落第騎士の拾い物

深山恐竜

文字の大きさ
4 / 7

4話

しおりを挟む
 2人の乗った馬車が屋敷についたとき、御者が扉を開けると、呆然とするハンストンとぐったりと気をやっているセレガがいた。
 2人の衣服は乱れて、そこで何があったのかは一目瞭然だった。
 執事はすぐに2人を風呂に入れ、セレガのためにオメガの専門医を呼んだ。医者は発情期の訪れと、アルファにうなじを噛まれたことで発情が終了したことを告げた。
 このとき、初めてハンストンがアルファであることが判明した。

 発情したオメガはアルファを誘惑するフェロモンを出す。アルファがうなじに噛みつくことでそのフェロモンの分泌と発情は止まるが、噛まれたオメガは噛んだアルファの番になる。つまり、もうセレガはハンストンの番となって、他のアルファと番うことはできなくなった。

 セレガとハンストンのことを知った父の狂喜乱舞の様をいい表すことは簡単ではない。
 彼は貧乏なガラケレム家にやってきた竜騎士の存在を歓迎していた。そしてそれが末息子と番ったとなれば、竜騎士の栄光はすべてガラケレム家のものである。
「結婚式に王族をご招待するか?」
 父はこんな冗談を飛ばすほどにご満悦である。

 
 パーティーの翌日、ようやく意識を取り戻したセレガは自室で鏡に向かって、自分の姿を検めた。ハンストンに貪られ、吸い付かれた跡があちこちについている。そして、首筋にはくっきとした歯形が残っている。セレガはそれを指でなぞる。

「……俺、どうなったんだ」
 セレガの記憶はあいまいだ。ただ、ハンストンのスミレ色の瞳と、狂ったような衝動に突き動かされたことだけを覚えていた。
 セレガが頭を抱えていると、使用人たちが入ってきてあれこれと勝手に喋りだす。
「坊ちゃんとハンストン様の結婚式は春がよろしいですかね」
「結婚!? なんでそんな話に……」
 使用人たちは口々に言う。
「えええ、だってうなじを噛まれたんでしょう?」
「そうですわ。ハンストン様もアルファだったって聞きました」
「おめでとうございます。運命ですね」
 セレガはうなだれる。

 ハンストンのことをどう思っているかと問われたならば、セレガは憎からず思っていると応えるだろう。しかし、結婚となると話は別だ。
 セレガはそれこそ先日ようやくオメガとなった自分を受け入れたばかりである。彼の感情を整理するのには時間が必要だ。

 セレガがうんうんと唸っていると、使用人が「そういえば」と話し出した。
「さっき、坊ちゃんのお部屋の前に剣がいくつか置いてありましたけど、坊ちゃんが置かれたんですか?」
「剣?」
 メイドがドアの外に出てそれを持って帰ってくると、セレガはまた大きく頭を抱えた。
「ハンストンだな……」
 ハンストンなりの贈り物のつもりなのだろうそれらは、屋敷中からかき集めたのであろう剣たちと、勇者の剣であった。
 大量の贈り物を見て、セレガは「やっぱり犬みたいだ……」と呟いた。





 それから数日、セレガの部屋の前にはどこから手に入れてきたのか、見事な剣が次々と届けられた。
 ハンストン自身は姿を見せない。ただ剣だけが届く。

 この色気のない贈り物を見て、使用人たちは大はしゃぎしているが、セレガとしては不要となったものを次々と贈られて、喜ぶに喜べない状況である。

 ある日、セレガのもとに刀身が黒く、どうみても禍々しい剣が届いて、さすがに彼も重い腰を上げた。
 彼は夜中にドアの傍で剣を届けにやってくるハンストンを待ち構えていた。

「ハンストン」
 そう呼びかけると、見ないうちに少し痩せたハンストンがばつの悪そうな顔をして、くるりと踵を返して逃げ出した。
「なんで逃げるんだ!」
 セレガは追いかける。しかしセレガの足ではハンストンに追いつけない。階段のところまで追いかけて、セレガは足を滑らせて数段滑り落ちた。ハンストンはすぐに引き返して、セレガに手を差し出した。

「なんで逃げるんだよ、ハンストン」
 差し出された手をぐいっと掴んで、セレガは詰問した。ハンストンはその語気にたじろいで、俯いたあとにぽつりと言った。
「……私、セレガに悪いことをした」
「悪く、ない」
 思った以上に弱弱しくなってしまった声音に気が付いて、セレガは強く、もう一度言った。
「悪くない」
 ハンストンはおずおずと顔を上げた。
「でも、あのとき、泣いてた」

 セレガはかっと頬が赤くなるのがわかった。今が夜でよかったと思った。彼は照れ隠しも含んで、早口で事情を言い募った。
「俺、あのときが初めての発情期で、それで、どうしていいかわからなくて……! いっぱいいっぱいだったんだよ!」
「……嫌じゃなかった?」
「嫌じゃない。ハンストンは?」
「私、私は、しあわせだった」
 その言葉に、セレガは胸を射貫かれた。そして手足の隅々まで安堵が広がる。ハンストンとこれからも共にいられるという喜びでもである。

