を家に返したあとすぐ帰ろうとしたのだが家族3人に呼び止められ、名前を聞かれた後お礼として朝ご飯を振る舞われることとなった。
店の奥の住居に連れてこられて、助けた女の子が作った野菜スープとソーセージを差し出された。女の子が料理を作っている間に夫婦は話をしながら2階に行ったようだった。
その理由は分からないラルズだが、そんなことより目の前の飯の方に気を取られていた。
「うっは~あ!うめえ!」
「ありがとうございました、ラルズさん、助けていただいて・・・。」と女の子は俯きながら言った。
「いいよ別に。そういえばあんた名前聞いてなかったな。」
「わ・・・私はヨレカと言います。父はボーアで、母はエルクロです・・・。」
「へえ。店の名前って両親の名前だったんだ。」
「はい・・・。」
そう話していると上から両親が降りてきた。ボーアがラルズに話しかける。
「ラルズさん、これ・・・受け取ってください。」
「え?服?」
ボーアとエルクロが持っていたのは上着とズボンだった。革と布が使われた着やすそうでオシャレな服だった。
「はい・・・。わたくし家族はずっと革製品を手がけていたのですが、新しく毛糸を使った布との融合を考えておりまして、その試作品がこれです・・・。」
「試作品といってもこれで作っていこうと思うから、だいたい完成品みたいなものよ。はい!」
にこやかにエルクロが手渡したものをラルズが受け取る。
「ごめんね?うちの夫と娘、喋りがゆっくりでたどたどしいでしょ。でも仲良くしてあげてね。」とエルクロはにっこりと言った。
「ちょうど服欲しいって思ってたんだ!助かるよ!ほんと!」とラルズは喜びながら服を眺めた。
ガンガルト町の中でも治安が悪いと言われている人気のない地域にある大きな建物内。その中には悪そうな男が大勢いて、その中央の奥には朝にラルズに殴られた3人がいた。その3人の目の前にはリーダー格と思われる片目を怪我して失っている大男が椅子に座っていた。
「無能共が!何をボコられてノコノコ帰ってきてんだ!」
「すみませんでした!」と3人は口を揃えて言う。恐怖で声が震えているようだった。
「ふん!てめえらの処分は後で決める。去れ!」
「は、はい!」
そう言うと3人は部屋の隅に行き、悪そうな男達の中に紛れていった。
片目を失った男は眉間にシワを寄せながら大勢の男達を見る。
「俺はいいんだ。おめえらクズ共がどうなろうが。だが!俺はAさんからこの組織を引き継いだ!悪の道に生きるしか無かった、おめえらクズと同じ俺を拾ってくれたんだ!」
その男は熱い想いを見せつけるように立ち上がって机の上に足を踏みつけるように乗せた。
「俺はAさんの泥に顔を塗る真似はしたくねえ!そいつら3人をやったっつう青い髪の野郎には目にもの見せつけなきゃなんねえ!分かったか!」
「はい!」とその場にいる全員が大声で言った。それを聞いた男はまた椅子に座る。
「ふん。返事だけはいいな。青い髪の野郎をぶちのめしたらそこの3人のこともチャラにしてやる!」
男はさっきの3人を睨むと3人は「あ、ありがとうございます!」と言った。
かくしてラルズを倒すことが決まった訳だが、男達の中には探し出すのが無茶だと思っている人も何人かいた。
「それにしてもまさかこの町の至る所を探す気ッスか?」
「青い髪なんて腐るほどいると思うッスよ。」
「はあ?何バカなこと言ってんだドアホ共。野郎をおびき出すんだよ。助けられた娘の店は分かってんだ、ご丁寧に店の名前が書いてある帽子を被ってたらしいからな・・・。」
男はニヤリと悪どく笑みを浮かべた。
「あ~!こんなに寝たのは久しぶりだ!」
野宿をする時は硬い屋根の上か硬い地べたに横になり一瞬で睡眠を終わらせるために行動速度上昇魔法を20000回かけた状態で寝るのだが、一瞬の睡眠といっても周りから見て一瞬なだけでラルズは硬いところでガッツリ数時間寝ている。しかし昨日は行動速度上昇魔法をかけずに柔らかい布団の上だったので快眠だった。
昨日の夕方、ダンドルの病室でお礼を受け取ると言うとダンドルは紙を取り出して手紙を書き始めた。その手紙はここら辺一帯の土地を管理する人間に宛てたもので非常に長文だったが、要約すると『いつの日か家が一軒空いたと言っていましたね。その家を友であるラルズ君に譲っていただけませんでしょうか?お金が必要ならば後日私が払います。』といった内容だった。
遠慮しない性格のラルズなのだが、決して安くないはずの家の金まで払うのは怖くなってくる。なので再三確認したが、命の恩人であることとその命の恩人が野宿しているのが悲しいことを理由に押し切られた。
ダンドルの言われた通りに手紙を管理人に届けると、その管理人は快く家を紹介してくれた。ダンドルの人望の厚さのおかげだろう。さらにはダンドルに金銭を要求することも無いという。
部屋の中は毛布と枕のないベッド、机、椅子、タンスだけでほとんど何も無い閑散とした部屋だった。
(後でいろいろ買うとして、とりあえず今日は服を一着買おう。今まで汚れた服はとっておく場所がなくて捨ててたけどもうしなくていいんだ。だけど洗濯はしないといけないな。だったら洗濯する道具も買っておこう。)
ラルズは立ち上がり金を持ってカバンに入れる。
(先にカバンも新しいのにしとくか。せっかくだから安いのじゃなくて俺の気に入ったものを買おう!)とカバンをさすりながら思った。
ドアを開けると朝の気持ちいい風が当たる。今日は最高の天気だ。
店が続々と開いていく時間。ラルズは鞄を売っている『ボーア・エルクロ』という店に入っていた。その店は鞄だけではなく靴、帽子、手袋などの革製の商品が売っていた。そこで値段が650エムの鞄の前で男の店主とラルズが話し合っている。その鞄はラルズが人目で気に入ったものだ。
「えっ!こんな高いの?これが!?」
「そちらに使われてる獣の皮は、わたくし自ら厳選したものでして、とても丈夫な分値が張りまして・・・。」
「もうちょっと安くならないの?」
「いやぁ、それは・・・。」と店主はおどおどしく言う。
「じゃあこの靴も買うからセットで安くなったりしない?」
ラルズが指刺したのは270エムと30ドレムの靴だった。ちなみに、100ドレムで1エムの価値がある。
ラルズが昨日のマルチクエストの報酬は1400エムで、一昨日の熊退治の報酬の残りが418エムと55ドレム。それがラルズの全財産だ。少しでも安くしたい欲が溢れている。
「それはお客様が提案することじゃない気がするんですが・・・どれくらいでしょうか・・・?」
「そうだな、750エムでどうよ。」
「うーん、・・・安すぎます。」
「じゃあ800、いや850エム。」
「えぇー・・・まあそれでしたら・・・。」
「よっしゃ!交渉成立な。」
ラルズは鞄の中の金の入った袋をまさぐって金の残高を見る。
(勢い余って靴も買ったけど、まあ今履いてるボロボロだったしちょうどいいな。服は上下とパンツが1番安いのがだいたい800エムくらいで、この後飯も食うから・・・今日もクエストだな。洗濯の道具も今は買えそうに無い。)
そう考えてから850エムを取り出して支払うと、店主は「まいどありがとうございました・・・。」と言いながら鞄と靴を手渡した。
「そういえば・・・娘が遅いですね。」と店主がそわそわした様子で言う。
「へえ。心配だな。」
「はい・・・。わたくしに似て大人しく、仕事を無駄なくきっちりとこなす子です。今の時間に帰ってこないのはおかしいのです・・・。」
「・・・。そうか。」
サラリと自画自賛されたことの反応に困りながら扉に手をかけて店を出ようとするラルズ。店主は慌てて呼び止めた。
「お待ちください。出来ればでいいんです・・・。出来れば・・・私の娘の様子を、確認してきてもらってもよろしいですか・・・?」
「え?」とラルズはいきなりの頼み事に驚くが、数秒考えて引き受けることにした。
「まあ、鞄安くしてもらったしな。俺もなんか心配だし見てこよう。」
「ありがとうございます・・・。私の店から出て東に行ったところに、モンスターの皮や牙、ウロコなどを取り扱う店がありまして、そこに娘をお使いに行かせたので、そこまでの道中にいるはずです・・・。私の店の名前が書かれた帽子を被っております。」
「分かったよ。」
娘を心配する店主を残してラルズは店を出た。
ラルズはモンスターから剥ぎ取ったものを取り扱う『モンスター製品店』のことは知っていた。モンスター解体施設も兼ねているため大きい建物で、その建物のすぐ近くには風呂屋があったので風呂に入る時はよく前を通っていたのだ。
モンスター製品店までは直線で距離もまあまあ近かったが、商店街だけあって道が大きく人もその分多い。当たり前のことだが人は動くのでただ探すのだと時間がかなりかかりそうだった。
(上から探してみるか。)
ラルズは自分に行動速度上昇魔法を5000回かける。するとラルズ視点で周りの景色が止まった。厳密にはスローモーションのように少しづつ動いているのだが、本当に少しだけなのでほとんど止まっているようなものだ。これは周りの時間が遅くなったのではなくラルズが速くなったことによって周りが止まったように見えるだけで、世界の時間は正常に動いている。
ラルズは近くにあった高めの建物の屋根に登ると、自身に視力上昇魔法を1000回かける。視力上昇魔法とは文字通り視力を上げる補助魔法で、ほとんどの補助魔導師が最初に習得するが実戦では全く使われないチュートリアル的な魔法だ。
止まった人達の中へと目を凝らして帽子を被った人に絞って探していく。すると道の端っこ、人混みの中心から外れた場所に『ボーア・エルクロ』と書かれた帽子を被って大きな包みを持った、ラルズと同い年か年下の女の子を見つけた。その女の子は困り顔で目の前の大男3人を見ていた。
合っているだろうと思い屋根から飛び降りて、止まった人達の脇を通りながらそこに向かって歩く。ラルズの横を通られた人は一瞬風が過ぎ去ったように感じる。
女の子の横に到着すると行動速度上昇魔法を解除した。
「よお。何してんの?」
「きゃあっ・・・!」
唐突に横に出現したかのように見えたラルズに女の子は驚く。
「なっ!なんだおめえ!いきなり出てきやがって!」
3人組の中央にいる男が言った。
「あんたらこそなんだ?この子になんの用だ?」とラルズは返す。
「俺たちはこの子にぶつかられて怪我したんだよ!」
「彼氏か?ちょっと貸せよ。痛い思いしたくないだろ?ぐへへっ。」
ラルズは「はあ・・・。」とため息をつくと男達を無視して女の子に話しかけた。
「馬鹿らしい。帰るぞ。ここはうるさくて嫌だ。」
ラルズは女の子の肩を叩き、帰るように催促して振り返る。
「えっ、あ、はい・・・。」と戸惑う女の子。
「待てよ!まだ話は終わってねえ!」
男の中の1人が手を上げてラルズの頭を殴る。ガン!という音がしたがラルズにはノーダメージだった。いつも念の為に5000回の防御力上昇魔法をかけているからだ。行動速度上昇魔法や攻撃力上昇魔法と違い生活に支障が出ないので四六時中かけることにしている。
「おっとすまねえなぁ?やりすぎたか?」と何も知らずニヤつく男。周りの男はゲラゲラ笑う。
女の子は完全に怯えた表情で「ひ、ひい・・・!」と情けない声を出してラルズの頭上の大きな拳を見る。
ラルズはもう一度自分に5000回の行動速度上昇魔法と少しの攻撃力上昇魔法をかける。そして頭の手をどけると、止まっている大男目掛けて腹パンをした。ラルズのよくやる手法で、昨日のオークの群れにも同じことをやった。あの時と違い攻撃力上昇魔法は人に激痛を与える程度に抑え目にしているのだが。
大男は当然高速で吹き飛ぶのだが、その動作も物凄く遅く見え、簡単に身体に触ることができるので大男の腕を掴んで誰にも見えなさそうな物陰に放る。他の2人にも歩いて近づき、1人ずつ同じことをした。
そして行動速度上昇魔法をかける前と同じ位置に立つと行動速度上昇魔法を解除する。
「あ、あれ・・・?さっきの人達は・・・?」と当然女の子は困惑する。
「気にすんな。あんたの父さんが心配してるから早く帰ろう。」
「そ、そうですか・・・。」
女の子は父親と同じような控え目で大人しくたどたどしい話し方をしていた。
「ありがとうございます。危ない所を助け・・・。」
「ああ、そういうのは家に帰ってからでいい?」
