27 / 35
第27話
しおりを挟む巡は自分に与えられた強力な力を思っていた。
巡の脳裏には銀の腕輪があり、巡の感情が高ぶったときには必ずしゃらんと音を立てる。
いまも巡の脳内ではその音が鳴っていた。
音に従えば、巡の手には力――サブマシンガン――が現れるはずだ。
しかし、巡はそれを選択しなかった。
ひとつは、レスシェイヌに迷惑をかけてしまうだろうと思ったからだ。
そしてもうひとつは、目の前の哀れな男に怒りの感情がわかなかったからだ。
巡は男の拳をあまんじて受けた。
目の前が暗くなったと思ったら、次に見えたのは石畳だった。
数度目を瞬かせて、それでようやく巡は自分が地に倒れていることを理解した。
途端、巡は頬に激烈な痛みを覚える――はずだった。
ところがいつまで待っても痛みは訪れず、巡は不思議に思った。
(あれ、私、サリエットをかばって、それで……殴られた、よね?)
非常事態だというのに、頭はどこか冷めていた。
殴られる、蹴られる。巡はそういった暴力行為にさらされることになれていた。
しかし、いまはそれまで経験したようではなかった。
巡は恐る恐る指先を動かし、次に足、膝……。
体のどこにも異常がないことを確認すると、巡はゆっくりと首をもたげた。
「なに、これ」
巡の目に飛び込んできたのは、白い光だった。
その光がベールのように薄く広がり、巡を囲んでいる――守るように。
「メグル様!」
ベールの向こう側で、ヨンシが叫んでる。その顔は蒼白で、いまにも倒れてしまいそうだ。
「ヨンシ、大丈夫?」
思わずそんな呑気なことを言う。ヨンシは「立ってください!」と叫んでいる。
ベールは壁のようになっているらしく、ヨンシはベールを叩く。
その姿も声も、どこか遠くに感じる。
巡はずっとこのままこの淡い光の中にとどまっていたいと思った。
しかしそういうわけにもいかないらしい。
「立ってください!」
何度目かのヨンシの叫び声に、巡はようやく体に力を入れた。
巡が立ち上がった瞬間、ベールは消え去った。
すると周囲の光景が見えるようになった。
サリエットが地面に座り込んでいて、その向こうには巡に殴りかかった男が仰向けに倒れている。
野次馬たちは遠巻きにこちらを見ている。彼らはみな一様に驚愕の表情を浮かべながら口々に言う。
「大神官の祝福だ」
「なぜ……」
「まさか」
「番さま?」
『番』
その言葉が群集の中かから聞こえて、巡は固まった。
エフェ神殿で働くときもそのことは内緒だったのだ。
「ええっと」
巡が困惑した声をあげたのと同時に強く腕を引かれた。
「わっ……よ、ヨンシ」
「こちらへ。すぐに」
ヨンシは巡がかぶっていた帽子を深くかぶりなおさせると、巡を人目から隠すようにして停まっていた馬車に押し込んだ。
「急いで!」
ヨンシの声で御者は鞭をうち、馬車は全速力でその場を離れて行く。
走り出した馬車の中で、ヨンシはずっと巡の背中を撫でていた。
「ああ、どうしましょう、どうしましょう……」
「なに、ヨンシ、ごめんね、あの」
「メグル様が悪いわけではないんですのよ。発動したのが武器ではなくてよかったです……」
「あれ、なんなの?」
「大神官の守護です。口吸いによる祝福を受けた番だけが……」
「ああ、なるほど」
巡は唇に触れる。そしてそれがやはり祝福であったことが半分では安堵して、半分では残念に思った。
巡は尋ねた。
「私が番だってばれるとまずい?」
「そういうわけではないのですが……メグル様にとっては……どうでしょう」
「私にとって?」
「エフェ神殿で働けなくなりますし……」
「そうなの?」
「身分というものがありますから……」
「……そっか」
もっと聞きたいことが山ほどあった。しかし、ヨンシはどこか答えにくそうにしていた。
それで、巡もなぜと聞くのをやめてしまった。
「サリエット、大丈夫かな」
巡が話題を変えると、ヨンシはあからさまにほっとした。
そしてこれまでとはうってかわって、はっきりとした口調で答える。
「これだけの騒ぎになったのですから、きっとすぐに警備兵が来ますわ」
「警備兵が来たらサリエットを助けてくれる?」
「ええ。もちろん。相手はかなり酒を飲んでいたようですからね。今夜は牢屋かもしれませんわ」
「そっかぁ」
馬車は全速力で駆けていく。いま窓はカーテンが閉められて外をうかがい知ることはできないが、きっともう城は近いはずだ。
ヨンシは改めて巡に向き直る。
「メグル様。護衛をつけなかったのは私の落ち度です」
「そんなことはないよ」
「いいえ。私の職務怠慢ですわ。なにかあれば、私のせいだとおっしゃってください」
「そんなこと」
できない、とまでは言い切れなかった。
ヨンシの強い眼光がその言葉を遮らせたのだ。
巡は唾を飲み込んだ。
「なにか、って、なに……?」
「お咎めがあれば、ということです。いいですか? すべてヨンシが悪いのです」
「嫌だよ……そんなの」
「そうすると約束してください」
巡が是とも否とも答えぬうちに馬車はとまり、御者が扉を開ける。
ヨンシは硬い表情のまま、巡の手を取って城内に促した。
1
あなたにおすすめの小説
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで
ChaCha
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したことに気づいたアイナ・ネルケ。
だが彼女はヒロインではない――ただの“モブ令嬢”。
「私は観る側。恋はヒロインのもの」
そう決めて、治癒魔術科で必死に学び、気合いと根性で仲間を癒し続けていた。
筋肉とビンタと回復の日々。
それなのに――
「大丈夫だ。俺が必ず君を守る」
野外訓練で命を救った騎士、エルンスト・トゥルぺ。
彼の瞳と声が、治癒と共に魂に触れた瞬間から、世界が静かに変わり始める。
幼馴染ヴィルの揺れる視線。
家族の温かな歓迎。
辺境伯領と学園という“日常の戦場”。
「……好き」
「これは恋だ。もう、モブではいたくない」
守られるだけの存在ではなく、選ばれる覚悟を決めたモブ令嬢と、
現実しか知らない騎士の、静かで激しい溺愛の始まり。
これは――
モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまでの物語。
※溺愛表現は後半からです。のんびり更新します。
※作者の好みにより筋肉と気合い…ヤンデレ落ち掛けが踊りながらやって来ます。
※これは恋愛ファンタジーです。ヒロインと違ってモブは本当に大変なんです。みんなアイナを応援してあげて下さい!!
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
完結·異世界転生したらアザラシ? でした〜白いモフモフでイケメン騎士たちに拾われましたが、前世の知識で医療チートしています〜
禅
恋愛
ネットでアザラシを見ることが癒しだった主人公。
だが、気が付くと知らない場所で、自分がアザラシになっていた。
自分が誰か分からず、記憶が曖昧な中、個性的なイケメン騎士たちに拾われる。
しかし、騎士たちは冬の女神の愛おし子を探している最中で……
※小説家になろう、Nolaノベルにも投稿しています
※完結まで毎日投稿します
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる