落第騎士の拾い物

深山恐竜

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4話

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 2人の乗った馬車が屋敷についたとき、御者が扉を開けると、呆然とするハンストンとぐったりと気をやっているセレガがいた。
 2人の衣服は乱れて、そこで何があったのかは一目瞭然だった。
 執事はすぐに2人を風呂に入れ、セレガのためにオメガの専門医を呼んだ。医者は発情期の訪れと、アルファにうなじを噛まれたことで発情が終了したことを告げた。
 このとき、初めてハンストンがアルファであることが判明した。

 発情したオメガはアルファを誘惑するフェロモンを出す。アルファがうなじに噛みつくことでそのフェロモンの分泌と発情は止まるが、噛まれたオメガは噛んだアルファの番になる。つまり、もうセレガはハンストンの番となって、他のアルファと番うことはできなくなった。

 セレガとハンストンのことを知った父の狂喜乱舞の様をいい表すことは簡単ではない。
 彼は貧乏なガラケレム家にやってきた竜騎士の存在を歓迎していた。そしてそれが末息子と番ったとなれば、竜騎士の栄光はすべてガラケレム家のものである。
「結婚式に王族をご招待するか?」
 父はこんな冗談を飛ばすほどにご満悦である。

 
 パーティーの翌日、ようやく意識を取り戻したセレガは自室で鏡に向かって、自分の姿を検めた。ハンストンに貪られ、吸い付かれた跡があちこちについている。そして、首筋にはくっきとした歯形が残っている。セレガはそれを指でなぞる。

「……俺、どうなったんだ」
 セレガの記憶はあいまいだ。ただ、ハンストンのスミレ色の瞳と、狂ったような衝動に突き動かされたことだけを覚えていた。
 セレガが頭を抱えていると、使用人たちが入ってきてあれこれと勝手に喋りだす。
「坊ちゃんとハンストン様の結婚式は春がよろしいですかね」
「結婚!? なんでそんな話に……」
 使用人たちは口々に言う。
「えええ、だってうなじを噛まれたんでしょう?」
「そうですわ。ハンストン様もアルファだったって聞きました」
「おめでとうございます。運命ですね」
 セレガはうなだれる。

 ハンストンのことをどう思っているかと問われたならば、セレガは憎からず思っていると応えるだろう。しかし、結婚となると話は別だ。
 セレガはそれこそ先日ようやくオメガとなった自分を受け入れたばかりである。彼の感情を整理するのには時間が必要だ。

 セレガがうんうんと唸っていると、使用人が「そういえば」と話し出した。
「さっき、坊ちゃんのお部屋の前に剣がいくつか置いてありましたけど、坊ちゃんが置かれたんですか?」
「剣?」
 メイドがドアの外に出てそれを持って帰ってくると、セレガはまた大きく頭を抱えた。
「ハンストンだな……」
 ハンストンなりの贈り物のつもりなのだろうそれらは、屋敷中からかき集めたのであろう剣たちと、勇者の剣であった。
 大量の贈り物を見て、セレガは「やっぱり犬みたいだ……」と呟いた。





 それから数日、セレガの部屋の前にはどこから手に入れてきたのか、見事な剣が次々と届けられた。
 ハンストン自身は姿を見せない。ただ剣だけが届く。

 この色気のない贈り物を見て、使用人たちは大はしゃぎしているが、セレガとしては不要となったものを次々と贈られて、喜ぶに喜べない状況である。

 ある日、セレガのもとに刀身が黒く、どうみても禍々しい剣が届いて、さすがに彼も重い腰を上げた。
 彼は夜中にドアの傍で剣を届けにやってくるハンストンを待ち構えていた。

「ハンストン」
 そう呼びかけると、見ないうちに少し痩せたハンストンがばつの悪そうな顔をして、くるりと踵を返して逃げ出した。
「なんで逃げるんだ!」
 セレガは追いかける。しかしセレガの足ではハンストンに追いつけない。階段のところまで追いかけて、セレガは足を滑らせて数段滑り落ちた。ハンストンはすぐに引き返して、セレガに手を差し出した。

「なんで逃げるんだよ、ハンストン」
 差し出された手をぐいっと掴んで、セレガは詰問した。ハンストンはその語気にたじろいで、俯いたあとにぽつりと言った。
「……私、セレガに悪いことをした」
「悪く、ない」
 思った以上に弱弱しくなってしまった声音に気が付いて、セレガは強く、もう一度言った。
「悪くない」
 ハンストンはおずおずと顔を上げた。
「でも、あのとき、泣いてた」

 セレガはかっと頬が赤くなるのがわかった。今が夜でよかったと思った。彼は照れ隠しも含んで、早口で事情を言い募った。
「俺、あのときが初めての発情期で、それで、どうしていいかわからなくて……! いっぱいいっぱいだったんだよ!」
「……嫌じゃなかった?」
「嫌じゃない。ハンストンは?」
「私、私は、しあわせだった」
 その言葉に、セレガは胸を射貫かれた。そして手足の隅々まで安堵が広がる。ハンストンとこれからも共にいられるという喜びでもである。

 ハンストンは階段にうずくまったままのセレガの顎に手をやって、唇を寄せた。予想外の出来事で、セレガはとっさにそれを避けた。
 ハンストンはすねる。
「嫌じゃないって言ったのに」
「お前が! 手順ってのを踏まないから……!」
 セレガは非難する。彼はもう耳まで真っ赤である。
 ここ数日、さまざまな人に会ったハンストンは、言葉もだいぶ流暢になり、微妙な感情の機微を表情に出すようになっていた。

「手順って?」
 ハンストンは首を傾げる。
「ゆ、指輪とか、ぷ、プロポーズとか!」
 やけくそに叫んで、セレガは自分の言葉にさらに赤面した。
 結婚に夢を見る女の子ならともかく、セレガが言うとなにやら滑稽に聞こえたのだ。

 しかし、ハンストンはそれを意に介さずにさらに質問を重ねる。
「指輪って、なに?」
 またハンストンの質問責めが始まってしまったことに気が付いて、セレガは天を仰いだ。
「指輪ってのは、こう、ルビーとか、エメラルドとかダイヤモンドがついててだな」
「なに、それ?」
「珍しい石だよ」
「ドラゴンの鱗よりめずらしい?」
「それは……鱗のほうが珍しい、かな?」
「鱗より価値がある?」
「うーん」
 ここまで話して、セレガはいい加減恥ずかしくて、話を切り上げた。

「とにかく! 様式美ってやつだよ!」
「様式美って?」
「あーもー! とにかく! ああいうことをするには! いろいろと必要なものがあるんだ!」
「それが、めずらしい石なの?」
 セレガは大きく頷いた。
「そう!」
「プロポーズは? なに?」
「珍しい石を持って、結婚してほしい相手に膝をついて頼むんだよ」
 今度はハンストンが頷いた。
「わかった」
「ほんとうにわかったか?」
「うん」
 ハンストンは口笛を大きく吹いた。山の上にいるドラゴンを呼ぶつもりだ。

「お前、わかってないだろ!?」
 セレガは嫌な予感がしてハンストンに手を伸ばしたが、ハンストンはそれをひらりと避けると、そのまま窓枠に足を掛けた。
「3日待って」
 ハンストンはそう言い残して、窓の向こうに消えていった。セレガはあまりの出来事に、言葉が出なかった。

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