ラルズはせわしない様子で早歩きだった。
「ど、どうしてですか・・・?」
「周りがうるさい。頭痛くなってきた。」
「はあ・・・。」
女の子はさっきから困惑しっぱなしでわけがわからなくなってきたので大人しく従うことにした。そんな女の子など気にもとめず一刻も早くこの場から過ぎ去りたいとラルズは思っている。
ラルズは女の子を家に返したあとすぐ帰ろうとしたのだが家族3人に呼び止められ、名前を聞かれた後お礼として朝ご飯を振る舞われることとなった。
店の奥の住居に連れてこられて、助けた女の子が作った野菜スープとソーセージを差し出された。女の子が料理を作っている間に夫婦は話をしながら2階に行ったようだった。
その理由は分からないラルズだが、そんなことより目の前の飯の方に気を取られていた。
「うっは~あ!うめえ!」
「ありがとうございました、ラルズさん、助けていただいて・・・。」と女の子は俯きながら言った。
「いいよ別に。そういえばあんた名前聞いてなかったな。」
「わ・・・私はヨレカと言います。父はボーアで、母はエルクロです・・・。」
「へえ。店の名前って両親の名前だったんだ。」
「はい・・・。」
そう話していると上から両親が降りてきた。ボーアがラルズに話しかける。
「ラルズさん、これ・・・受け取ってください。」
「え?服?」
ボーアとエルクロが持っていたのは上着とズボンだった。革と布が使われた着やすそうでオシャレな服だった。
「はい・・・。わたくし家族はずっと革製品を手がけていたのですが、新しく毛糸を使った布との融合を考えておりまして、その試作品がこれです・・・。」
「試作品といってもこれで作っていこうと思うから、だいたい完成品みたいなものよ。はい!」
にこやかにエルクロが手渡したものをラルズが受け取る。
「ごめんね?うちの夫と娘、喋りがゆっくりでたどたどしいでしょ。でも仲良くしてあげてね。」とエルクロはにっこりと言った。
「ちょうど服欲しいって思ってたんだ!助かるよ!ほんと!」とラルズは喜びながら服を眺めた。
ガンガルト町の中でも治安が悪いと言われている人気のない地域にある大きな建物内。その中には悪そうな男が大勢いて、その中央の奥には朝にラルズに殴られた3人がいた。その3人の目の前にはリーダー格と思われる片目を怪我して失っている大男が椅子に座っていた。
「無能共が!何をボコられてノコノコ帰ってきてんだ!」
「すみませんでした!」と3人は口を揃えて言う。恐怖で声が震えているようだった。
「ふん!てめえらの処分は後で決める。去れ!」
「は、はい!」
そう言うと3人は部屋の隅に行き、悪そうな男達の中に紛れていった。
片目を失った男は眉間にシワを寄せながら大勢の男達を見る。
「俺はいいんだ。おめえらクズ共がどうなろうが。だが!俺はAさんからこの組織を引き継いだ!悪の道に生きるしか無かった、おめえらクズと同じ俺を拾ってくれたんだ!」
その男は熱い想いを見せつけるように立ち上がって机の上に足を踏みつけるように乗せた。
「俺はAさんの泥に顔を塗る真似はしたくねえ!そいつら3人をやったっつう青い髪の野郎には目にもの見せつけなきゃなんねえ!分かったか!」
「はい!」とその場にいる全員が大声で言った。それを聞いた男はまた椅子に座る。
「ふん。返事だけはいいな。青い髪の野郎をぶちのめしたらそこの3人のこともチャラにしてやる!」
男はさっきの3人を睨むと3人は「あ、ありがとうございます!」と言った。
かくしてラルズを倒すことが決まった訳だが、男達の中には探し出すのが無茶だと思っている人も何人かいた。
「それにしてもまさかこの町の至る所を探す気ッスか?」
「青い髪なんて腐るほどいると思うッスよ。」
「はあ?何バカなこと言ってんだドアホ共。野郎をおびき出すんだよ。助けられた娘の店は分かってんだ、ご丁寧に店の名前が書いてある帽子を被ってたらしいからな・・・。」
男はニヤリと悪どく笑みを浮かべた。
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