 ハンストンは階段にうずくまったままのセレガの顎に手をやって、唇を寄せた。予想外の出来事で、セレガはとっさにそれを避けた。
 ハンストンはすねる。
「嫌じゃないって言ったのに」
「お前が! 手順ってのを踏まないから……!」
 セレガは非難する。彼はもう耳まで真っ赤である。
 ここ数日、さまざまな人に会ったハンストンは、言葉もだいぶ流暢になり、微妙な感情の機微を表情に出すようになっていた。

「手順って?」
 ハンストンは首を傾げる。
「ゆ、指輪とか、ぷ、プロポーズとか!」
 やけくそに叫んで、セレガは自分の言葉にさらに赤面した。
 結婚に夢を見る女の子ならともかく、セレガが言うとなにやら滑稽に聞こえたのだ。

 しかし、ハンストンはそれを意に介さずにさらに質問を重ねる。
「指輪って、なに?」
 またハンストンの質問責めが始まってしまったことに気が付いて、セレガは天を仰いだ。
「指輪ってのは、こう、ルビーとか、エメラルドとかダイヤモンドがついててだな」
「なに、それ?」
「珍しい石だよ」
「ドラゴンの鱗よりめずらしい?」
「それは……鱗のほうが珍しい、かな?」
「鱗より価値がある?」
「うーん」
 ここまで話して、セレガはいい加減恥ずかしくて、話を切り上げた。

「とにかく! 様式美ってやつだよ!」
「様式美って?」
「あーもー! とにかく! ああいうことをするには! いろいろと必要なものがあるんだ!」
「それが、めずらしい石なの?」
 セレガは大きく頷いた。
「そう!」
「プロポーズは? なに?」
「珍しい石を持って、結婚してほしい相手に膝をついて頼むんだよ」
 今度はハンストンが頷いた。
「わかった」
「ほんとうにわかったか?」
「うん」
 ハンストンは口笛を大きく吹いた。山の上にいるドラゴンを呼ぶつもりだ。

「お前、わかってないだろ!?」
 セレガは嫌な予感がしてハンストンに手を伸ばしたが、ハンストンはそれをひらりと避けると、そのまま窓枠に足を掛けた。
「3日待って」
 ハンストンはそう言い残して、窓の向こうに消えていった。セレガはあまりの出来事に、言葉が出なかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

使用人の俺を坊ちゃんが構う理由

真魚
BL
【貴族令息×力を失った魔術師】  かつて類い稀な魔術の才能を持っていたセシルは、魔物との戦いに負け、魔力と片足の自由を失ってしまった。伯爵家の下働きとして置いてもらいながら雑用すらまともにできず、日々飢え、昔の面影も無いほど惨めな姿となっていたセシルの唯一の癒しは、むかし弟のように可愛がっていた伯爵家次男のジェフリーの成長していく姿を時折目にすることだった。  こんなみすぼらしい自分のことなど、完全に忘れてしまっているだろうと思っていたのに、ある夜、ジェフリーからその世話係に仕事を変えさせられ…… ※ムーンライトノベルズにも掲載しています

KINGS〜第一王子同士で婚姻しました

Q矢(Q.➽)
BL
国を救う為の同盟婚、絶対条件は、其方の第一王子を此方の第一王子の妃として差し出す事。 それは当初、白い結婚かと思われた…。 共に王位継承者として教育を受けてきた王子同士の婚姻に、果たしてライバル意識以外の何かは生まれるのか。 ザルツ王国第一王子 ルシエル・アレグリフト 長い金髪を後ろで編んでいる。 碧眼 188cm体格はしっかりめの筋肉質 ※えらそう。 レトナス国第一王子 エンドリア・コーネリアス 黒髪ウェーブの短髪 ヘーゼルアイ 185 cm 細身筋肉質 ※ えらそう。 互いの剣となり、盾となった2人の話。 ※異世界ファンタジーで成人年齢は現世とは違いますゆえ、飲酒表現が、とのご指摘はご無用にてお願いいたします。 ※高身長見た目タチタチCP ※※シリアスではございません。 ※※※ざっくり設定なので細かい事はお気になさらず。 手慰みのゆるゆる更新予定なので間開くかもです。

聖獣は黒髪の青年に愛を誓う

午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。 ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。 だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。 全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。 やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。

次は絶対死なせない

真魚
BL
【皇太子x氷の宰相】  宰相のサディアスは、密かにずっと想っていたカイル皇子を流行病で失い、絶望のどん底に突き落とされた。しかし、目覚めると数ヶ月前にタイムリープしており、皇子はまだ生きていた。  次こそは絶対に皇子を死なせないようにと、サディアスは皇子と聖女との仲を取り持とうとするが、カイルは聖女にまったく目もくれない。それどころかカイルは、サディアスと聖女の関係にイラつき出して…… ※ムーンライトノベルズにも掲載しています

すれ違い夫夫は発情期にしか素直になれない

和泉臨音
BL
とある事件をきっかけに大好きなユーグリッドと結婚したレオンだったが、番になった日以来、発情期ですらベッドを共にすることはなかった。ユーグリッドに避けられるのは寂しいが不満はなく、これ以上重荷にならないよう、レオンは受けた恩を返すべく日々の仕事に邁進する。一方、レオンに軽蔑され嫌われていると思っているユーグリッドはなるべくレオンの視界に、記憶に残らないようにレオンを避け続けているのだった。 お互いに嫌われていると誤解して、すれ違う番の話。 =================== 美形侯爵長男α×平凡平民Ω。本編24話完結。それ以降は番外編です。 オメガバース設定ですが独自設定もあるのでこの世界のオメガバースはそうなんだな、と思っていただければ。

〔完結済〕この腕が届く距離

麻路なぎ
BL
気まぐれに未来が見える代わりに眠くなってしまう能力を持つ俺、戸上朱里は、クラスメイトであるアルファ、夏目飛衣(とい)をその能力で助けたことから、少しずつ彼に囲い込まれてしまう。 アルファとかベータとか、俺には関係ないと思っていたのに。 なぜか夏目は、俺に執着を見せるようになる。 ※ムーンライトノベルズなどに載せているものの改稿版になります。  ふたりがくっつくまで時間がかかります。

召喚された世界でも役立たずな僕の恋の話

椎名サクラ
BL
――こんなにも好きになるのだろうか、あれほど憎んでいた相手を。 騎士団副団長であるアーフェンは、召喚された聖者の真柴に敵意を剥き出しにしていた。 『魔獣』と対抗する存在である聖者は、騎士団存続の脅威でしかないからだ。 しかも真柴のひ弱で頼りない上に作った笑いばかり浮かべるのを見て嫌悪感を増していった。 だが最初の討伐の時に発動した『聖者の力』は、怪我の回復と『魔獣』が持つ属性の無効化だった。 アーフェンは騎士団のために真柴を最大限利用しようと考えた。 真柴も困っていた。聖者は『魔獣』を倒す力があると大司教に言われたが、そんな力なんて自分にあると思えない。 またかつてのように失敗しては人々から罵声を浴びるのではないかと。 日本に大勢いるサラリーマンの一人でしかなかった真柴に、恐ろしい魔獣を倒す力があるはずもないのに、期待が一身に寄せられ戸惑うしかなかった。 しかも度重なる討伐に身体は重くなり、記憶が曖昧になるくらい眠くなっては起き上がれなくなっていく。 どんなに食べても身体は痩せ細りと、ままならない状況となる。 自分が聖者の力を使っているのを知らないまま、真柴は衰弱しようとしていた。 その頃アーフェンは知るのだ、聖者の力は命と引き換えに出されるのだと。 そうなって初めて、自分がどれほどひどいことを真柴にしたかを思い知らされた。 同時にあれほど苛立ち蔑んだ真柴に、今まで誰にも感じたことのない感情を抱いていることにも。 騎士団を誰よりも大事にしていた副団長は、ある決意をするのだった……。 騎士団副団長×召喚された聖者の不器用な恋の話です。

勃たなくなったアルファと魔力相性が良いらしいが、その方が僕には都合がいい【オメガバース】

さか【傘路さか】
BL
オメガバース、異世界ファンタジー、アルファ×オメガ、面倒見がよく料理好きなアルファ×自己管理が不得手な医療魔術師オメガ/ 病院で研究職をしている医療魔術師のニッセは、オメガである。 自国の神殿は、アルファとオメガの関係を取り持つ役割を持つ。神が生み出した石に魔力を込めて預ければ、神殿の鑑定士が魔力相性の良いアルファを探してくれるのだ。 ある日、貴族である母方の親族経由で『雷管石を神殿に提出していない者は差し出すように』と連絡があった。 仕事の調整が面倒であるゆえ渋々差し出すと、相性の良いアルファが見つかってしまう。 気乗りしないまま神殿に向かうと、引き合わされたアルファ……レナードは、一年ほど前に馬車と事故に遭い、勃たなくなってしまった、と話す。 ニッセは、身体の関係を持たなくていい相手なら仕事の調整をせずに済む、と料理人である彼の料理につられて関わりはじめることにした。 -- ※小説の文章をコピーして無断で使用したり、登場人物名を版権キャラクターに置き換えた二次創作小説への転用は一部分であってもお断りします。 無断使用を発見した場合には、警告をおこなった上で、悪質な場合は法的措置をとる場合があります。 自サイト: https://sakkkkkkkkk.lsv.jp/ 誤字脱字報告フォーム: https://form1ssl.fc2.com/form/?id=fcdb8998a698847f

処理中です...